第75話 宿「宿の裏にわ」

 北の門から歩いて、宿屋タナヤに帰る。


 宿屋タナヤは、コウの町では西側の2つめの外壁の内側近くにある。

 小型の荷馬車置き場や小さいが倉庫や馬小屋もあって宿屋の全体の5割はそういう施設に当てられている。


 大型の荷馬車は、この2つめの外壁で倉庫に荷物を保管したり壁の中へ行く小型の荷馬車や手押し車に載せ替えたりする。


 宿屋タナヤは、どちらかというと2つめの外壁を通過できる中型や小型の荷馬車に乗っている荷物の少ない旅商人や村人を相手にしている。

 大きな宿屋は、2つめの外壁の外側に宿専用の荷馬車置き場や倉庫を用意していたりするそうだ。



 私はフミと、雑談をしながら歩く。 もうそろそろ日が傾いてきた。

 宿の手伝いもしないといけない。


 北の門から2つめの外壁をくぐり抜け、宿屋や宿泊客目当ての食堂、飲み屋などがある通りを通り抜けて、比較的建物が少ない西側へ回り込む。


 宿屋の敷地に入って、裏口に回ろうとして、裏庭に何時もは無い物があった。


「なに? あの盛り上がった土?」


 フミが気が付いて、二人で近づく。

 近づくと、大きめの穴が掘られていた。


「なんなんだろうね?」


「さあ? もしかして魚料理に関係しているのかもしれませいね」


 可能性は高い、けどどんな料理法なのか判らないので、保留にしよう。



「たっだいまー」

「ただいま」


 勝手口から入る。

 タナヤさんが、今日のお客用の夕食を作っていた。


「おう、帰ってきてそうそう済まないが、配膳の準備を頼む。

 で、用意できたか?」


「はい、フミが手伝ってくれたので、揃えられたと思います。

 フキは、奥の水樽に入れておけば良いですか?」


「ああ、そうだな。 水につけていた方が良いか」


 私は、水樽、少し傷んでいて、水洗い用に使っているものに、フキを入れていく。


「おお、立派な葉っぱだな、茎まで取ってきてくれたのか、茎も料理しようかな」


「このフキ、茎も食べられるんですか?」


「ああ、そのままだと水っぽくて、えぐみも強いが、あく抜きしながら味をしみこませると結構美味しいぞ」


 へー、それは知らなかった。 でも調理は手間なんだな。

 フミも興味深そうに聞いている。



「フミ、マイ、手伝いを頼むよ」


 オリウさんが入ってきて、声を掛けてくる。

 私達は、慌てて手を洗い、エプロンを着けると、配膳するめたに手伝いを始めた。



■■■■



 翌日、今日は3回目の打合せの日だ。


 朝食の時に、タナヤさんに聞いたら、やはり魚料理のためで、ハスの葉で包んだ魚を、焼いた石と一緒に土の中に埋めて、蒸し焼きにするそうだ。



 打合せは、3回目となると順調に進む。


「魔獣に関しては、領内で数が微増しているという以上の情報は得られませんでした。

 獣の種類も、大きな変化が無くて、狼やイノシシ、シカ、サル、など比較的頭の良い獣だそうです。

 という、今までと余り変わりの無い情報でした」


 ジェシカさんから魔獣の追加情報が着たが、どうやら余り参考にはなりそうもないらしい。


「魔物の情報に関しても、申し訳ありませんが情報が規制されているようで、詳しい事は何も入っていませんでした。

 これ以上、調べようとするのなら、領都に問い合わせることになってしまいます」


 コシンさんも有益な情報が得られなくて、恐縮している。


「いえ、どちらも入手が難しい情報だと思っていたので、むしろこの状況から推測できますね。

 ギルドに魔獣の微増の情報が来ていると言うことは、単に気にする人が増えて発見数が増えているのか、本当に増えているのか判断し切れていないと言うことかと思います。

 魔物に関しては、情報が出て大事になるのを避ける状況で、深刻なほどではない、と推測できます」


 うん、この状況は予測できた。

 視察団の目的からも、今は確信できる情報を集めようとしている段階なんだろう。



「マイさんは、どうしてこういう情報の判断が出来るのでしょうか?

 失礼ですが、時空魔術師なんですよね」


 コシンさんが、疑問を持つ。

 確かに、時空魔術師が状況判断をするというのは不思議なんだろう。


「輸送部隊というのは、作戦の準備段階で一番最初に動き出す実働部隊の一つなんです。

 準備に時間が掛かるからなんですね。

 資材や食料の調達とその内容、そして輸送先と到着までの予程日から、現在の状況を考えると、何がこれから起きるのか、推測できるんです。

 なので、そこから、輸送の危険度や重要度を判断して、護衛や時空魔術師を使うのか通常の荷馬車などを使うのかを検討するんです。

 けっこう頭を使う所なんですよ」


 最後に、ちょっと皮肉っぽく言う。

 実際の所は、考えるのは士官の仕事けど、上官と時空魔術師との距離感が近いので、情報共有はし易い。

 それは、時空魔術師を使って輸送を行う場合は、緊急や重要度が高い作戦行動な事が多いから。

 自然と、どういう状況なのかを考えることが多くなった。


 それに、自分自身を守るのは結局最後は自分だ、どういう行動を取るのが最善から常に考えて行動する必要がある。



 ジェシカさんが、つばを飲み込む。

 最前戦帰りの兵士という者の異質感を感じ取ったのだろうか。


 私も、紅牙チームと視察団チームと一緒に依頼をするまで、自分の異質性に気が付かなかった。

 直接では無いが、死が近い最前線で任務をこなし続けていたことで、価値観や倫理観が少しズレてしまっている。


 紅牙のメンバーのように、普段は普通の農業・畜産業で働いている普通の人の危機感。

 視察団チームのように、一つの指示の中に含まれる意味を考えて危険を意識して行動している人の危機感。


 私は、どうなんだろう。

 輸送部隊の危機感は特殊だ。

 直接戦闘する事は無い、ほとんどが襲撃されての防衛戦闘でしかも守られる側だ。

 そして、本来の輸送は失敗すると最前線の兵士が戦う武器を失い、食料を失う。

 私の持っている、危機感はなんなんだろう?



「さて、東の森での探索方法も、こんな物だと思います。

 次は、他の森での探索と、あと期限が無いので長期的にどの様に活動するか、ですか」


 私は、話を切り替えることにする。


「それについては、東の森が終わったら、南の森が良いかと。

 北の森は、これからの時期、結氷が多くなるので向きません。

 西の森は、比較的、狩人が入るので、探索する方法は検討する必要があるかと」


 コシンさんが、まとめに入る。

 今日の時間は、まだ余裕があるけど、今回決めないといけない事は大体済んでいる。


「私は、むしろ今の時期の方が、西の森は探索しやすいかと思います。

 入る狩人も少ないですし、見通しが良いので、誤射される危険が減ります」


 ジェシカさんが、異論を唱える。

 うん、冒険者ギルトの担当をしているからの言葉だな。


「ふむ、そうですね。

 南か西か、どちらかにするのかは最終的には、マイさんが決断して下さい。

 情報は可能な限り集めますので」


 コシンさんが私に丸投げしてきた、まぁ、そうなるでしょうね。

 実際に動くのは私なんだから。


「はい、しかし、西の森の広さを考えると、西の森も街道で2つに分けた方が良いかもしれませね。

 ここは、ジェシカさん、検討をお願いできますか?」


「はい、判りました」


「では、今回はこの辺で」



 町長の館を出る。

 少し懸念していることが出てきた。

 長期的な依頼だ、その事で意識に緩みが出ないだろうか?

 話をしていて、心配しすぎないようにするような話し方をしたけど、やることの重要性を甘く見てしまわないか危惧する。


 輸送部隊の業務は、場合によっては、同じ運搬を何十往復とすることもある。

 気が緩んで、失敗した場合、取り返すのはかなり大変だ。

 だから、同じ作業の繰り返しの時ほど、特別な注意が必要になる。


 うーん、こういうところの危機感も普通の人とは違うのかな?



 漠然と考えていると、宿屋タナヤから煙が上がっているのが見えた。。

 一気に汗が噴き出す。 火事か?


 白い煙だ、今なら火事だとしても初期だろう。

 急ぐ必要がある。


 基本魔術の風魔術での追い風を行使する。


 残りの道を一気に走り抜ける。



 煙は建物の裏手のようだ。


 水属性の魔法で何処まで消せる?

 収納に入っている水の量もそんなに多くない、貯めておくんだった。



 宿の裏手に走り込む。



 タナヤさんとフミが、土の山の前で座っていた。

 土からは、煙混じりの蒸気がゆっくりと昇っている。


「「「えっ?」」」


 キョトンとした顔で私を見る二人。






 少しして状況が判って、脱力する私。


「あ、料理していたんですね」

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