第74話 宿「帰り道」

 微妙な空気は直ぐになくなった。

 街道沿いの緑の少ない草原の中、並んで歩く。

 時々、手が触れる位の間隔だ。ちょっと触れるのが側に居るのを実感できて安心する。



「あの木の実、黄色で大きいけど、食べられるの?」


「確か、生で食べられます。が、酸味が強いから、好んで食べる人は居ませんね。

 放っておくと、ずっと実ったままです」


 酸味はきついけど、夏場はかえって美味しかったりする。

 でも、これだけ実っているのに動物が食べないのはなんだろう?


「あ、鳥。 変わった色してる」


「名前は分からないですけど、渡り鳥だったかと。

 今の時期は暖かい南の方へ移動しているところでしょうか?」


 たしか、色が派手な方が雄で、焦げ茶色の方が雌だ。

 狩人から徴兵されていた兵士から教えて貰った。

 味も良いそうだけど、任務中に狩りは出来ないので、狩りの仕方とか教えて貰った。



「マイって、本当に物知りだよね。

 教会で勉強したの?」


「いえ、ほとんどが魔法学校と従軍していた時に学んだよ。

 魔術師というか魔法を効率よく使うのには、覚えないといけない事が沢山あるからね」


 実際の所、魔法使いと魔術師の差は、知識量とそれを使いこなす技術を身に付けているか、が大きい。

 私が、通常魔法の6属性が壊滅的に下手だったのは、学校での技術取得に時空魔法へ大半の時間を振り分けたからだ。

 シーテさんからの技術指導は短い時間だったけどありがたかった。



「ふーん、だから魔術師を名のっている人はみんな色んな事を知っているのね」


「ええ、それに知りたがりな人も多いですよ」


 新しい技術を身に付けたいと思う魔術師は多い。

 私のように、魔法とは何か? 魔術を改良したり作ったりしようとするのは、魔導師を目指すごく一部だけど。



 目の前には外壁、北の門が見えてきた。


 ん? 探索魔術に反応があった。


 コウの町の北側の辺は、湧き水が多い、つまり地面に穴が多いので放牧にも向いていない。

 街道を移動する以外では、川魚を捕ったり、私達のように川辺の野草を採取する人だけだ。

 それでも、もうすぐ日が傾く時間に居るのは怪しい。


 私は、マントの下にショートソードを取り出す。


「フミ、私の少し後ろに居て下さい」


 私が急に雰囲気を変えたのにフミが驚くが、相手の行動の方が早かった。



「やあ、こんにちは。 お嬢さん方ちょっといいかな?」


 出てきたのは、男性3人。 成人して間もないかな?

 見たことが無い顔だ。

 それに丸腰。 うん、これはフミ狙いか。


「ちょっと俺らと遊んでいこうよ。 断るのは無しだぜ」


「小っちゃいのは、好じゃないな、そっちの嬢ちゃん来なよ」

「俺は小っちゃいのでもいけるぜ」


 フミが私の前に出て話そうとするが、それを制する。

 こういう手合いとは、話し合った時点で面倒になる。


 私は、ショートソードを抜き、相手に見えるようにする。

 そして、反対側の手に火の球を生成する。 今は見た目だけの低威力だ。

 で、頭の中のスイッチを切り替えて、意識を作戦中の緊張状態に持っていく。



「な、なんで武器持っているんだよ! それに魔法も」


「やばいよ、おい誰だ子供と女の連れって言ったの」


 明らかに動揺する連中。

 見た目が町娘なのに、躊躇無く剣を抜き殺気を出してきたのだから仕方が無いだろう。



「あ、あの小さいの、すげえ冒険者チームと一緒に居たの見たことある」


「そういうのは早く言えよ!」


 あ、私を見たことがあるのか。

 視察団のメンバーなら雰囲気だけで近寄りがたい凄みがあるからなぁ。

 もう3人とも腰が引けている。


 私が一歩、足を踏み出す。 火の球を6個に分割する。

 威力が無い形だけの火の球だからこそ出来る、小手先の遊技だ。



「げっ、魔法使いじゃ無くて魔術師?」


「お、俺は帰るよ。 関係ないからな、な」


「ちょっと待てよ、おい」


「おれたち、ちょっと声を掛けただけで、別に何もする気無かったんだ、だから、勘弁してくれ」


 口々にヘタレた言葉を言うと、3人とも北の門に走って行った。


 はぁ、なんの威力もない火の球を増やしただけで、魔術師なんて魔術師舐めてるのか?

 私は魔法を解除して、頭に指を当てる。 頭が痛い。

 意識を普通に戻す。



「マイ、えっと、え?」


 フミは状況に混乱したままだ。


「ん? もう大丈夫ですよ、それに、ああいう手合いとは話すだけ無駄です。

 下手に話せば、脈があると思い込んで、しつこく絡んできますから」


「なんか、マイ、手慣れてない?」


「んー、こういう対応は、兵士の皆さんが教えてくれましたからね」


 んー、っと伸びをして緊張をほぐす。

 素人とはいえ3人相手だと、フミを守りながら戦うのは難しい。

 相手が、女遊びしたいだけで良かった、良くは無いけど。


「さ、帰りましょう」




 北の門で、守衛に3人について聞く。


「ああ、あの怠け者3人か、お使いだとか言って出て行ったら直ぐに走って帰っていった。

 なんなんだかな?」


「私達といけない遊びを、無理矢理したかったようですよ」


 私は、悪意を含めて伝える。

 守衛さんは、苦い顔をする。 たぶん、何度も似たようなことをしているのだろう。


「大丈夫だった、ようだけど何かされてなかったか?」


「ええ、これでも冒険者ですから。 少し脅したら逃げ帰りました」


「いや、冒険者の登録しているのは結構居るから、あの3人も登録だけはしているはずだし」


 その時、交代の守衛が来る。


「何かあったのか? あ、嬢ちゃん今日は北の方か、服が違うんですぐ気が付かなかったよ」


「知っているのか?」


「ああ、魔獣とも戦える凄腕の魔術師様だよ」


 魔獣とは戦えません、仕方なしに巻き込まれただけです。



 その後、守衛さん同士で何か話し合っている。


「あの3人に関しては、もう町長にも上がるほど問題を起こしている。

 魔獣から町を守った魔導師様に手を出そうとしたんだ、多分何か罰が降りるよ」



 あの3人。 好き勝手して周りに迷惑を掛ける。

 村のみんなを死なせた、ソクを思い出す。 ソクも好き勝手したそして……。

 心の底から黒い感情が湧き出す。『被害が出る前に……』

 感情が消えていくのが判る。



「マイ?」


 ハッとなって、フミを見る。

 フミが不安そうな顔をしている。いけない。


「ちょっと嫌なことを思い出しただけですね。 大丈夫ですよ」


 フミの手を取って、大丈夫だと示す。

 ぎこちないけど、笑おう。



「で、町を守ったなんて言い過ぎですよ」


「実際に冒険者と一緒に戦ったんだろ。 十分過ぎるよ」


 少し照れくさい。

 私は、私の依頼をこなしただけだ。ちょっと予定外があったけど。


「この子が、あの冒険者チームと一緒に魔獣を倒したのか、凄いんだな」


「ああ、東の森の方面で活動している冒険者には有名だぞ」


 いつの間にか有名人になってるし。


「ええ? 薬草採取しかしていないのに、なんでそんなことになっているんですか?」


 私は慌てる。

 しかし、守衛さんの言葉は止まらない。



「取り逃がした手負いの狼を一刀の元にトドメを刺したとか、ほとんど傷の無い獲物を狩ってくるとか、大量の薬草を採ってくるとか、色々な」


「マイ、危ないことしてないんだよね」


 フミが私の肩に手を置いて、耳元で話す。

 えっと、この町に着てからのことは魔獣の件以外は、そういえば話していないかも。


「後で話します」


「うむ」






 夜が怖いよ。

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