第73話 宿「小川」
北の森。
コウの町から北の門を出て湧水地を数時間歩いたところからある森。
水源となる山と沢がある、緑の濃い森だ。
高低差が大きいので、あまり行かない。
山から流れて居る小川では、比較的丸い石が転がっている。
今回はこの石と自生しているフキの葉を調達する。
あまり、森に接近しすぎなければ大丈夫だろう。
北の門の守衛さんにも、小川でフキの葉を集めるだけ、と伝えて普段着での外出をしている。
一応、装備類は収納してあるけど、今は小型のナイフを腰に吊しているだけの緩い格好だ。
「そういえば、フミと二人きりで外出というのは収穫祭の時以来でしょうか?」
「うん、それに周りにだれもも居ないのは初めてかな」
私は、フミと話ながら歩く。
念のため、探索魔術を時折行使しているが、この辺りで人の反応も動物の反応も見られない。
フミがやけに機嫌が良い。
なんだろう?
「私って、ほとんど町から出ないから、塀の外ってだけで気分があがるね」
「そうですね、塀の外に居ると、開放的になります」
フミが笑いながら、クルクル回る。
そうか、普通の人は、住んでいる場所から出ることは少ない。
外塀から外は、どんな危険があるか判らないから。
とはいえ、森の入口付近までなら、薬草や薪を拾いに入ることは多い、全く無いわけでは無いと思う。
その人の事情で変わってくるのだろうな。
コウの町の北側は、私も森の浅いところまでを数回、薬草採取で来ている。
目的となる、小川も直ぐだ。
山から流れてきている小川を見つける。
水量に対して川岸が広い、これは雨が降ると水かさが増えることを示している。
湧水池からの小川は川岸が狭いので、すぐに見分けが付く。
小川沿いに街道を離れて、目的のハスの葉が密生している場所を見つける。
大きいものでは、私の背丈より高い。
「この葉なら大丈夫でしょう、軍に居た時も、この葉に包んで焼いたり煮たりしていました」
「へー、そういうの普通にやるの?」
「いえ、余裕がある時か、逆に、保存食が無くて現地調達しないといけない時ぐらいですね。
一食分になるように、適当に包んで料理します。いい加減ですよ。
味より、満腹ですから」
私が、苦笑しながらフミに言う。
少人数の輸送部隊での移動の時、雨で足止めをしている夜に、故郷の料理とのことでフキの葉に包んだ味付け麦モチを茹でて作ってくれた。
具も何も入っていなかったけど、空腹の中、美味しかったのを思い出す。
茎の部分も使うかもしれないので、茎の根元から切っていく。
フミもなれないナイフで、フキの葉を集めていく。
「畑で働いている人も、こんな事しているのかな?」
「専用の農具を使うので、もっと楽だと思いますが、そうですね」
「フキって食べられるの?」
「もっと小さい種類のフキの茎の部分は、煮ると食べられるそうです。
ただ、苦みを取るのに手間が掛かるらしいので、私は食べたことが無いですね。
あと、乾燥させて保存食にしている所もあるそうです」
「あ、乾燥したフキの茎なら、お父さんが料理したことあるかも」
フミが思い出したように、小さいフキの茎を見る。
ここに自生しているフキは食用になるのか判らない。
必要なフキの葉を集めて、抱いているフミは、可愛らしい。
私はどんどん収納しているので、手ぶらだ。
「フキを持っているフミはなんか、可愛いね」
「へっ、えー、なにそれ?」
フミが顔を赤くして、不満を示す。可愛いより綺麗と呼ばれたい年頃なんだろう。
笑いながら、フミが収穫した分のフキを受け取って収納する。
川岸に行く。
私が抱えられる位、5キロぐらいの石だったはず。
で、料理で、たぶん火で温めるから、固い石を集める必要がある。
固い石が料理に向いているかは判らないけど、タナヤさんの要求通りにしよう。
「フミ、丁度良い石を教えて、収納してしまうので持ち上げないように。
石と石を叩いて、感触で判断するか、表面がツルツルしている石ですね」
フミと私は、川岸の石を転がしたりして、探す。
案外、丁度良い大きさの石って見つからない物だなぁ。
「うん、この位の大きさかな? 固いって、石は全部固いんじゃ?」
フミが悩んでいる。
私は、握りこぶし大の2種類の石を取って、叩き合わせる。
白っぽい、表面がザラザラしている石が数回叩くと粉々に砕ける。
「こんな感じですね」
「うーん、判った」
私が判別できるのは、土属性の魔術を行使するために、岩石の種類や特性を学んだからだ。
普通の人は、意識することは少ないだろうな。
フミと、これはどうか? とか石で叩いて、固いかなぁ? とやりながら、私達は十数個の石を収納した。
つい夢中になってしまった。
あわてて探索魔術を行使する。 特に反応は無い。良かった。
いけない、ここで戦えるのは私だけだ。
いざとなったら、どんな手を使ってもフミだけは守る。
気を抜いてはいけない。
「少し、街道から離れすぎたね。 そろそろ戻る?」
「そうだね、暖かかったら、川に入って遊びたかったけど」
フミが名残惜しそうに小川に手を付けて、冷たさに直ぐ手を引っ込める。
少し休憩する。
座れる位の岩に二人で並んで座る。
私が収納から水袋を取り出して、フミに渡す。
喉が渇いていたのか、フミが口を付けて飲む。
喉が動き、口元から漏れた水が喉を伝う。ちょっとエッチだ。
一般的? かどうか判らないが、水袋に直接口を付けて飲むのは水が腐りやすくなるし、衛生的にも良くない。
慣れていれば、口に触れないように流し込むし、大抵は葉や手を受け皿にして飲む。
口を付けて飲むのは、馬の上か歩きながらで、こぼれやすく仕方が無い時だけだ。
まぁ、いいか。
今は旅をしているわけでも無いし。
「はい、マイも水飲むでしょ」
フミが渡してくる。
内心、焦るが、なんとか受け取る。
どう飲む?
「ん? どうしたの」
フミがのぞき込む。
無自覚なのが恐ろしい。
「いえ、何でも」
私は、飲み口に口を付けないように、普通に飲む。
コツは、一口分づつ飲むだ。
「変わった飲み方するね?」
「え、あ、これは軍隊式かな? 元は判りません。
一度に飲むんじゃ無くて、何度かに分けて少しずつ飲むんです」
口を付ける、の部分については話さない。
「ふーん。そういえば、マイって何か飲むのも、何度にも分けて飲んでいるよね。
カワイイからそういうクセだったと思ってた」
ふぇ。
そんな風に見られていたのか、顔が赤くなる。
うぉーい、小動物を見るような目で見ないで、恥ずかしい。
「取り敢えず、必要な物は揃ったと思います。
宿に戻りましょう、タナヤさんが待っていると思います」
「ん? マイ、どうかした。
口調が急に丁寧になったりするのは何か有る時なんだよね」
そうだったんだ!
気が付かなかった。 私がガーンとなっているのをフミがお腹を抱えて笑う。
「いえ、大したことじゃ無いです。
普通は水袋から水を飲む時は、口を付けないように飲むんです。
それだけです」
「え、あ、そう。
そうなんだ、えー、ごめんね?」
「謝ることじゃないですよ」
なんか微妙な感じになる。
「かえろうか」
「そうですね」
二人して、微妙に近いというか離れている間隔で歩く。
なんなんだろう、この感情は。
冷たい風が、川伝いに吹いてきたけど、顔のほてりには丁度良かった。
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