第72話 宿「魚」

 コウの町の近くには、近くの川から取水用している用水路の他に大きな川は流れていない。

 それでも、多くの小川と幾つかの湧水池があり、畑や牧草地をまかなうには十分な水源を有している。


 そのせいか、魚料理が非常に高価で低価格だ。


 淡水魚の養殖をしているが、湧水池を利用して育てた魚は高い値段で取引される。

 逆に、下水を浄化処理された水を再利用する施設で育てられた魚は安い。


 下水処理施設は、町規模より大きい所では必ず作ることになっている。

 町を名のるためには、上下水道施設、特に下水施設が十分に整備されていることが求められている。


 コウの町は、元々要塞都市の後を再利用しているので、現在の人口を処理するには十分すぎるほどの処理施設があり、最終的には飲めるほどに浄化されている。

 その余裕のある処理施設の余っている処理槽を利用した養殖が盛んだったりする。

 なので、庶民向けにも魚の販売は行われている。


 なぜそんなにも下水処理に力を入れているかというと、下流側にある村や別の領地で飲料水が下水で汚染されてしまうのも避ける意味がある。

 汚染されてしまうと、村の反発も、下流域の別の領地との軋轢にも発展しかねない。

 大きな川が有る場合は、薄めてしまうという手が使えるが、コウの町ではそれは使えない。


 ここまでやるのは、統治する管理者側の責任が重いせいでもある。

 飲料水が汚染されたり、衛生が悪いために流行病を発生させてしまったら、管理者の一族もろとも物理的に首が飛ぶ。


 なので、領主も町長も上下水道にも力を注いでいる。

 上下水道での勤務の責任は重く、働いている者の社会的地位は高く、また高給取りでもある。



 魔法学校の中等教育で学んだことを思い出しながら、コウの町の上下水道を私は漠然と考えていた。


 それは、今宿泊しているお客が、明日の夜の食事に魚料理を希望したためだ。

 中堅どころの宿屋タナヤでは、湧水池で育てられた魚を使うほどの宿泊費は取っていない。

 また、追加料金は無しの方向で話が進んだらしい。


 小川に住む川魚を使う方法もあるが、薪と同様に自分たちで食べる分を捕るのは黙認されているけど、商売で使うとなると役所に届け出て漁をするか、ギルド経由で少ない漁師に依頼することになる。

 どちらも、タナヤで購入するには高く付く。


 なので、民間に売られている安い方の養殖魚を購入しかない、が、美味しく食べるためには泥臭さを抜くためにある程度の期間、綺麗な水の中でエサを与えずに飼育する必要がある。

 もしくは、非常に濃い味付けで臭みを誤魔化すか。



 私の前に、大きなタライがあり、丸々太った養殖魚が数匹ノンビリ泳いでいる。

 養殖池と距離が近いので、活魚で購入している。

 というか、活魚を荷馬車に入れて巡回して販売している魚屋が居るので、そこから購入した。

 本来なら数日、水を替えながら臭みを抜くが、明日の夜の料理には間に合わない。


 タナヤさんの得意料理は、畜産で入手できる肉料理で、魚料理はそこまで得意では無いらしい。

 今も、昔記録したレシピをひっくり返して、頭を抱えている。



 フミが、裏庭に出てきて、私の横に座って、一緒に魚を眺める。


「フミ、魚料理って、塩焼きとスープ煮の他に何がありましたっけ?」


 フミも、悩む。


「うーん、あとは蒸すかな? でも臭みがあると匂いが酷いことになるんだよね。

 油で揚げる、というのも聞いたことある。 けど、ここだと油の値段が高すぎるね」


 宿屋タナヤでも魚料理は出ることはある、けど、ほとんどが濃く煮込んだ料理だ。

 干した魚もあるが、あまり人気がある料理ではない、コウの町の郷土食らしいけど。


 蒸すかぁ、香草類を多く入れたら、何とかなるかな。



「マイ、頼みがある。 幾つか持ってきて欲しいのがある」


 タナヤさんが、出てくると私に言った。一寸興奮している。

 料理が決まったらしい。


「これくらいの石を、固いヤツ、10個ばかしだ。

 あと、大きな木の葉を30枚ばかり」


 手で、石の大きさを説明してる。


 どんな料理か見当も付かない。

 石と大きな葉か、北側の森かな?

 石だらけの小川が有ったはずだ、それと、木の葉? 森で大きな木の葉は見たことが無い。

 いや、大きなフキなら自生していたはず。。

 里芋の葉は、今は枯れているか?


「タナヤさん、フキの葉で大丈夫ですか?

 北の森の手前なら石が多い小川で両方入手できたはずです」


 従軍時代、窯を作る余裕が無くて、その辺の大きな葉っぱに食料を包んで焚き火に入れて料理したことがある。

 たぶん、それに近いものかな。


「ああ、フキの葉なら大丈夫だ。 石もそれで頼む。

 俺は、不足している香辛料を買ってくる」


 タナヤさんは言うと、足早に慌てて出て行ってしまう。

 それを見送るフミと私。


「フミ、今からなら、夕方までに行って帰ってこれるので、直ぐに行きますね」


「私も行っていい?」


 フミが私を見て、聞いてきた。

 ただのお使いなのになんで真剣な目で見るのかな?

 えーっと。 この場合はオリウさんか。


「良いんじゃないかい」


 タイミング良くオリウさんが顔を出す。


「たまには二人で行ってきな」






 フミと二人でお使いです。

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