第70話 宿「お芝居」
翌日、朝の仕事が一段落したところ。
「少し、ギルドに行ってきます」
「あれ、マイ。 今日もギルドに行くのかい?」
オリウさんから聞かれる。
「あ、ちょっと顔を出すだけです。
情報を聞くだけなので、昼前には戻ってきます」
オリウさんは、判ったよ、と頭に手を置いて送り出してくれた。
なんだか、宿のみんなの距離が近くなった気がする、フミは判る、けど何でだろう?
なんか、嬉しくてニコニコしてしまう。
で、今ギルドの前に居ます。
ちょっと緊張です。 こんな事しないといけないのかなぁ?
さっさと済ませるために入る。
服装は町娘スタイルだ。
朝の混雑が終わって、ギルド内はノンビリした空気が流れている。
いつもの職員さん(ジェシカさん)が予定通り窓口に座っている。
「こんにちは、最近の森の様子について聞きたいんですが?」
「こんにちは、マイさん。 何時もの薬草採取ですか?
今の時期は、探すのが難しいのが多いのでおすすめは出来ないですね。
もう少し森の奥に行けば、有ることはあるのですが、お一人では、お勧めしにくいです」
「そうですか、こちらも宿の方が忙しくなりそうなので、暫くは宿の仕事をしようかと思います」
「あの、それですね。 マイさんへ指名依頼が町長から出ています」
ギルド内に残っていた数名の冒険者や、周囲の職員が町長の名前が出たことで注目する。
「へっ、町長からですか? 一体なんです」
私は、予想外の依頼で困惑している様子、のフリをする。
「町長の館の中にある調度品の模様替えで、安全に確実に移動できるということでして。
時空魔術師のマイさんへの依頼が出ました」
「私、そういう物を運んだ経験無いんですが。
もちろん、壊れ物や中型の兵器とか運んでいるので、運べるとは思いますけど」
うん、みなさん聞き見立てているなぁ。
「はい、問題なく移動できたか確認のため、私と役場の人が、立ち会う事になります。
明日から、約10日間、2日に1回です」
「はぁ、2日に1回? 10日もですか」
「いろいろ、配置を検討したいそうで、たぶん、何度も動かしたり変えたりするのだと思います」
凄く面倒そうな顔を作る。 そういう顔になっているかな?
「町長の指名依頼ですから、断れないですね。
明日からお願いします、職員さん」
「はい、マイさん。
では、明日の昼食後にギルドで落ち合いましょう」
「わかりました。ではまた明日」
私は、腕を組んで、何事なんだろうと悩む、雰囲気を出しながら、窓口を離れる。
「マイちゃん、なんか変な依頼を受けたねぇ」
ベテラン冒険者で、私の装備についてよく相談に乗ってくれる方だ。
よく、新人や若い冒険者にアドバイスをしている、お節介なおじちゃんかな。
今も、狩人風の若い男性に、森の地図を見せながら、色々話していた。
「まぁ、慎重にやる必要はありますが、やることは楽そうです」
「そうだな、採取も狩りも難しい時期だ、良い仕事が来たと思ってがんばりな」
「ええ、ありがとうございます」
周りの冒険者の人たちも、もう自分たちの話に戻っている。
やることはやったかな?
ギルドを出る。
はぁ、いつも通りの依頼の確認をするフリとはいえ、意図的にやると違和感が出ていないか心配になる。
そう、今回ギルドに来たのは、町長の指名依頼を受注した、ということを周りに知らせるための芝居をするのが目的だ。
一応、上手くいったのだろう、たぶん。
で、正式に町長の指名依頼を受けたので、そのことを宿屋のみんなに伝える。
これは、特に問題ない。
決まったことを伝えるだけだ。
今日はこのまま宿に戻る。
「ただいま」
「お帰り、丁度良かった。 例の客が来たんで対応を頼む。
あと、多めに水を汲んできてくれないかね」
オリウさんから、早速仕事の指示だ。
宿帳を確認しながら、何か計算している。
「それで、何か受注したのか?」
タナヤさんが声を掛けてくる。
「はい、先日言った、町長の指名依頼が正式に来ました。
明日からですね。
忙しくなっている時なのに申し訳ないです」
「町長からの指名依頼なら仕方がないさ。
さ、仕事の方頼んだ」
「はい」
私は、服の上にエプロンを着けて、店員になる。
フミが旅商人の相手をしている。
私も、フミに近寄って手伝う。
フミが私みて笑う。
ん? 私も思わず笑い返してしまう。
なんだろう。
ま、いいか。
宿泊客に対して、営業スマイルで対応する。
今は入室前の手続きが終わって、部屋に持ち込む荷物と宿屋に預ける荷物をどう分けるか相談していたようだ。
この宿は、一室が広いので、基本的には全部の荷物を部屋に持ち込むけど、汚れていて部屋に持ち込みたくない物。 洗濯できなかった服の洗濯を含めて、預けたりする。
私が時空魔術師であるのは通常隠していて、必要に応じて追加料金で収納と運搬を請け負う。
今回は、必要ないかな?
ふと考える。
今やっていることも、ある意味、店員を演じている。
今日のギルドの事も、そんなに気にする必要も無かったのかもしれない。
昼食を食べながら、宿屋のこれからの予定の共有。
そして、私が指名依頼を受けたことで、2日に1回昼間の間、抜けることを共有する。
依頼内容も公にしていることだ、あまり話題に出さないようにということで、話す。
午後は、まず水汲みだ。多めに汲んでおく。
その後は、タナヤさんに付いて行き、不足している食材の調達。
今回の宿泊客は、タナヤさんの料理も期待しての宿泊らしく、気合いが入っている。ように見える。
私の基礎魔法の温度管理も少し上達して、冷凍一歩手前の冷蔵も可能になっている。
このことは、タナヤさんに話してある。
最初、なんでも冷やせば良いと思って、一部の野菜をダメにしてしまった事があった。
常温で保存する野菜や暗所で保存した方が良い野菜、冷やしたり、可能なら凍らせてしまった方が良い野菜などを教えて貰っている。
食材の買い出しで収納担当だけど、いつも丁寧に説明してくれて勉強になる。
フミもこの辺は、一緒に学んだそうだ。
「覚えているかは知らないがな」
タナヤさんがそう言うが、多分覚えている。
だって、フミの夢はタナヤさんの味を受け継いで宿を継ぐことなんだから。
「大丈夫だと思いますよ」
私は、タナヤさんに笑いかける。
「そうか」
ぶっきらぼうに返事する。
こういう時は、少し照れているんだ。
何となく、そういうことが判るようになってきた。
冬の重い雲が覆うコウの町だが、露店街に飛び交う声には活気があった。
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