第69話 宿「詳細地形地図」
町長の館での打合せ最初の日。
役場前でジェシカさんと落ち合う。
町長のコウさんに案内されて、役場の専属となる職員のコシンさんを紹介される。
中年から初老だろうか、ベテランの雰囲気をまとっている、痩せた方だ。
依頼の名目上、ということで、幾つかの調度品の模様替えをする。
玄関ホールの彫刻なので、模様替えをしたという説得力はあるだろう。
調度品の移動は初めてだが、これより繊細な機器の搬送は何度もしている。
問題ない。
館の控え室、今回用意された打合せ部屋に集まる。
「本来の依頼を前に形だけの依頼とは言え、模様替えを行って頂きありがとうございます」
コシンさんが、役所の事務員らしく事務的に話してくる。
「時空魔術師のマイです。 今回はよろしくお願いします。
たぶん、長い依頼だと思いますので、多少は楽にしていきましょう」
「冒険者ギルトのジェシカです。
マイさんの依頼の調整や、ギルド経由で入る情報を担当します。
私も、楽に話を出来たら良いと思います」
「そうですか、では私も楽にさせて頂きます。
とはいえ、口調はクセなので。
改めて、コシンと言います。
役所で主に領都との連絡業務を行っています。
私自体は、すでに後任にほとんどの仕事を任せていて、新人から中堅の教育係が仕事ですね。
業務上、余裕があって、情報伝達の管理が出来るので、今回専任となりました」
役所は信頼の置けるベテランを用意してきたのか。
たぶん、町長との付き合いも長いんだろうな。
コシンさんは、必要な資料を取ってくると言って出て行く。
ジェシカさんと二人になる。
「ジェシカさん、少しは落ち着きました?」
「はい、いくらかは」
「改めて補足しますが、今回の探索依頼は、魔物の氾濫の前兆を探すためのものです。
が、有るかどうか判らないあやふやなものです。
ですから、間違っていることを確認するため、ともいえます」
「へっ、間違いの確認ですか?」
ジェシカさんは、少し驚いて私の顔を見る。
領主からの依頼だ、間違っていると考えて良いのだろうか? という感じだ。
「一番良い結果は、魔物の氾濫ではない、という情報が集まることです。
なので、今回の依頼は、少し特別な常設依頼のようなもの、程度に考えても問題ないかと。
先日話したとおり、前兆だったとしても確認には数年から数十年掛かる長期の話のはずですので」
「そう言われれば、そうですね。
今、不安に思っても仕方が無いですね。
不安に思うのは異常が見つかってからにします」
「はい、でも最悪を含め色々な状況は想定する必要があります。
事前に心構えが出来ていれば、いざというときに慌てませんよ」
「兵士としての経験ですか?」
少し、皮肉気味に言われる。
「一般論ではないかと。
想定内のことが起きたなら、何も焦らずに準備しておいた対応をする事が出来ます」
私は、あの言葉。
『大抵は、想定した最悪より悪いことが起きる物だ、そういうつもりで居ないと対応出来ない』
を言えなかった。
「はい、マイさん。 気が楽になりました。
いつも通りの仕事をすれば良いんですね」
ジェシカさんが、笑う。
私は頷いて肯定する。
想定内の事であって欲しい。
実際、ほとんどは想定内で済むのだから、今回も注意しすぎただけで、終わって欲しい。
だけど、心の中で、最悪に常に備えろと、警告してくる。
少なくても私だけでも、最悪より悪いことが起きることを想定しよう。
■■■■
コシンさんから、コウの町一帯の地形地図を見せて貰い、見方も教えて貰う。
これは、コウの町の周辺一帯と東西南北にある村を示した全体図で、道路沿いや四方の森毎に更に詳細な地図が別途あるそうだ。
かなり本格的だと思う。 ここまで細かい地図は初めて見る。
高さや斜面の勾配が判るように色づけして工夫されている。
森の広さや崖や谷なども図や記号で示している。
ぱっと見には立体的にも見える。
軍の偉い人は、これを見て兵士の動かし方や砦の建設位置とか考えているのか。
その地図の情報量に圧倒される、予想以上だった。
覚えきれるかなぁ?
「マイさん、こっちがギルドから森の奥に入る人に対して販売している地図になります。
必要なことは、これに書き込めば良いと思います」
「地図、買えたんですね」
こちらは、木版印刷なのだろうか、かなり簡素な白黒の地図を受け取る。
大きく間違っていることろは無いけど、細部の記載が全く無い。
「各森の奥に入る依頼を受ける人には、購入を義務化しています。 格安ですよ。
マイさんは、中域程度でしたので、依頼時に渡された簡易的な地図で十分でしたでしょ」
確かに、依頼を受けたときに目印が簡単に書かれた地図を渡された。
他にもギルドにはコウの町と周辺の村々、そして近隣の町への道と、大まかな森と川を書いた地図が大きく掲載されていた。
いくつか強調して書いてあったので、縮尺はいい加減であることは、最初に聞いた。
「この地形地図が作成されてから数年経過しているので、異なっている部分は有るかと思います。
特に山間の川沿いや斜面は、崩れたりして地形が変化していることも多いでしょう」
コシンさんが地図の記号の読み方と、色付けの意味を教えてくれながら説明してくれる。
考え込む。
やはり、一人で回るには広すぎる。
「一度に全部覚えるのは、無理があるかと。
範囲が広すぎます。
まずは、全体の予定を決めて、探索する場所毎に随時確認するのが良いと思いますよ」
ジェシカさんからアドバイスが出る。
うん、それが現実的だろう。
「なら、ある程度かってが判っている東の森から始めますか。
ここで慣れでから、他の森などを見て回るということで」
「マイさん、それが良いかと。
予定はどの様に考えていますか?」
コシンさんから同意を貰う。
予定か、何日も森に入るのは、どうだろう?
「マイさんの薬草採取が、通常2泊3日で休暇を2~3日挟んでいるので、これを元にして各地域を回る、というのは?」
ジェシカさんの意見に同意だ。
これなら、今までの冒険者の活動と変わらない。
周りの人にも不審がらないだろう。
「それが良いと思います。
私の冒険者活動を知っている人にも不審に思われないでしょう」
うん、これなら宿屋タナヤの仕事をしながらも活動できる。
それから、幾つか決なくてはいけない事を洗い出した。
結構時間が経ったのだろう、コシンさんから本日はここまでになった。
「時間も良い時間になってます、本日はこの辺で。
持ち帰りとしては、私は東の森の更に詳細地図を用意します。
ジェシカさんは、マイさんに薬草の長期採集依頼が出来ないか確認できますか?
マイさんは、どうしましょうか」
「マイさんは、前回の依頼での負傷を治すのが仕事ですね。
くれぐれも無理をして治るのが遅くならないように、です。
あと、個人に長期で採取依頼は難しいですね、他の手を考えます」
「休むのが仕事ですか、了解です。
次回までに、探索方法でも考えてみます」
最初の内容としては十分じゃないだろうか?
町長の館を出る前に、ジェシカさんが私の肩に手を置いて止める。
ん? なにニッコリ笑っているんですか。
「あ、マイさん。 先ほど話した通り、明日、お芝居しましょう」
ジェシカさんから、さっきの話の中で一つ決めたことを実施しようと言った。
忘れていたと思っていたのに。うーにゅ。
「お芝居、出来るかなぁ?」
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