第68話 宿「月夜の部屋」

 夜。

 私の部屋の中、私は覚悟を決める。

 話せることは話す。



 トントン


 控えめなノックと共にフミが入ってくる。


「マイ」


 私は頷いて、ベッドの私の横を薦める。



 正直、どんな顔をすれば良いのか判らない、なので、冬で寒いけど窓を開けて月の光を入れた。


「寒いので、毛布を掛けて下さい」


「うん」


 毛布に二人してくるまる。

 だけど、何から話そう。

 覚悟は決めたけど、言葉が出てこない。



「マイ、ありがとう」


「え?」


 判らない。 まだ、何も話していない。


「マイが話そうとしてくれて。 それだけで十分だよ。

 兵士として冒険者として話せないことも多いんだよね」


「はい」


 だめだ、涙が止まらない。


「怪我のこと、黙っていてすいませんでした」


「うん、大丈夫なの?」


「全身を木に打ち付けられて、特に左腕は酷かったです。

 でも聖魔法使いの治癒の魔法でほとんど直っています。

 あと数日もすれば完治すると思います」


「何で案内するだけで、そんなことになったの?」


「最後の日に、森を出たところでイノシシの魔獣が出たんです。

 冒険者の皆さんも凄腕でしたが、攻撃を防ぎきれずに私が吹き飛ばされて怪我をしたんです。

 でも、それが切っ掛けで倒せました」


「その冒険者の人たち、文句を言いたい」


 フミが、ぎゅっと毛布を握る。


「詳しくは言えませんが、状況としては仕方が無かったです。

 全員全力を尽くしていました。

 私が怪我をしたのは運が悪かっただけですよ」


「なら、良いんだけど」



「それから……」


 それから、私達は色々なことを話した。

 それこそ、私が村を出た5歳の頃から。

 フミのことも聞いた。

 宿の手伝いを実は最初イヤイヤしていたとか、教会の勉強が判らないとか。

 深刻な話をするはずだったに、話していて楽しかった。

 フミも笑っている。




 月が雲に陰ってきたとき、私は聞いた。



「フミは将来、何になりたい?」



 フミは、暫く黙っていた。

 私も返事を待つ。


「たぶん、お父さんの料理を受け継いで、宿を継ぎたい」


 フミの目に力が入る。

 素晴らしい目標だ。 何も根拠はないけど、フミなら立派に後を継げるだろうと思った。


「うん、フミならきっと出来るよ」


 静かに答える。



「マイは?」



 フミが、私に問いかける。

 優しい目だ。


 私の将来なりたいもの、決まっている。

 そして、絶望的なほど不可能なことも知っている。


「時空魔導師になりたいです」


 でも、それを変えるつもりは無い。

 フミは私の手を取って、見つめ返してくる。


「マイならきっとなれるよ」



 雲から月が出て、部屋の中を照らす。


 ニッコリと笑う、フミの顔が見える。

 たぶん、フミはどれほど不可能なことなのか知らないだろう。

 でも、私も根拠も無くフミの将来を信じた。

 私の将来を信じてくれた、フミを信じなくてどうする。


 私も笑う。



 それから暫くして、私達は一緒に寝た。



■■■■



 日が明ける。


 いつも通りだ。

 みんなと、いつものようにタナヤさんの作った朝食を食べる。

 私は水汲みに行き、フミと一緒に宿屋の部屋を掃除してお客が来る準備をする。

 オリウさんが残り水で洗濯したシーツを私が持ってきた水ですすいで、干している。


 昼食を食べて、タナヤさんと一緒に買い出しに出かける。

 明日明後日に来る予定の宿泊客のための食材の買い出しだ。


 タナヤさんが価格交渉している間、他の店員と雑談をする。

 色々な噂話を聞く。 こういう情報もこの町を生活する上で役に立つ。


 なんだろう、いつもより心が落ち着いている。


 ポフッ


 タナヤさんが、私の頭に手置いてグリグリなでる。

 何事?


「タナヤさん?」


「何でも無い」


 何でも無いのに何だろう?

 でも、いいか。

 嫌な気分じゃ無い。



 自分はちっぽけな人間だ。 そう思っていた。

 でも、逆だったもしれない、世界はものすごく広い。


 目の前の事にだけ囚われていた私は、そのことに気が付かなかった。

 自分が見えていることは、ごく一部にすぎないのに全てを知ったつもりになっていた。


 何でか判らないけど、そんなことをふと思った。



 この世界で私の出来る事なんて、たぶん大したことでは無いのだろう。






 私は、時空魔導師になる。

 その目標はきっと叶える。 叶うと信じてくれている人が居るのだから。

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