第67話 宿「逡巡」
町長との会食が終わり、ジェシカさんとギルドの前で分かれる。
ジェシカさんの顔色は、多少は良くなったかな。
手を振る様子が少し弱々しい。
何時もの、ギルドから宿に向かう道を歩く。
考える、考察して検証する。
何時もの事だ。
今回の依頼は、私1人での対応から、おそらく定期探索であって、そこまで重要な依頼ではないだろう。
見つかれば運が良かった程度だと思う。
関係者だった私を採用して、探索の能力が高い魔法使いや狩人を使わなかったのも、そういう理由だと思う。
しかし、魔獣と魔物の被害が増えていることは、気になる。
どちらも簡単に増えるものでは無いからだ。
魔獣はそもそも魔法が使える獣が増える理由がない。
獣自体が増えれば結果として増えるかもしれないけど、弱肉強食の連鎖が機能しているのに獣の数が簡単に増えるとは考えにくい。
魔物はもっと判らない。
ダンジョンから発生する、という。 なのにダンジョンの発見数は変わらない。
魔物の発生の要因が別にもあるのか?
判らないことだらけだ。
おそらく、国全体で原因を探しているのだろう。
私は、その中の1つに過ぎない。
なら、役割を全うするだけだ。
チクリ
心に痛みが走る。
宿屋タナヤのみんなのことを思い出す。
詳細は話すことが出来ない。
私が怪我をしたことも、どこまで隠せているか怪しい。
今朝のフミの様子を見る限り、気が付かれていると思っていい。
なら、話せる範囲で話すか?
きっと今以上に心配させてしまう。
心配を掛けてしまうのはいやだ、でも、話さない方がより心配させてしまうのでは?
悩む。
宿屋タナヤの皆とは、笑い合っていたい。
どうしたら良いのだろう。
判らない。
結局、どうすれば良いのか判らないまま宿に着いてしまった。
「ただいま」
私は、何時もの調子で帰宅を告げる。
「おう、お帰り」
タナヤさんが何時ものように答える。
机で何かを書き込んでいる。
以前聞いたときには、作った料理と出した人を記録している、と言っていた。
同じ人には、連続して同じ料理は出さないようにしているそうだ。
「暫く依頼で忙しくなるのか?」
ん? タナヤさんが私の予定を聞いてくるのは珍しい。
「いえ、まだ、正式には依頼は来ていませんが、内容は聞けました。
ノンビリとしたものですよ。
10日の期間中に2日1回ほどで、町長の館の中の調度品を移動させるだけです。
午後から数時間ですね」
「変な依頼だな」
「なんだか、配置を色々試行錯誤したいそうですね。
私にもよく判りません」
ズキン
嘘を付いてることに、心が痛い。
「先触れが来てな、長期で滞在する客が2部屋使う。
できれば、手伝って貰いたいと思っていた。
問題ないか?」
先触れを出すのは、貴族だけでない。
多人数で移動する旅商人なとは、宿泊場所の確保や事前に商売相手との打合せ予定の調整なとのために、数名先行させることは多い。
「館に行く日の、昼食の配膳と午後の数時間は無理ですが、それ以外は大丈夫です」
「なら頼む」
「はい」
出来るだけ、柔らかく笑うようにして返事をする。
タナヤさんが、ジッと私を見るが、それ以上は何も言わない。
「今日は、何かありますか?」
「いや、今日は宿泊客が居ないからな。
あと、フミが料理するそうだ、味見を頼む」
「フミが? 楽しみです」
オリウさんもフミも料理が出来る。
宿泊客が居ないときや、逆に満員になっていて家族の分の料理を作っている余裕が無いとき、まかない料理を作っている。
私は、部屋に戻ると、着てきた服を着替える。
ヒラヒラした服だ、似合っていただろうか?
疑問に思うが、汚れが付いていないことを確認して丁寧に折り畳む。
少し、精神的に疲れた。
ジェシカさんでは無いが、正直、怖い。
ベッドに横たわる。
ブルッ
身体が震える。 だめだ、まだ震えるのも怯えるのも、今じゃない。
コンコン
ドアのノックする音がする。
「マイ、今いい?」
「あ、フミ、構いませんよ」
フミを部屋に招き入れる。
「今日は、フミが料理するんだね、楽しみです」
私が努めて明るく振る舞う。
「うん、まだまだだけど期待してて」
フミが腕まくりして、胸を張る。
「はい」
今度は、本当に嬉しくなって笑う。
「マイ、今度の依頼は危ないの?」
ドキン
心臓が跳ね上がる。
だめだ、顔に感情を出すな。
「タナヤさんにも話したけど、町長の館の模様替えを手伝うだけの、簡単な仕事ですよ」
「うん、なら良いんだけどね」
フミが抱きついてくる。
何で?
「絶対に危ないことしないでね」
フミが震えている。
私が怪我したことに気が付いているのは間違いない。
「絶対は、ないですが気を付けますよ」
ぎゅっ、とフミの私を抱く力が強くなる。
「っ!」
左腕が痛む。
「あ、ごめんなさい、マイ! 痛かった?」
フミが泣きそうな顔をしている。
だめだ、私は本当にだめだ。
「フミ、大丈夫です。
それから、今夜、時間が有りますか?
話せることは話そうと思います」
私はフミを見つめる。
涙が溢れてきてしまう。
「フミ、心配掛けてごめんなさい」
「判ればよろしい」
フミは泣き笑いで頷いてくれた。
夕食は、フミの手料理だ。
正直、まだまだだ、オリウさんの料理に近いが、ボンヤリとした味付けだ。
フミも、タナヤさんに指摘を受けながら、メモをしている。
でも、この料理は今まで一番美味しかった。
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