第66話 宿「打合せ」
食事が終わって、食後のお茶でまったりしている。
シイちゃんも、お行儀よく食事が出来て、偉かった。
そのシイちゃんが、大きなあくびをしたので、クリスさんが抱きかかえて退室していった。
「ふー」
町長のコウさんが大きな息を吐いて。 真面目な顔になる。
「さて、本題に入りたいと思いますが、よろしいでしょうか?」
私とジェシカさんが頷く。
「まずは、一連のダンジョン関係での活躍、ありがとうございます。
特に視察団の案内では、危険な目に遭わせてしまい、こちらとしても申し訳ないです」
机に着くほど頭を下げるコウさん。
「いえ、ダンジョンの発見は偶然でしたし、視察団の魔獣の件は完全に想定外でした。
町長が謝るようなことではありません」
「そうはいっても、結果としてダンジョンの発見と迅速なダンジョンコアの回収、視察団の適切な案内。
どれも高く評価出来るものです。
そして想定外であろうと、マイさんを危険にそして怪我をさせてしまった責任は私にあります」
うん、こういう人だから町長として任命されたんだろう。
もともと、この王国で支配階級の人の権限は強大だ。
王から管理するものの地域の一部で権利を自由に行使する権限を預かっている。
支配階級の言葉は法律であり命令でもある。
それと同時に、義務と責任がとてつもなく重い。
手抜きや犯罪などしたら一族と関係者の首が簡単に飛ぶ物理的に。
管理地での失敗も、故意によるものだったり過失であっても強く責められる。
それだけに、その失敗を簡単に認めない人も多い。
それを言葉であっても認めて謝罪した。 その意味は重い。
「謝罪を全て受け入れます。
その上で、今回の私の怪我はその場での判断で、視察団と私の意思によるものです。
結果として、誰一人欠けることも無く帰還できたことは、最良の結果だったと確信します。
ですので、それ以上の謝罪は不要です」
私は、コウさんの目を見て告げる。
そうだ視察団のみんなも、私も最善を尽くした。
そして、その結果として全員生き残った。
褒められこそすれ、責められることも謝られることも無い。
そして、この言葉で町長の責任は解消され、この件は終わったことになる。
伝わるかな?
「そう言って頂き、ありがとうございます。
マイさんが信頼できる方で良かった」
コウさんが、椅子に座り直す。 緊張が解けたようだ。
この場合、賠償か追加の報酬を請求することも可能だ。
だが、それは町長に過失があったことを認めることになり、領主から何らかの責任を取らされていただろう。
それは、私も望まない。
私もジェシカさんも、お茶を飲んで仕切り直す。
「それでは、依頼の話にしましょう。
森の調査と言うことですが、具体的に何を求められているのでしょうか?」
ジェシカさんが聞く。
ジェシカさんも知らされていないのか。
「これが、視察団長のギム様からの依頼書になります、ご覧下さい。
目的は、ダンジョンと魔物の探索ですね。
期限は特に設定されていません。
そして、依頼主は領主様になります」
私とジェシカさんが、差し出された依頼書を2人して読む。
少し固い口調で書かれているが、大まかには以下の感じだ。
ダンジョンとダンジョンから発生する魔物を警戒するように。
発見した場合は、可能なら速やかな対処、出来なければ報告して町として対応。
そんな感じだ。
期限が設定されていないのは、意外だった。
あと、補足事項で、私が短期で町を離れるのは問題ないとのことが記載されている。
領主様が依頼主になっているのは、領軍からの依頼だからだろうね。
実質の命令と同じで、断る選択は出来ない。
それは最初にジェシカさんから聞いていた通りだ。
「正直、ダンジョンの発生は国内でも年に数回です、魔物にいたっては数年に1回あるかという頻度だったはずです。
町で個人とは言え専属で探索の必要はあるのでしょうか?」
ジェシカさんが疑問を挟む。
当然だ、私が従軍していた北方辺境師団が管轄する広い範囲でも数える程しか聞かない。
「これは、私とお2人だけで口外は厳禁です。
魔物、魔獣の被害が増えています。 まだ、微増ではありますが確実に。
なのにダンジョンの発生自体は増えていない。
何かが起きている、または起きる前兆ではないかという、領主様の判断によるものです」
ジェシカさんが言葉に詰まっている。
この領地での最高責任者の言葉だ当然そうなる。
なら、確認しなくてはならない。
私は。
「魔物の氾濫の前兆と、危惧していると?」
聞いた。
ジェシカさんが、私をみて驚く。 ガタッと、椅子がなる。
「おそらく、そうではないかと思います」
コウさんが認める。
冷たい汗が、額から頬を伝い机に落ちる。
視察団の依頼の件で、可能性としては考えていた、がそんなことが起きる訳がないという思いもあった。
しかし、この領地を管理している領主の言葉として出てきた。
だが、まだ確信できる状況では無いのだろう。
「ジェシカさん、まだ可能性があるかもしれないという、あやふやな状況です。
懸念が間違いだったという事も十分あり得ますよ」
気休めになるが、顔を真っ青にしているジェシカさんに話しかける。
ジェシカさんは、コクリと小さく頷く。
「町長、一つ聞きたいのですが、この件を知って探索するのは、何人でしょうか?
また、他に何かしますか、探索の目は多い方が良いですが」
私一人で探索できる範囲は限られている。
できれば、森に入る人や、森の周辺を通る人全員が探索して欲しい。
「詳しく知っているのは、ギルドマスターと副ギルドマスター、私と役所の専任の1人。
そしてマイさん、ジェシカさんだけになります。
なので、詳細を知っていて探索するのはマイさん1人です。
冒険者・商業ギルド、更に森に入る全ての町民には、狼の一件があったため、当面の間は森に異変があれば些細なことでも報告するようにと、義務づけることとします」
関係者は最小限にするのか。
で、町長として管理階級の者としての指示、事実上の義務を出す。
現状では、これ以上は難しいだろうな。
「了解しました。
ジェシカさんからは何かありますか?」
「え、ええ、ごめんなさい。 何をどうすれば良いのか判らないの」
混乱しているようだ。
仕方が無いと思う。 こんな大事になっているとは思わないだろう。
「少なくても、今日明日に何か起きることは無いですよ。
たぶん、短くても年単位の話です。
明後日から、探査する場所や経路、日程を調整しましょう」
私は、少しでも安心できるように言葉を掛ける。
「はい、地図の方も、準備させています。
館の控え室の1室を専用に使えるようにしますので、そちらを使って下さい。
出入りは、役場で専属と落ち合ってから移動して下さい。
役場の専属は明後日に私から紹介します」
コウさんが説明を続ける。
うん、問題ない。あとは、役場の専属の人がどんな人か位かな?
「ま、マイさんは怖くないのですか?
私は正直、震えが止まらないのですが」
ジェシカさんが私に聞いてくる。
まだ成人もしていない小娘が、魔物の氾濫かもしれない状況で平然としているが不思議なんだろう。
「私は、徴用兵でした。
軍隊では、どんな命令でも躊躇していては仲間ごと危険になり、作戦が失敗する可能性もあります。
なので、震えるのも泣くのも、作戦が終わってからなんです。
えっと、ジェシカさん。
私も怖いです、たぶん今夜は枕を涙で濡らしますよ」
最後は少しおどけて言ってみた。
怖いのは本当だ、先の見えない恐怖は心の中にある。
でも、それで泣いても喚いても状況が良くなるわけでは無い。
なら、泣くのも叫ぶのも、やるべき事をやり終えてからでいい。
「そうですね。
一番危険なマイさんが頑張っているのだから、サポートする私がしっかりしてないといけないですね」
ジェシカさんが自分に活を入れるように拳を胸の前で握る。
「よろしくお願いしますね。ジェシカさん」
「はい、マイさん」
「私のことも忘れないで下さいよ」
コウさんも、おどけて声を掛ける。
少しの間、3人で笑い合った。
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