第46話 日常「手負い」

 今回の輸送依頼もあと少し、今日の夕方にはコウの町に到着する予定だ。

 周りのみんなも緊張が緩んでいるのが判る。


 うーん、良くない傾向かも。

 何事も、完了するまで気を抜かない。


 いつもより密に探索魔術を使う。



「マイさん、何か気になることでも?」


 私が緊張しているのに気が付いたのだろうか? ケントさんが声を掛けてくる。


「いえ、ただ同僚の兵士に言われている言葉があるのです。

 『問題は、もう大丈夫と言うときにやってくる。』と」


「なるほど、為になる言葉ですね。

 町に戻って商売が終わるまで気を抜かないように気を付けます」


 ケントさんが、大げさに頷く。

 紅牙のメンバーが笑う。 って、気を抜いちゃいけないのはお前達なんだけど、わかってる?



 しょうがないなぁ、と、ふっと息を吐く。

 探索魔術を使う。


 ん? 反応が出た。



「25メートル先の右の林。 反応あり、木の影でよく判らない!」


 私の探索魔術は精度が低い、それに遮蔽物が多い所だと更に反応が分かり難くなる。



「りょーかい」


 カイが緊張感の無い声で、弓の準備をする。

 またウサギか小動物だと思っているのだろう、先頭のマイトは剣を抜こうともしていない。

 その行動に嫌な予感がする。


 ザッ


 林の中から草が揺れて、大きな影が出てくる。


「狼だ!」


 マイトが慌てて剣を抜こうとする、が馬が暴れる。


 ハルがどうすれば良いのか迷う。


 カイが、中途半端な距離で弓を放ってしまう。

 狼の手前に刺さる。


 グルルルル


 狼がこちらを睨む。

 ん、矢が刺さるまでこちらに気が付いていなかった?

 ハルはまだ混乱している。

 仕方が無い、私が指示を出す。


「落ち着いて! 相手は手負いだ。 直ぐに襲ってこない! 距離を詰められないように!

 カイは次の矢を準備、だけど近づかない限り打たない!

 ハル、火の魔法の準備、近づくようなら顔の付近に向けて広がるようにして!

 マイト、馬をケントさんに預けて、前で剣を突き出して盾を構えて、威嚇して!」


 矢継ぎ早に指示を出す。

 っか、ハル! 貴女が動かなくてどうするの?


 狼は、手負いだ、矢が数本身体に刺さっている。

 遠目でも毛皮に血がべっとり付いているのが判る。

 おそらく、狼の討伐で取り逃がしたのだろう。


 このまま森に逃げてくれれば、それを報告するだけで良いが、どうする。

 馬の足なら逃げ切れる、カイの矢とハルの魔法で牽制して逃げるか?

 戦うのは悪手だ、手負いほど危険な相手は居ない。


 カイが弓の準備をして構える。 まだ、弓を引かない。

 ハルも魔法の準備なのか杖を前に突き出す。


「せりゃぁぁぁぁ!」


 マイトがケントさんに馬を預けると、剣を構えて突撃した。



 バカかぁ!!!



「ハル、マイトを止めて!」


 ハルに声を掛けるが、最悪の行動と取る。


「仕方が無い! カイ、行くよ!」


「おう」


 3人して狼に向かっていく。


 が、狼相手に攻めあぐねている。

 ああもう、戦い方も決めていないのに戦うのか。



 その様子を冷めた目で見ながらケントさんに告げる。


「ケントさん、私達はこの場で待機です。

 もし、状況が悪化したら、町まで走ります。

 手負いなら、馬の足に追いつけないでしょう」


「見捨てるのですか? 戦っている仲間を。

 マイさんは元兵士ですよね?」


「ケントさんに、良い案があるのならおしえて下さい。

 時空魔術師が非戦闘職なのはご存じでしょ?」


「そ、それは」


 ケントさんは、口ごもる。

 冷たいようだが、仲間が冷静さを欠いた時点で、勝ちは取れない。

 負けないための方法を考えるしか無い。



 狼との戦いは泥沼だ。

 マイトは、責めきれず剣は空振り続ける。

 カイは、馬が暴れて狙えない。

 マイは、狼とマイトが重なる軸線上に居て魔法を使えない。 指示も出していない。


 頭が痛くなる状況だ。

 最悪だ。



 どうする。

『大抵は、想定した最悪より悪いことが起きる物だ、そういうつもりで居ないと対応出来ない』

 昔の仲間の兵士の言葉が頭をよぎる。


 最悪中の最悪は……覚悟を決めるか。


 馬の上で横座りする。直ぐに下馬できるように。 その状態でも馬を走らせることは出来る。

 収納空間を確認する、使う武器は鉄串だ。


「ケントさん、絶対に動かないで下さい。 守らないとどうなっても知りません」


「は、はい。判りました」



 最悪が起きた、狼が3人を振り切って、こちらに突進してくる。

 いや、たんに偶然こっちに向かってきただけか。

 既に、正気を無くしているのだろうか、狂気じみた咆哮を出している。



 グルグェァァァァ!!!



「危ない! マイ!」


 ハルが振り返って声を張り上げる。

 いや、もうヤダ。



 馬から下りて、ケントさんの前に立つ。


 ゆっくり身体を横に動かして狼を誘導する。


 目論見 通り、狼は私の方向に突っ込んでくる。


 観察する、目が悪くなっているのだろう、細かい動きまで見えていないようだ。

 身体に刺さっている矢の幾つかは急所に刺さっている、放っていても長くない。

 走る速度も遅い。


 多分、致死量の攻撃が出来たので、深追いを止めたのか。


 ショートソードを抜く。 左手で持って腕を横に突き出す。

 剣を手首だけで動かして太陽の光をきらめかせる。


 思った通り、剣に向かって向きを変えた。


 ここで使うかは迷ったが、仕方が無い。 出来るだけ上手くやろう。



 時空取り出しによる攻撃。



 距離とタイミングを計り、時空取り出しで鉄串を狼の耳に向かって放つ。

 この位置なら、ケントさんも紅牙のメンバーからも死角だ。


 鉄串が耳から脳を突き抜き反対の耳に出る、感触が手に伝わる。

 突き抜けた感触が伝わったら直ぐにまた鉄串を収納する。

 仕留めた。


 で、力が抜けた狼に向けて形だけだけど、突っ込んで首筋に剣を突き立てる。


 倒れた狼に、体重を掛けて剣を突き刺す。

 倒したのはあくまでも剣でないといけない。


 狼は、ビクンと大きく身体を揺らすと、そのまま動かなくなった。



 私は、念入りに狼が事切れたことを確認すると、ゆっくりと剣を抜きとり、立ち上がる。


「ふう」



 ようやく、紅牙のメンバーが駆け寄ってくる。


「だいじょうぶか、マイ!」


「すげーなぁ、マイちゃん」


「マイ、怪我はない?」


 3人は興奮して、声を掛けてくる。脳天気に。

 我慢してきた我慢が、キレた。



「何やってるんだ貴様らわ!」



 私は怒鳴る。

 3人は、何で怒られているのか判っていない。


「お前らは、狼の討伐に来たのか、それともケントを護衛に来ているのか? どっちだ!」


 ようやく意味が通じたのだろう。


「マイト! アホみたいに叫んで突っ込んで何のつもりだ!

 狼との戦いになって、ケントを巻き込みたかったのか!」


「そ、それは狼が居たら退治しないと、それに矢が刺さっていて弱っていそうだったし」


「アホが、手負いの獣ほど危険な物はないだろうが!

 最後は見境無しにケントに向かって襲いかかってきたんだぞ」


「カイもなんだ、馬上から当てる腕が無いのに、それに、馬が暴れるまで近づいてどうしたいんだ!」


「そ、それはそのねー、その」


「ハル! マイトを止めてと言ったのに、何で突っ込んだの!

 位置取りも出来なくて、結局何も指示を出さずに、でどうしたかったの?」


「あ、あの、みんなが戦うから何とかしないといけないと思って。 グスッ」




 ハルが泣き出した。 泣きたいのは私だよ。

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