第37話 日常「狼と逃避」

 3日目の朝が来た。

 私は、周囲を確認してから収納空間を出る。


 地面を確認する、うん、昨晩は来ていないようだ。


 早朝のうちに少し採取をするつもりだったが、直ぐに戻ることにする。

 足跡の数は複数だった。群れの可能性が高い。

 足跡から猟師なら狼か山犬かの見分けが付くだろうけど、私には出来ない。


 狼の群れと仮定して動こう。



 大丈夫、私には幾つかの戦う力と逃げるための方法がある。



 足早に移動する。

 焦るな、焦ったら道に迷う。


 確実を考慮して、小川沿いに移動して森を出ることにする。

 森の中の様子を索敵する。


 風の魔法を使って、周囲の確認もする。

 まずい、焦っているのが自分でも判る。精度が落ちている。


 歩きながら携帯食を食べる。


 予定を確認する。

 まず、森を出る。出た所で小休憩。


 次に、畑の近くの丘まで行く。ここで昼食。


 その後は、町に戻って、ギルドに報告、依頼の納品も含めて。

 町まで戻れば安全だ。



 この場所は、森の中でも浅い場所だ、遭遇する可能性は低いだろう。


 森の中を移動する。

 だんだん伐採後があり、森の中が明るくなる。


 野生動物は、基本的に人が手を入れた場所を嫌う、今は冬の前、まだ食料に困る時期では無いので、森の浅い場所に出てくる可能性は少ない。



 ふと、昔、兵士が言っていた言葉を思い出す。


『大抵は、想定した最悪より悪いことが起きる物だ、そういうつもりで居ないと対応出来ない』


 なんでそんなことを思い出したのだろう。




 森を抜ける。

 足が止まる。


 2匹の狼が目の前に居た。 ここから私が出てくるというのが判っているように。


 まずい、後ろを確認する、少なくても3匹の狼が、音もなく木の陰から出てくる。


 完全に待ち伏せされていた。

 何時からだ?


 観察する、目の前の2匹は大きさはそんなに大きくない。

 若い個体だ、おそらく群れから分かれた若い群れなんだろう。


 でも、移動中の索敵に引っかからなかった。

 私の索敵は精度は低いがそれでも、それを回避して移動していたというのは、後ろの3匹はかなり手強い。

 そして、人間を襲った経験がある可能性が高い。

 個人の人間の狩りやすさを覚えているのだろう。


 うん、不味いかも。


 5匹以上の群れを倒す力なんてない、何とかして逃げるしかないが、時空転移では広い平原では一時凌ぎにしかならない。

 そもそも、転移した後はしばらく動くことも出来なくなる。



 方法としては、これしかないか。

 幾つか方法を決めて実行する。



 攻撃してくる前に仕掛ける。

 剣を抜く、ショートソードの中でも短い剣だが、目の前の2匹の狼が緊張するのが判る。


 遠隔取り出しで、水が入った子樽を目の前の狼の上に出す。

 ぶつかる前に気が付かれて、避けられる樽は地面に落ちて水をぶちまける。


 突然の状況に狼たちの意識が樽に集中する。


 このタイミングだ、目の前のもう一匹に対して遠隔収納を行う。

 頭の後ろを鷲づかみにして取り込む!


 ギャン!


 大きな声で鳴く。

 魔法の発動が遅い! まずい!

 狼が暴れて抵抗されてしまった、直ぐに遠隔収納を辞める。


 相手に考えるスキを与えない。


 見えない所を攻める。

 同じ狼に遠隔取り出しを使い、ショートソードを後ろ足に当たるように出す。

 上に気を取られていた狼の後ろ足を上手く切り裂く。


 ギャワン!


 明らかに痛みを訴える鳴き声だ。

 だが、まったく致命傷ではない。皮一枚を切った程度だろう。



 だが、未知の攻撃、利口な狼ならこの時点で逃げるはず。

 次に会うときに同じ手が通じる可能性は低くなるが出し惜しみをしている余裕は無い。


 狼たちが逃げることを期待していたが。

 最悪だ。

 逃げない、最初の狼が怒りのうなり声を出して攻撃態勢に入る。



 後ろの狼たちの状況は判らない。

 索敵する余裕も無い。


 後ろから噛み付かれたらお終いだ。


 ワオーン


 森の中の方から咆哮が聞こえる。


 目の前の2匹が動きを止める。

 しばらく睨み合いをしていたが、フイと横に走り出し、そのまま森の中に姿を消していった。



「助かった?」


 しばらく剣を構えたまま周囲を風の魔術の索敵を使用して、狼たちの気配が遠ざかり無くなっていることを確認し、力が抜ける。


 やはり、何か強い攻撃手段が必要だ。

 でも、その何かは思いつかない。


 フタが外れた子樽と遠隔取り出しで出したショートソードを回収して、急いで帰る。

 足が震え居ているが、何とか歩く。




 畑の近くの丘まで来た。

 振り返って森を見る。

 狼たちは見えない。索敵もこの距離だと判別が着かない。


 ぶるっ、と身体が震える。


 ここでようやく、私は酷い汗をかいていたことに気が付く。

 汗冷えしているのだろう、寒い。



 何とか逃げおおせる事が出来た。


 考える。


 おそらく、森の中に居た3匹の狼は、それなりに年齢を重ねた個体なんだろう。

 で、私は狩りの練習台にされた。

 だが、私が未知の攻撃をしたことで、若い狼の安全を取って、狩りを中止した。


 というところが妥当だろうか?


 次に、ギルドに報告する内容を考える。


 狼の群れ5匹確認したことを伝える。これは確定だ。

 では、どの様に発見したのか、遠隔系の時空魔法については話せない。

 狼に一撃を入れたら逃げた。 説得力に欠けるか。

 うん、森の入口付近で、遠目に見つけた。が良いか。



 対応を決めた所で、移動を再開する。

 まだ昼前だけど、昼食は町に戻ってからだ。




 流石にもう狼の襲撃は無かった。


 町に戻れた。

 門の守衛は3日前に会った人と同じだった。

 狼が居たことも伝える。


「おう、無事だったな。って顔色悪いがどうかしたのか?」


「狼の群れが居ました」


「本当かよ、これから報告か。 無事で何よりだ」


「ええ、あと森へ行く人には……」


「判っているって、強く止めるようにするよ」


 町長の布告が無い限り、森への立ち入りを禁止することは出来ないので、あくまでも自己責任だ。

 この辺はギルドの方が動きが速い。


 ギルドに着く。


「報告があります、あと薬草の納品」


「報告ですか、こちらへ」


 報告を先に口にしたことから、職員さんが察してくれて、打ち合わせ室に案内される。


「何かあったんですね。 ご無事で何よりですといって良いのでしょうか?」


「はい、戻るときに狼の群れを見つけました。

 確認をしたのは東の森の入口付近の小川に居る所を。

 数は確認した限り5匹、うち若い個体が2匹です。

 こちらに気が付かずに森の中に入っていきました」


「他には?」


「そこまでです。個人的な解釈になりますが、人の匂いを気にしている様子は無いですね。

 場合によっては、人を襲ったことがある可能性もあると思います。

 あと、西の森の狼と同じ個体かは判りません」


 職員は考え込む。


「いえ、情報ありがとうございます。

 5匹というのは、少ないですね。群分けでしょうか?

 兎も角、確実な目撃情報があったのは助かります」


「対応をよろしくお願いします」


「はい、と言っても西の森での狼だとしたら移動速度が速いので、東の方向に移動してしまっている可能性も高いですね」


「定住される可能性もあるので、楽観は出来ないでしょうけど」


「ええ、もちろんその可能性も含めて、おそらく冒険者ギルトへの討伐依頼になると思います。

 では、薬草の納品もここで受けます」


「あ、50束ありますが大丈夫ですか?」


「すいません、納品場所でお願いします」





 初めての森での薬草の採取依頼は、安全な依頼のはずが、危ない目に遭ってしまった。

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