第35話 日常「ありきたりな収集2」
東の門から町を出る。
さて、初めての町の外での依頼だ。
この町も昔は要塞として使われていたらしく、壁は立派で強固だ。
壁の上から外を見せて貰った事があるが、畑が広がっていて、その先に森がある。
門の守衛に身分証と目的を伝える。
「東の森で薬草の収集依頼をします」
「狼の話は聞いているのか?」
「はい、西の森での目撃ですね、戦って勝てる相手ではないですが、逃げる方は大丈夫ですよ」
「分かっているなら良い、気を付けてな」
守衛もけっこうお人好しだ。
笑い顔を作って、礼を言う。
「はい、ありがとうございます。2泊する予定なので3日後に」
「おう」
町を出て、収穫を終えた畑や、冬野菜を作ってる畑を眺めながら移動する。
話だと、4時間程度歩けば森に着くので、昼は畑と森の間の草原の何処かになるか。
この町の辺りは、広い平原で、平原といってもそれなりの丘が辺りにあり、川がすくない。
そのため、北側にある川からの水を用水路として町へ引き込んでいる。
その北側の先のずっと遠くには、大きな山脈群が見える。
北の帝国とを隔てる自然の壁だ。
私が居た最前線の砦は、この山脈群のもっと西側にある。
山頂には雪が積もってる、山脈群に近くなると雪も降りやすい。
畑を抜けて草原に出る。
丘の上から、目標となる森とその周辺の地理を確認する。
ついでにお昼も食べる。パンをくり抜いて、その中にとろみを付けたスープを入れた凝ったものだ。
美味しい。 もぐもぐ。
手渡されている地図は目印となるものを強調して書かれているので、正確な位置は曖昧だ。
正確な地理情報が書かれた地図は作成も流通も制限されている、というせいもある。
遠くの丘の近くに小川があるはずだ、この小川を目印に森に入る。
その小川の支流で薬草の採取だ。
検証も始めよう。
最初はまず、収納の空間と現実との時間差の確認だ。
2つの小さい革袋の中に小石大の氷を作る。
1つは収納し、もう1つはそのまま。
溶ける時間を確認することで、時間差があるのか確かめる。
取り敢えずは森の入口で確認でいいかな。
移動を開始する。
もう整備された道は無いが、人や馬車で踏み固めた自然に出来た道はある。
膝下ぐらいの草むらが所々にあるが、殆どは足首ぐらいの短い草が広がっている。
この辺では危険な獣は殆ど出てこない。
が、既に人間の領域から出ている、周囲の索敵は気を張りすぎない程度に行う。
風から乗ってくる香り。草木の揺れる音の中にある何かが動いて発生する音。
こちらを見る視線。
道の脇に、糞がある。小動物のものか、小骨が入っているのを見ると、肉食か雑食の体長も30センチ程度かな。
人間に襲いかかる可能性は低いけど、もしかしたら荷物をあさりに来る可能性はある。
小鳥のさえずりが聞こえる。
周囲に危険な獣が居ない、一つの目安だ。 が、ん? 鳥が警戒の鳴き声をしているのが聞こえる。なんだろ?
小鳥の警戒音の方向は森の入口の方だ。
暫く見ていると、森の入口に人影が見える。
森への立ち入りを禁止されてるのに?
見ると、小枝を沢山背負っている男性だ。
歩き方も慣れてはいるが、兵士のような訓練された歩き方ではない。
向こうも私に気が付く、バツが悪そうだ。
ということは、販売目的で無断でやっているな。
以前にも説明したけど、名目上はこの国にある全ての物は国王の所有物になる。
それは、その辺の葉っぱ1枚に至るまで。
なので、小枝を集めるのも原則としては、申請が必要になる。
実際は、こんな事にまで管理しきれないので、採取は自家用なら自己責任で黙認されている。
でも販売目的となると、これは管理対象になり、商業ギルドか役場での認可が必要になる。
まぁ、小遣い稼ぎ程度もお目こぼしされているようだが。
「やぁ、あんたも薪拾いかい?」
「いや、依頼で森に入る」
男に警戒の表情が浮かぶ。
「結構な量だな、近所にも頼まれたのかい?」
「あ、ああ、そうなんだ。 家の薪を拾いに行くと言ったら、頼まれちゃって。 あはは」
うん、近所に売って小遣い稼ぎしている可能性が高いな。
「それは災難だな。 所で、森の中は問題なかったかな? 他に人は?」
「ああ、それは気にならなかった。 誰にも会っていない。 何かあったのか?」
「狼が出たらしい。 その確認に行く」
「本当かよ、やばいな」
男は鉈と思われるものを腰に下げているが、それだけだ。
狼狽して、辺りをキョロキョロしている。
薬草の採取というと、色気をだして付き纏われる可能性がある。話す必要は無いだろう。
注意喚起できれば良い。
「この辺ではまだだ、が、可能性があるので確認というわけだな。
いると判れば、私一人で来ることは無い」
「そ、そうかそうだよな。 俺はもう帰るよ」
「ああ、森に入るのも気を付けた方が良い」
森に入るのが制限されているのは、ギルドの依頼であって、それ以外での森に入るのは禁止されていない。
町長から正式な布告があれば別だが、それは脅威となる狼の群れが確認されてからだ。
男は、そそくさと私の来た道を町へ帰っていく。
フウ。
息を吐いて、少し緊張をほぐす。
男の言葉を全部信じる必要は無いが、騙されている可能性も低いだろう。
小鳥が警戒音を出していたのは、男が背負った小枝の音に対してかな?
背嚢に入っている袋から氷を取り出す、半分以下にまで溶けている。
次に収納の空間から取り出した氷はかなり溶けている。
収納空間の温度は、実感では心地よい暖かさだった、今の気温は肌寒い。
時間の差の検証としては曖昧だが、大きな時間差は無いとみていいかな。
出来ればロウソクで確かめたいが、この町だとちょっと贅沢品になる。
うん、まずはこんな物か。
森の入口から入る。森の中にも道はあるが、当てにはならない。
森の浅い所では、人も結構入っているから、踏み固められた道はあるが、しっかりとした道が整備されているわけでは無いからね。
小川に移動して、周囲を確認する。
この辺りでは、伐採もされていて、森の中だけど明るい。
小川沿いに上流へ進む。
程なくして、支流の中に丁度良い場所を見つける。
まだ外は明るいが、拠点の準備をする。
食事は、大量に収納してある軍の保存食だ。 うん不味い。
町で買った果実で口直し。
運良く湧き水を見つけたので、飲み水の心配は無い。
小川の周囲を確認すると、目的の薬草が群生していた。
これなら目的の量を確保するのは難しくないだろう。
ここでテントをはって寝るのだが、自分の収納空間に入れば、安全は高い。
その為には時間の流れに差がないか再度確認する必要があった。
火の準備だけして、その燃える速度と体感の感覚を確認する。
今度は、同じぐらいの小枝を2本用意して火を付ける。
片方は、地面に挿して、そのまま。
もう1本は私が持ったまま収納空間に入る。
収納空間の中。 火が燃えている。
うん、昔は入れた火は直ぐに消えていた。
この違いは生き物や自分を収納出来るようになった為の変化だろう。
火が燃えるから生き物が入るというのは何でだろう?
逆? 生き物が入れる空間は火が燃えることが出来る?
うーん?
火が燃え尽きたので、元の空間に出る。
地面に挿した小枝の火も殆ど同じぐらいに燃え尽きている。
やはり、時間差は殆ど同じとみていい。
なら、気にせず収納空間に入って寝よう。
日が落ちてきて暗くなった。
収納空間に入って、寝る。 くぅ。
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