第28話 冒険者「魔獣」

 魔獣。



 この言葉が出たとき、頭の中のスイッチが切り替わる。

 非正規兵だった頃の自分に。


「魔獣の出た日時と場所は、種別は、使用魔法は、数は判りますか?」


 矢継ぎ早に質問する。

 対応は早いほうが良い、後手に回るほど被害が増える。


 輸送部隊は、魔獣に狙われることが多い。

 価値の高い物を運んでいるわけでは無いので、飢えた盗賊がまれに襲ってくるか、野生動物の獣も普通は集団で行動している人間を襲うことは飢えていない限り無い。


 ほんとどの場合、襲って来るのは魔獣だ。


 魔獣は、魔法を使える野生動物全般を指している。

 人間と同様に、魔法が使える獣が生まれる可能性は、確率によるとされている。


 魔獣は、魔法を使えるだけの知能がある。

 同じ種類の獣よりより知能が発達しているため、危険度は非常に上がる。

 獣が肉食獣だった場合、人間や飼育している生き物を、テリトリーである森から出て襲う可能性が高くなる。



 そして、運送部隊はテリトリーに近くしかも獲物となる食料を大量に持っている。

 魔獣となった肉食獣にとってはエサがやってくる様な物だ。



 私も、何度か魔獣の襲撃を経験している。

 護衛の兵士が処理しているので、実際に戦うことは無いが、制限なく動ける時空魔術師の私は、制限を受けて、まともに動けない他の同僚の時空魔術師を守るための最後の砦になる。

 実際、目の前まで魔獣がやってきたこともある。


 そして何人もの兵士が私達 輸送部隊を守るために犠牲になった。


 もし単独型なら腹を満たせば森に戻り、空腹になったら又やってくる、を繰り返す。

 複数型、群れを作る場合も厄介だ、目先だけでなく相手に合わせた狩りをする。

 それに魔獣としての魔法と知能が加わる。

 魔術のような洗練されたものでは無いが、実戦で使われる魔法は侮れない。

 なにより、発達した知能から行動が読めない事が多い。



 私の様子が一変したのに驚いていたのだろう。

 宿屋のみんなが唖然としている。


 その顔をみて、今自分は宿屋の臨時店員であり、もう兵士ではないのを思い出す。


「す、すいません。職業病ですかね。

 ほら、補給部隊は食べ物も沢山運ぶので獣に襲われることは多いんです」


「なるほどね、あと、ようやく兵士だったって信じられたよ」


「ぷっ」


 奥さんのオリウの言葉に、フミが吹き出す。

 え? もしかして元兵士だったとは思われていなかった?


「えっ? 元兵士って信じてなかったんですか?」


「あー、時空魔術師とはいえ、未成年だろ。元兵士と言われても信じにくかったからなぁ。

 でも、色々訳ありなは判っていたから、家出娘ぐらいにはと考えてた。

 だから、収穫祭が終わったら、帰れる場所があれば説得するつもりだったよ」


 旦那さん。。。


 あー、あー、言われてみればそうだ。


 未成年で退役した元兵士なんて普通は居ない。

 復帰できない程の怪我をしているわけでもないし。

 兵士用の一般服も背嚢も、中古品なら普通に雑貨屋とかで安く売っている。

 涙腺崩壊させて話した内容も、まとまりが無かったし、

 私がこの宿に来て最初に話した内容は、そこまで信じられていなかったのか。

 そうかー。仕方ないね。


「取り敢えず魔獣の件は、遠くの村なので直接関係なくて、多分、冒険者ギルトが動くので気にする必要が無い。

 で良いんでしょうか?」


「ああ、被害が出たという話は出なかったしね」



 魔獣は、草食獣の場合もある、なので魔獣が出たからといって危険とは限らない。

 それでも、魔獣は優先討伐に指定され、軍でも発見したときは優先的に対応する。


 気にはなる、けど私が関わる話では無いだろう。

 頭の中のスイッチを意識して切り替える。


 私は、フミと一緒に宿泊客の食器の片付けを行い、宿の戸締まりをして部屋に戻る。



 ベッドに横になる。

 息を大きく吐いて、明日のことを考える。

 明日は、宿の前で料理の販売だ。



 トントン


「マイ、今いい?」


 ドアを叩く音がして、フミがやってきた。


「いいけど何?」


 フミを部屋に招き入れ、お互い座る。 フミの表情がすこく暗い。

 この部屋は、オイルランプではなく私の光魔法の弱い光が灯っている。


 暫く無言だった、フミの言葉を待つ。


「マイは、収穫祭の後、どうするのか気になってね。

 魔獣を倒すような冒険者になっちゃうのかと思って」


「それは無いですね、私戦えないですから。

 時空魔術師として安全な荷物運びで生活できれば良いいなぁ、と、特に考えてないというか無計画ですねぇ」


「マイらしいのかな?

 うちで雇えれば良いんだけど、ごめん」


 この宿屋で働ければ、それは嬉しいが無理がある。

 家族経営で十分な宿に従業員を入れる余裕は無い。


「魔獣のこと気になる?」


「気にならないと言えば嘘になりますが、関わりが無いのなら気にしないようにしますね」


「そっかー、なんか倒しに行っちゃいそうな雰囲気だったから」


「いえ、襲われたときに対応出来るように準備をしなくては、という感じですね。

 先輩の兵士に言わせると、後の先を取る、ためとか」


 準備が万全なら、相手が攻撃してきたときが一番の反撃の機会だ、との事らしいが、戦いに関しては専門じゃ無いので、よく判らない。


「なにそれ?」


「私も判りません」


 お互い顔を合わせて笑う。




 その後、フミとすこし話をした後、眠りについた。

 魔獣の問題は、フラグだったと知るのは暫く後のことだ。

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