第25話 冒険者「宿屋の新人」
私の現在居る町。コウという名前の町だそうで、私はこの町の住人としての登録を行った。
これは、宿屋で働く際に国民ではないと、問題が大きいためである。
幸い、私が国民になるために必要な書類には、何処で登録する必要があるのかの制限は無かった。
そのおかげで役場での登録は簡単に終わった。
また、ギルドでの登録も簡単だった。
そもそも正規の魔術師が登録に来ることは希で、むしろ歓迎されてしまった。
まぁ、時空魔術師なので多少微妙なのはお愛想だったのは仕方が無いが。
ギルドについても、教えて貰った。
大きく分けて、ギルドの配下には、商業ギルド、生産ギルド、冒険者ギルドの3つに分けられる。
魔術師ギルドは人数が少ないので冒険者ギルトに含まれている。
冒険者ギルトは、基本的には何でも屋で雑務から戦闘までなんでも行う。
ほとんどは、非戦闘系で町中の雑務や肉体労働など、それらを副業として行っている人が大半である。
戦闘系の依頼は少ない。護衛や特定の獲物の狩りや、希少な薬草の収集など。
大きな都市では人数が多いので細分化されているが、この町ではそこまで分かれていない。
ギルドに持ち込まれる依頼によっては、複数人で対応することもあり、固定したチームも存在するとのこと。
大抵は、その依頼によって集まる感じだ。
私の最初の依頼は、宿屋の臨時店員である。
宿の主人から商業ギルドを経由して、私への指名依頼という形になっている。
今まで、名前を確認していなかったが改めて状況を確認して検証しよう。
まず、この町は、コウシャン領のコウという名前で、コウシャンという領主の居る都市から荷馬車で50日程度、途中1つの町と複数の村を経由する、この国の町との間隔としては比較的近い位置にある。
酪農を中心とした生産を主とする村々をまとめる町だ。
町長が居るが、基本的には領主の直轄領の位置づけになる。
私が今居る宿屋は、タナヤという宿で、宿を作った人の名前がそのまま宿の名前になっている。
この町では古くからある宿だけど、規模は中堅の小規模な宿で、一般的な宿屋にある食堂兼飲み屋が無い。
家族経営で、その為か、常連の宿泊客を中心に営業している。
近所の家庭向けに料理を持ち帰りで提供をしているらしい。
宿の主人で、料理を担当している旦那さん、名前もタナヤでこれは宿を継いだときに名前を受け継ぐそうだ。
痩せ型だけど筋肉がしっかり付いている。細マッチョだ。
で、火と風の基礎魔法使い。 副業で魔術師ギルドに登録しての活動もしている。
宿の奥さんは、オリウさん。
実質的に宿の切り盛りをしていて、恰幅が良い。 大雑把に見えて色々考えている。
その宿の跡取り? の私と同年代の女の子が、フミさん。
宿の店員をしながら宿の経営についての勉強もしている。
そして胸がたわわだ、うん、マシュマロ。
ちょっと考え無しの所はあるけど、人情味が強くて優しい。
部屋の掃除をしながら、状況を確認して検証を続ける。
この宿は部屋数は少ないが、6人部屋が中心で、幾つかの3人部屋と1人部屋がある。
食堂が無く客室内で食事が出来るように各部屋は大きく作られている。
私が泊まっているような1人部屋は予備として有るだけでだ。
全部の部屋数が少ないが、それなりに掃除や備品の整備は多い。
今の状況は、結果的には良かったとは思うが、経緯が不味い。
ほとんど感情と状況に流されてしまっている。
何か見落としは無いだろうか?
今までの経緯を思い出そうとするが、が、あぁぁぁ、恥ずかしい。
なんで大泣きしてしまったのだろう。
保留にしよう、そうしよう。
大泣きしてからか、何故か今の気持ちが楽になっている。
それから、宿屋の店員としての勉強と仕事を行う。
また、仕入れの手伝いで時空魔術を使ったりした。
周囲には魔術師というのは隠していたけど。
さて、今日は4人連れの家族が一組、宿泊だ。
収穫祭にはまだ早いが、出店する側だそうで、その準備も含めて早く来たそうである。
既に宿泊の手続きは終わっていて、部屋でくつろいでいるとのこと。
店員としてそつなくこなそう。
なに、軍務中は配膳もやった、愛想笑いぐらいは付ければ良いか。
フミと一緒に夕食を部屋に運ぶ。
「夕食をお持ちしました。
飲み物など、追加で必要な物がありましたら申しつけ下さい」
うん、私が宿泊した宿ではこんな感じの対応をしてくれた、間違いでは無いだろう。
「……どこか良い所の方ですか?」
宿泊の主人と思われる方から質問が来た。
ん?
なにか間違えたかな?
「いえ、普通の宿屋の店員ですが?」
「そうですか、対応がそれなりに良い所の対応でしたので」
うーん、軍務中に緊急で宿泊する宿は安全面を考慮されている所だし、その町や村の長から紹介されているから、一般向けより良い対応を受けていたのかな?
「うん、よそから来たからかな? 失礼じゃ無かったら良いんじゃないかな」
フミは、知り合いなのか気安い言葉で会話する。
良いのかな? 知り合いだろうと、客と店員の会話だからね。
私は多少困惑しながら、料理を机に並べていく。
料理は、豪華ではないが、趣向が凝らされて幾つもの種類がある。
少し違和感を感じる。
宿が出す料理にしてはこっていないか?
普通は同じ食材を煮るか焼くかして、あとは決まりのパンとサラダ、良くて付け合わせが1品だ。
タナヤさん、もしかしたら何処かの大きな食堂や高級料理店での経験があるかもしれない。
詮索するべき所では無い、頭の片隅に置いておこう。
「収穫祭の間だけですが、よろしくお願いします」
私は、失礼の無いように対応する。
「こちらこそ、よろしく」
宿泊の主人は、曖昧な笑顔で返してきた。
うーん、何か失敗しているのかも?
「フミさん、私の対応は変でしたか?」
「ん? 別に。ただ一寸丁寧だったかな?
何処かで習ったの?」
「後援部隊でしたので、高い位の将校とかの食事の準備とか経験はありますね、前線では人手が足りないので」
ちょっと嘘だ。
実際前線では自分のことは自分やる。将校は専属が居るので関わることは無い。
とはいえ、士官関係の人に対しては、配膳とかは下っ端の仕事としてやっていた。マナーなんて関係なかったけど。
「えっと、嫌なことだったらごめん」
「謝られるようなことではないですよ、迷惑になっていないか気になっただけです」
「それなら大丈夫、宿の仕事もしっかりしてくれているし、むしろ助かってるぐらい。
このまま、宿で働かない?」
「それは、その、考えさせて下さい」
私の宿屋の店員としての活動が始まった。
収穫祭まであと少し。
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