第9話 帰還への道「果実」

「行けない」



 川が狭くなって切り通しのようになっている。

 川沿いの斜面はほぼ垂直でここを行くのは無理だ。

 川幅も狭く、水が集まり濁流となっている。


 その狭くなっている所の手前は渓谷というか崖と谷になっていて、迂回するにも山のかなり上に登らないと越えられそうもない。



 方法を考える。

 このままここで休息し、川の水量が減るのを待つ。

 山を登り、大きく迂回する。


 どちらも難しい。

 水が減るのが一体何時になるのか判らない。

 かといって、本格的な山登りの経験は無い、輸送部隊は基本的に整備された道しか通らないから。

 山深くに入り込んで、目的の場所に行ける自信は全くないし、狼を含め野生動物との遭遇の危険が大きくなる。

 この辺の知識も一緒に居た兵士達から教えて貰っていた。

 が、知識だけだ実践したことは無いし、出来る自信も無い。



 ただ、悪いことばかりではない。

 こういう難所の所には、休憩エリアが設けられていることが多い。

 見回すと、少し降った所に休憩エリアがあった。


 木々の中を移動して、休憩エリアに到着できた、一休みする。

 狼に遭遇した記憶が思い出してきて、ついつい周囲に気を払ってしまう。


 手早く食事の用意をし、済ませる。

 仮眠用に掘られた窪みには、最近使用されたと思われ来る痕跡が残っていた。

 上官たちが使用したのだろうか?


 この休憩エリアは10人程度しか入れそうにない、小さい物だ。

 これは多分、ある程度 水量が減ったら、川に流されて、下流の川岸から上がり移動したんだろう。

 地図と道を把握していれば、この手は使えないこともないが、私はこの辺のことを覚えていない。

 ただ、黙々と移動していただけだ。

 イチかバチかで行うには危険すぎる。



「水量が少なくなるのを待つのが現実的かなぁ」


 ぼやく。

 その時、ほほに雨粒が。


「ははっ」


 強くなっていく雨に、自虐的な笑いが出て、私は仮眠用の窪みに行くと、自分の収納の空間に入ってそのまま寝てしまった。

 自分自身を収納するのにも、もうだいぶ慣れた。



 目が覚めて、安全な自分の収納の空間で身繕いをして、食事を取る。硬パンと乾燥肉、水、もう作業だ。

 外の空間をイメージし、なにも居ないことを確認して、自分を取り出す。

 雨は止んでいて、雲は多いが日が差し込んで十分明るい。


 状況がこんなじゃなければ、この風景も楽しめたのかもしれないなぁ。


 大きな崖が、城壁のように広がり、そこからも細い滝が流れ落ち、ちょっと幻想的な情景となっている。

 ボンヤリとしながら眺める。

 水量は昨日より増えている、流されて下流側の岸へたどり着く、なんて無茶はもう選択できない。

 山脈群に降った雨が流れ落ちるまで、いったい何日かかるのだろう?


 山を登り、迂回するしか手がない。


 湧き水を汲んで、空き樽に入れ、収納する。

 水筒の水も一杯にする。



 準備を整えて、行動する内容を確認する。

 自分の位置を常に確認する。 判るように印を付けていく。

 場所を見失ったら、その時点で直ぐに位置を確認できる所まで戻る。


 色々教えてくれた兵士の言葉を思い出して脳内で復唱する。

 確か、狩人をしていて徴兵されたとか言っていた。

 この砦の任務が終わったら、満期となって除隊し家に帰れる、昔通り狩りをして生活すると言っていた。


 私はどうなるのだろうか?

 家の農家は男兄弟の誰かが継ぐだろう。 帰っても労働力が一人増えるだけだ。

 それ以前に、魔術師となっている以上、何処で働くのかは国が決めてくる。


「帰ったって、また荷運びかぁ」


 能力があって国に従属して、安定した仕事が与えられる、この国の住民としては恵まれている。

 ということは、判ってはいるのだけど、言われるがまま生きてきた自分が嫌になる。


 だから、魔導師になりたかった。

 魔導師になれば、ある程度は自分の意思が通せる。



「そっか、魔導師になりたかったのは自由になりたかったのかな」



 自分が魔導師に固執していた理由なのかもしれない。

 自分自身を収納して帰還できた、これで、もしかしたら魔導師に認められるかも?


 考える。


 時空魔術師で魔導師になった人はいない、というか、例外魔法を使う人で魔導師になった人はごく少数だ。

 魔術の深い理解と、有用な魔術の行使、魔法の体系化、術式の作成、新たな魔術師の育成。これが魔導師になるのに必要な技能。

 どれも、例外魔法では難しい。

 ただ、有用な例外魔法が使える人は、強制的に教育されて魔導師になる事もある。


 例外魔術はどれも感覚で使う面が大きく、魔法との区別が曖昧となっている。

 そのせいで、作られた術式は、誰にも使えない術式だけが山になっているだけだ。


 それでも、魔導師というのは魔術師の憧れである。うん、まだ諦めない。



 もう一度、装備の確認をして、ゆっくりと山を登る。

 急いでろくな事は無い、これもあの兵士の言葉だったか?

 まずは、あそこの一つ飛び出して大きな木を目指す。

 その為には、この斜面伝いに移動する。

 最初の目標を決める。


 そして、最終的には、あの崖の上に到達すること。

 横を向き見上げる、と。


「ん?」


 崖の上の一本の木が目に入る。

 遠くてよく判らないが、オレンジ色の大きな果実がなっている。


 何だろう?

 足を止めて見つめる。


 喉が渇く。


 無意識に水筒を取ろうと、収納の空間に手を延ばす。

 その時、余計なことを考えた。


『あの実を取ってみたい』


 掴んでいた、なんと言えば良いのか判らないけど、崖の上の木になっている実の一つを掴んでいた。


「は?」


 手を動かす。

 それに合わせて、木の枝が揺れる。


 と同時に、凄い倦怠感が襲ってくる。

 魔力が大量に消耗している?


 あわてて、手を引っ込める。




 その手には、オレンジ色の大きな果実が握られていた。

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