第3話 プロローグ「崩れゆく砦」
床に頭を低くして起き上がり、辺りを見渡す。
時空魔術師の、自分の出来ることを全部やる。やってダメならそれっきりだ。
まずやることは倉庫にある荷物を詰め込めるだけ収納する。
自分の収納能力は、徴用された時点で、大樽1つ分と非常に微妙で、空間魔術師としてはかなり少ない方だった。
しかし、5年間酷使された結果、自分の限界が増えている、どの程度なのか判らない。
自分の限界を確認する暇も無く、とにかく収納して運んでいたから。
「うにゃぁぁぁぁ」
ヘンテコな気合いを入れながら、目に付いた荷物をかたっばしから収納していく。
収納の限界は、収納しているとなんとなく判る。
感覚的にはお腹が満腹になってもう食べられない、という感じかな?
頭を上げないように、這いつくばって移動しながら収納していく。
私の場合、触れた物に対して収納魔法が働く、そういうイメージをしている。
自分でも驚いたことに、倉庫にある荷物を全て収納することが出来ちゃった。 腹5分目ぐらいかな? まだ余裕ある。
小さい砦の倉庫といっても兵士20~30人が駐屯している砦だ、その砦を維持するだけの荷物はそれ相応に多い。
でも、驚いている暇はない。
熱気は上がってきていて倉庫の温度も上がっているし、煙も濃くなっている。 熱いし煙いしもう限界。
更に、砦を組んでいる木材のきしむ音まで聞こえてくる。 時間が無い。
それでも
「やるのは始めて、イチかバチか、失敗したらどうなるのだろう?死ねるのかな?」
時空魔術師が原則としてやってはいけないことに『自分自身を収納する』がある。
実際に自分を収納して、無事に出てこれたことは、今までの記録上に残されてされていないから。
自分を収納した時空魔術師が、死んだのか異なる時空間の中で生きているのか知ることは出来ない。
でも、この状況から脱出するためには『自分を収納する』に賭けるしかない。
私の収納する空間は生物を入れることが出来るようになっていた。
元々徴用された時点では出来なかった、気が付いたら出来るようになっていた。
収納空間の中の時間経過の差は検証している時間が無かったので判らない。
運を天に任せる、どころではない。
躊躇する。
他に方法は無いのか、ふと考える。
死ぬ、というのならこのまま焼かれて岩に潰されれば良い。運が良ければあっという間だ、痛みを感じる暇も無いだろう。
どうなるのか判らない、というのが死よりも不安にさせる。
ミシミシ
砦が崩壊しだした。
呼吸も苦しくなってきた、室温もあがっている。
『もうどうにでもなれ』
私は、自分自身に触れて自分を収納した。
ポンッ
軽い音共に、倉庫の中から何も誰も居なくなった。
■■
時空魔術師のメイが自分自身を収納して、ほとんど間を置かず、倉庫の中に炎が流れ込み、柱がきしみ崩れていく。
ドゴォ!
岩が崩れ落ち、この砦を設計した目的通り、岩が敵側になだれ落ちていく。
もっとも、敵側も事前に予測していたのだろう、砦に火が放たれた時点で、大きく後退していた。
メイと同じ輸送部隊の兵士、また砦に駐屯していた兵士たちも、撤収しながら崩れていく砦を見ていた。
上官と呼ばれた人物も、その様子を無言で見つめる。
この砦は、あくまでも相手の足止めを目的とした仮設の砦で、『雨の年』が始まるときには、雨によって道が川になり、崩れてしまうのも想定して作られている。
だから、戦略上、焼落としても全く問題ない。
戦略上ほとんど意味がなく、敵側との交戦も形だけのもので、今回の砦を崩すのも、双方共に想定内の出来事ではあった。
死者なんて出ないはずの形だけの前線で死者1名を出してしまったことに、だれもが居たたまれない気持ちを持っていた。
倉庫の鍵をつい掛けてしまったというミスで、1名をまだ若い、貴重な魔術師を死なせてしまったのは、重大な過失だ。
撤収する足取りは、重いように感じていた。
空は澱み、今にも雨が降り出しそうであった。
この年の記録に、時空魔術師1名の死亡が記録された。
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