第13話 スローライフ
少し早歩き帰路についた青葉、だが。
途中で進路を変えて、駅に方向に向かう。
紅葉に今戻ると連絡を入れたら、集合場所変更の連絡がきたのだ。家に1度戻るよりも直接向かった方が早いからと。
そして着いた駅。一瞬で待ち人を見つける。
というか、見つけられた。
「青葉ー!」
手を振って声を上げる紅葉。駅の中だからといって、流石に堂々とし過ぎでは。
早足でかけよって、紅葉に近づく。
「遅れてすみません」
「全然?さ、行こ!」
「ちょ、テンション高くない?」
手を取られ、引っ張られながらそう言う。さっきの手振りもそうだし、声も跳ねているよう感じる。
「だって楽しみだったんだもん!いいでしょ別に」
「ま、僕もだけどさ、走るのはちょっと」
体力にはあまり自信のない青葉。運動センスはそこそこながら、体力は通常の文芸男子だ。
でも、そのテンションは止まってくれないらしく、そのまま引っ張られて、連行されることになった。
そして急ぎ足で行くこと数分。
馬鹿うるさいゲームセンターに到着した。
「久しぶりだぁ!」
「ここ大きいね」
「まあ大きな駅のそばだからね!」
大きめな声で教えてくれる紅葉。意識して声出さないと伝わらない、ゲームセンター特有の騒がしさだ。
紅葉がゲームセンターに。見た目はともかく、なんの違和感もない。
紅葉は漫画家だ。なら、オタクでないわけがない。
それは漫画家の皆さんに対して失礼な物言いだけど。
普通のオタクくらいにはゲームもするし、作品を摂取する紅葉。今回の目的の大半は音ゲーにあった。
「音ゲー音ゲー、どうよっかなー」
上機嫌な様子で音ゲーを選んでいる。
〆切に追われていて、遊ぶ時間がなかったんだ。音ゲーもゲーセンも久しぶりだって言ってたし、今日はとことん付き合うつもりだ。
「よし、これにしよう!」
選ばれたのは、頭上から地面までの大きな液晶のゲーム。
「これは?」
「音ゲーだよ?」
それは分かってるんだけど。
騒音もあって、叫ばないと言葉が届かない。仕方ないので、流れている映像を見て理解する。
どうやら、大画面でやるタップゲームだ。キャラが大きく動いていて、なんとも体力を使いそうなゲームだ。
「やるならこっちじゃない?」
既に体力を消耗している青葉。初っ端から付き合いたくなくなった青葉は、その隣の大きい装置を提案する。
有名な音ゲーで、よく分からないけどダンスをするやつだ。
「それは無理!体力も、技術も!」
「だよねー」
紅葉のダンス見てみたかったけどな。
「ほら、やろ!青葉!」
「はいはい」
お互いに百円入れてゲームは始まった。
紅葉は知らないけど、青葉はやったことのないゲームだ。そもそも音ゲー自体スマホゲームでしかやらない。
画面タップの代物も初だ。レーン系のしかやった事ない青葉でもできるのか、正直心配だ。
その心配を他所に進行していくゲーム画面を見て、難易度選択もあるし、なるようになるかと、腹を括った。
「・・・・・・・ふぅ」
少し違和感の残る耳のまま、ベンチでジュースをがぶ飲みする。
喧騒は少し遠く。離れて今は休憩中だ。
「いやーやったねー」
「消費カロリーえげつないですよ」
「必死だったねぇ」
誰のせいだか。
難しくはあったが、できないほどじゃないゲームだったけど、紅葉が難易度制限してくるせいで、かなり必死にやる羽目に。
でも真新しいゲームだったな。
「あれ新しいやつですか?」
「多分そうだよ?その割には青葉できてたね!」
「紅葉さんには負けますけど」
もちろん、音ゲーマーに音ゲーで勝てるだなんて思っていないけど。
「はぁーあ、音ゲーできて満足した!」
「いつものやつは?やんなくていいの?」
確かいつもやってる音ゲーもあるはずだ。そっちに関しては、青葉じゃ手も足も出ないけど。
「混んでるし、また今度でいいよ」
「ああ。ま、そうですか」
今は学校終わりの時間帯だから、青葉みたいな高校終わりの人が多い。時間が経てば空いてくるかもしれないけど、遅い時間だと青葉が追い出されてしまう。
以前行っていたけど、待たれるのはあまり好きじゃないらしいし。
「さて!次はクレーン行こ!クレーン」
「紅葉さんあんまりやらないじゃん。ちょ、引っ張るのはやめて」
仕方がないので、身体動かし系の音ゲーの消耗を残したまま、紅葉の後について行く。
クレーンゲームは紅葉も青葉も全然やらない。取れないし、やらないからあまり上手くないし、そもそも普通に買った方が安いから。
周りはするけど、実際にプレイすることは少ない。
でも、なんだか今日は手出す気がする。そして手出す紅葉。
「これ欲しい、これやろう!」
「即答だね、紅葉さん。まあやるかもとは思ってたけど」
「ここの限定だって!」
立ち止まったのはゲームキャラのアクリルキーホルダー。確かに限定品らしい。売り切れているキャラもちらほらと。
「よーし、手先器用な私に任せなさい!」
「あ、これ駄目なやつだ」
「それは口に出さなくていいから!」
「はーい」
わざわざ心の声を口に出したのだが、釘刺されてしまう。
だが、その警告は正しかったようで、3回やって、成果ほぼなし。輪っかが着いているやつだが、輪っかに入って少し持ち上がった後、そのまま定位置に戻るを3回見ることになった。
「むぅ、むずい!青葉ぁ」
「僕もあんま上手くないんだけど」
「お願い!」
「分かりましたよ」
「これで!」
青葉がお金を出す前に、紅葉が投入してしまった。
500円も。
「・・・・・・・800円かかったらほぼ定価だね」
「限定品だしギリ定価前だよ!ほら、お願い!」
「見られてるとやりにくいんだけど」
そう言いながらも、1つ目のボタンに手をかける。
そもそも狙ってるキャラが取りにくいって話だと思う。遠いし位置も悪い。
でも、6プレイできるのなら、問題ないかも。
3度の失敗を見て、このアーム自体は弱くなく、普通に持ち上がりはすること、輪っかの材質とアームの材質が双方硬く、滑るため途中で抜けてしまうことがわかった。
動きはするのなら。地味な定石で、行けるはず。
・・・・・・・と。
「おお‼やったー‼」
「どうにかってことで」
少しづつずらして落とし穴に近づける。地道で確実、お金をかける覚悟さえすればまあ行ける戦法で、見事5回で落として見せた。
取り出し口から出して、紅葉に渡す。
「あっがとー!さすが青葉!天才っ‼」
「何よりだよ、良かったー」
自分に託されるプレッシャーで、緊張が解けた途端、妙に疲れがくる。紅葉の喜ぶ笑顔が眩しい。
ジュースに1度口をつける。その最中、紅葉が揺らしてくる。
「ちょ、紅葉さん」
「まだ1回残ってるよ」
「テキトーにやってくださいよ」
そうテキトーにあしらって、もう少し飲み物を飲む。ペットボトルを飲み干そうとしたとき、いきなりの紅葉の興奮に肩が跳ねてしまう。零れては、ないな。
「わぁー‼」
「な、なに?」
「と、取れた!」
「紅葉さん・・・・・・・こういうときほんと強いですよね」
紅葉の幸運度には恐れ入る。取れやすい位置のものとはいえ、1度でとるのは難しいはず。流石というか、なんというか。
「はい、青葉にあげる!」
渡されたのは青い男キャラ。
「こいつはどんななんです?」
知らないので、見た目確認しながら聞く。
「セリフのおもろいネタキャラ」
「逆に当たりじゃないですか」
半ば冗談だ。でもま、作品自体を知らない青葉はこいつをどう扱えばいいのか。
そういえば。紅葉が欲しがっていたのは女性キャラだったな。
「紅葉さんはそれお気に入りですか?」
「そだよ!めっちゃ可愛いの‼声優さんも好きだし、キャラもすごくいいキャラで!いやでもまだ始めて1回もピックアップきてないから持ってないんだけどねー、きたら絶対引く‼」
ピックアップ周期遅いな。
「青葉はこういうゲームやらないよね」
「まあやり込み必須ゲーは時間取られるから。ハマらないっていうより、ハマりたくないってのが大きいかな」
「嫌いじゃないならやろーよ!スマホで!」
「それも悪くないな」
「ほんとに⁉」
「気が向いたら、ね」
「絶対やらないやつじゃん!」
今更やってもなーって思う。対戦ゲームじゃないから自分のペースでできるゲームだけど、それでも。
ふと、青葉にネタキャラ認定された手元のキャラを見て思う。
「紅葉さん男キャラに興味はないんですか?」
「そんなことないよ?声優が好きとか、攻撃モーションがかっこいいとかはある。まあでも女の子の可愛さには勝てないね!」
「そんな、もんですか」
「うんうん!そんなもんそんなもん!」
上機嫌な紅葉の隣で、少し頭を回す青葉。
かっこいい男キャラより、可愛い女の子キャラが好きな紅葉。
それはつまり・・・・・・・紅葉って、そっちのタイプ、なのか。確かにやたら百合漫画持ってる気がするし、好きなキャラも声優も、女性の方がよく聞くし。
・・・・・・・軽く、絶望なんだが。
「あ、青葉、ちょっとコンビニ寄っていい?」
「あ、はい」
「?うん」
無視はできない運命的絶望、絶対的絶望、天文学的絶望。全部違うか。
でも気分はそうだ。目の前に隕石が迫るよりは絶望的かもしれない。
でも、諦めはしない。その程度の事実で、折れる心じゃない。絶対に振り向かせたい人だ。
だけど。そんなどうしようもない人格的差異で断られたら、もう何も言えなくなる。
一気に急上昇したハードルに、肩を落とさずにはいられなかった。
そしてその絶望は、もちろん紅葉にも。
「青葉?どうしたの」
「いえ何も」
気づかれたことに気づいて、速攻で立て直す。今それは関係のないことで、現状を妨げるものじゃない。考えなくていい。
けど、不自然なまでに一瞬で舞い降りた青葉の絶望に、違和感を感じざるを得ない紅葉。
「そんなことないでしょ!どうしたの青葉ぁー、この短時間に何があった‼」
「いえ何も」
「絶対におかしかったよ!なんかあったでしょ?だって落ち込んでるように見えたもん‼」
「いえ、何も」
「今少し間があったもん!」
ここで紅葉に聞くわけにはいかない。そんなのほぼ告白してるに等しい。匂わせどころではない。
気持ちを伝えるのは成長してから。追いつけなくても、目に届く位置に行ってから。そこは変わらない。変えられない。
「もしかして・・・・・・・こっちがよかった、とか」
「いえそれはないです全く全然いらないです」
「早い早いよ」
悩みながらさっき取ったストラップを差し出してきた紅葉。そこまで考えてくれて嬉しいのだが、それは本当にいらない。
「じゃあなんなのさー」
「・・・・・・・なんでもないですって」
なんでもない。その言葉に嘘はない。
結局することは変わらないのだから。
・・・・・・・でも。
「でも・・・・・・・帰ったら百合漫画貸してください」
「なんで⁉」
「紅葉さんの好きなもの共有して欲しいって思っただけです」
「この流れだったら普通一緒にゲームやろうってなるよね?」
困惑気味の紅葉だけど、その困惑には答えないまま足を進める。
いざというときのために、予習しておく。これは一か八かの運ゲーじゃない。成功率を上げる布石は打っておかないと。
ゲームセンターをあとにした青葉と紅葉はコンビニによって、夕食を食べに行く。途中に今友人と遊んでいる柚華とも合流する予定だ。
少し歩いて、コンビニにつく。駅近だし、コンビニなんていくらでもある。
「で、何買うんですか」
「栄養ドリンク」
「今日描くんですね」
「気分いいからねー」
本当に気分良さそうにそういう紅葉。青葉だって、最高の気分だ。紅葉と一緒にお出かけなんて、最高以外の何物でもない。久しぶりだし。
2本の栄養ドリンクを持った紅葉がレジに向かう。その後ろをついて行く。
「あれ?大きいのしかないや」
それとなく覗くと、紅葉の財布には1万円が2枚、極端に大きいものしかない。
「じゃあこれで」
「あ、ごめん青葉」
青葉のICカードで会計を済まそうとして。
手が止まる。
ICカードを見て、ふと思い出す。必死すぎて頭の隅にあったこと。
・・・・・・・大切な、約束が。
「青葉?」
「あ、はい」
一瞬遅れて、ICカードで会計を済まし、店を出る。
そのタイミングで、時間は大丈夫そうだと確認する。
「紅葉さん」
「ん?」
「1本電話したいんだけど、待っててくれない?」
「ん?分かった」
少し疑問を浮かべた紅葉を置いて、その場を少し離れる。
思い立ったらすぐに行動するべきだ。
あまり使わないスマホで、あまり連絡していない人に、少し悩んで、通話を選ぶ。
今は部活かもしれない。学校終わりの放課後の時間で、出ないだろうとも思っていたのだが。
あっさりとコール音はやむ。
『もしもし』
「・・・・・・・」
『もしもし?掛けといて無言かよ』
「すまん、出ると思わんかったから」
『じゃあなんで掛けてきたんだよ』
電話越しに笑い声が聞こえて、少し安心する。変わっていないな、と。
『で、どうしたん?』
「いや、話したい話があってさ」
『話したいこと?なんだよ』
「だからさ・・・・・・・飲みに行かね?」
そのテキトーな会話がなんか懐かしくて、少しだけ感慨深い。
『飲み⁉お前まさか、ぐれたのか?』
「酒は飲まねえよ。つうか、お前は心配される側だろ」
チャラかったのはお前の方だと、ついつい電話なのに呆れ顔をしてしまう。
『いやいや、青葉はぐれる理由全然あるからな』
「お前、それを会話に持ち出せるのがすごい。まあいいけど」
『気にされないほうがいいんだろ』
「そうだな」
気にされないほうが楽だった。気にするなというほうが無理があることは分かってるけど、それでもそうしてほしかった。
無神経なこいつだけが、気にせず話していたことを思い出して。やっぱ変わってないなと思う。
まあまだ卒業してからあまり経ってないし、当然と言えばそうだが。
『俺今京都なんだが』
「分かってるよ。僕がそっち行くから、時間つくれるか?」
『つくれるけどさ。そこまでして、何を会って話すんだよ』
「何をって」
少し警戒しているように聞こえる声。まあ確かに、わざわざ新幹線に乗って話したいことがあるだなんて言われたら、そりゃ警戒する。
何を話すか、か。そう聞かれて、内心笑う青葉。
だってきっとそれは・・・・・・・。
「馬鹿なことだよ」
『は?』
「約束だからな。話すことは会って話すよ。ダメか?」
『約束?・・・・・・・まあいいか』
何も答えていないのに、了承してくれる。やっぱ、変わってない。馬鹿なところは。
約束したこと。全部終わったら話せと言われた。関係浅いのに、信じて助けてくれた。
だったら、約束は守らないと、谷川。
『でも新幹線代高いぞ?』
「大丈夫大丈夫。あと観光がてら行くから、泊りはしない」
『了解、じゃ、日程決まったら連絡くれ。空けとく』
「ああ、じゃあ、またな」
『おう!』
その一言で、電話を切った。
全く変わっていない、もしくはあの夢で出会ったころから変わっていないのではと思う。谷川はスポーツ推薦で京都の高校に進んだから、受験の勉強もしていないし、変わっていないのではなく、成長していないようだ。
これから近い間に合って、この話をして、どんな反応をするのか、今から楽しみになるな。
スマホをしまって、紅葉の待つところへと戻る。すぐ後ろにいるはずだ。
目線を向けると、いつの間にか柚華もいた。ちょうどいい。
「すみません戻りました」
「青葉。ちょうど柚華ちゃんきたよ。何の話だったの?」
「お兄ちゃんが電話は珍しいね」
「その前に、紅葉さん」
一から説明すると時間がかかるので、話を飛ばすことにする。
紅葉にお願いしなければならないことがあるから。いや、今できた。
「京都に行こう」
「は、なんで?」
「京都の取材に行こう」
「また脈絡ないね、青葉のやつ京都とか出てこないでしょ」
確かに、今日の青葉は脈絡とかガン無視で話していて、らしくないかも。
でも、別にいいと思う。脈絡とか気にしてたらながったるい会話続いちゃうし。紅葉とならそれでもいいんだけど、言いたいことを言えばいいと思う。
取材と銘打ったが、もっと簡単に。
「行きたくないの?京都」
「・・・・・・・なるほどね」
勘づいた、というより真面目じゃない青葉に気づいた様子の紅葉。そう、青葉は最初から真面目に話していない。
「なんでいきなり京都なの?お兄ちゃん」
「言ったろ、取材だって」
「取材なんて言ったことないじゃん」
それはそうだ。だって青葉が書いているのはファンタジー小説で、日本や外国は出てこないから。
それを分かっているから、紅葉は疑問を持ったはずだ。
「そうだったね。私京都の取材必要だった」
「紅葉さん」
意図を組んで紅葉が笑う。
「休みの日みんなで行こ?柚華ちゃん」
「もちろん行きたいです!」
「じゃあ決定!日程はー・・・・・・・」
「ゴールデンウィークですかね」
目で促されたので、無難な日程で提案する。青葉から提案したから確認してくれたのだろうけど、特定の日に行きたいとかはない。
京都。去年の六月に行ったきりだ。学校の修学旅行では言ったが、今回もすごく楽しそうで、これからそれも楽しみになった。
未来に楽しみを持つ余裕がある。それがどれほど幸福なのか、他ならぬ青葉が一番知っている。
・・・・・・・一度、未来が見えなくなった青葉が一番、知っている。
不幸を知った青葉だから、常々思う。
自分は、幸福だと。
「・・・・・・・お兄ちゃん。少し表情明るくなったね」
「そうか?」
「やーっぱ笑顔が一番だよねー」
「笑顔はまだ難しそうだけどね!」
「うるさいなぁ、早く行くよ」
二人を置いて歩き出す。これから食事に行くのだし、のんびりしてたら混んでしまう。
まあでも、実際急いではいない。ただ、そう指摘されて少し気恥しかっただけだ。青葉自身が変わったということに。
混んでも別に構わない。いくらでも待っていられるから。
退屈なんてしない。したくても、させてくれないから。
だから僕は、この先の未来を、ゆっくりと待っていける。何があっても、歩んでいける。
・・・・・・・と。小説家らしく、そんなフレーズを考えながら、薄暗い夕暮れの中、前を向いて足を進めた。
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