第10話 暖かくて、安心できて、大切な彼女
夕食後。
青葉はすぐ歯磨きを終わらせ、ベッドに入った。
眠くはない。夕方まで寝ていて、眠気の方は全くない。だから、こんな早くにベッドに潜った。目を瞑っていれば、そのうち眠れると思ったから。
でも、全然眠れない。
考えてみればそうだ。不安が心に居残る中、それを無視して眠るなんて無理な話だ。
上半身を持ち上げる。闇夜に慣れた目を見開いて、その後に目をこする。
「・・・・・・・参ったな」
不安なのはそうだけど、それだけじゃない。きっと、眠ることを拒否している。ずっと眠たくて、寝たくて過ごしていた青葉が、眠りたくないだなんて、皮肉以外の何ものでもない。
理由は分かっている。あそこに、行きたくないから。
解決したい。この現象を終わらせて、普段の日常に戻りたい。
でも、あそこで・・・・・・・・・何も、知りたくない。
でも。逃げることは、できない。
ふと、青葉は思う。
・・・・・・・自分は弱いと。
何か変わるわけじゃない。何を知っても、過去の何かを知るだけで、過去は変えられない。後悔も、きっとしない。もう後悔は済ませたから。
それでも、恐怖で動けなくなっている。
きっとこんなことになったのも、過去を置き去りにしたからだ。向き合うことをやめて、無意識に目を逸らしてしまったからだと思う。
もちろん、大変だったのもあると思う。あの夢から少しの間は日常が一変して、時間と体力の余裕がなくなって、これまで考えもしなかったものを考えて、覚えることもたくさんあって。心の余裕がなかったから、過去を見る余裕もなかった。
それでも、弱い。自分だけじゃ何も成せなかったから。頼ってばっかだったから。
「・・・・・・・あ」
思考がネガティブになっていることを自覚して、一つ、思いついたことがあった。
・・・・・・・頼って、いいんだ。僕は。
力不足なんて、前々から承知していた。自分だけじゃできなかったから、他人を頼って何が悪いのか。
人を頼れることなら、頼っていい。紅葉に頼めることなら、頼んでいいんだ。
「・・・・・・・でもなぁ・・・・・・・・・や、やるかぁ」
力ない独り言を漏らす。
やらないといけない。ここで動かないと、きっと一人になったとき動けないから。
ベッドから降りた青葉は、時間だけ確認して、何も持たずにドアに手をかけた。
時間は九時半。
まだ寝るには早い時間。紅葉も柚華も起きている。
ドアの向こうから、紅葉が先にお風呂に入ったのは分かっている。今は風呂上がりの準備を終えて、部屋にいる頃だと思う。
で、今は柚華が風呂に入っている。
明るいリビングを通って、紅葉の部屋のふすまをノックする。
「ん?青葉?」
「うん。入っていい?」
「いいよー」
許可をとって、襖を開ける。
紅葉の部屋だ。畳の上に机と本棚、よく分からない資料用の小道具とかが色々置かれていて、なお綺麗に整った部屋。
紅葉の色がして、紅葉の匂いがする。安心する、居心地のいい空間。以前の紅葉の家に近い。
「どうしたの?もう寝たと思ってたよ」
「まあ、そのつもり、だったんだけどさ。眠れなくて」
「?眠かったんじゃ、・・・・・・・そっか」
「あのさ、紅葉さん」
顔が熱くなるのを感じる。動かなきゃいけないと思ってどうにか動いたものの、やっぱここで躊躇ってしまう。
でも、ここまで来て引き返せない。紅葉が首を傾げたタイミングで、次の言葉を続けた。
「・・・・・・・一緒にいて欲しい」
「・・・・・・・・・・・・・え、ちょ、え!?」
やっぱ予想通りの反応。最初は何言われたか分からないような反応をして、その後すぐに驚いて目を見開く。
やっぱやめようと思いつつも、踏みとどまって、続ける。
「・・・・・・・だめ、かな」
「いっしょにってっ・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
言葉を途中で止めた紅葉を見つめる。どうやら、何かに気づいてくれたみたいだ。
少し照れた様子で、ベッドまで移動する紅葉。ベッドに腰かけて、隣を二回叩いて、
「・・・・・・・・・・・いいよ」
そう、言ってくれた。
少し照れた紅葉に惹かれてしまうが、どうにかいつも通りに装って、部屋に足を踏み入れる。
「・・・・・・・うん、じゃあ」
遠慮なく、紅葉のすぐ隣に座る。
「どしたの?青葉」
「うん、ちょっと、眠れなくて」
「そっか」
当然の質問が飛んで切るが、今の青葉はこれしか言えない。何も言ってないから、紅葉を余計不安にさせる。
でも。・・・・・・・少しだけ、本心が出てしまった。
「・・・・・・・怖、くて」
「・・・・・・・そっか」
「ごめん、紅葉さんに言ってなくて。不安にさせたくなくて」
「ううん、大丈夫。知ってたし」
結局は、不安にさせるだの、迷惑になるだの、考える必要もなかったってことか。紅葉なら、自分の些細な変化にも気づいてくれるってことくらい、青葉も分かっていたはずなのに。
でも、そのことを再度自覚して、よりいっそう安心できる。
「・・・・・・・終わったら、話すから」
「うん、待ってる」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
二人の間に、心地よい沈黙が流れる。時計の針の音もなく、ただ部屋の外の音だけが、二人の耳に届く。
物音も経てずに、二人並んで座っているだけ。鼻をくすぐられる匂いと、隣から感じられる紅葉の体温で、退屈なんて感じない。この時間が永遠に続いて欲しいと思ってしまう。
ただ、それも青葉の逃げ、だ。
折を見て、紅葉が口を開いてくれる。
「・・・・・・・眠く、ならない?」
「・・・・・・・うん、邪魔してごめん」
「邪魔じゃないよ、邪魔じゃない。頼ってくれて嬉しいし・・・・・・・一緒にって言われたときは、驚いた、けどね」
そう言ってくれるのが、どんなに心強いか。いつだって力になってくれて、なんだって解決してくれて。
・・・・・・・それに甘えてきたのは僕だ。
青葉が尻込みしている理由。それは、夢の中では誰も頼れない。だから怖い。
でも、もう大丈夫だと思う。怖いのは変わらなくても、進める。
震えはもう、止まっている。
「・・・・・・・紅葉さんといると、安心する」
温かさを求めるように、紅葉に近づく。肩をくっつけてもたれかかる。
「あ、青葉、今日はやけにせ、積極的だね。もしかして・・・・・・・私にほ、ほれちゃったー、とか?」
「・・・・・・・うん、もうそろそろ寝るよ」
「へ!?・・・・・・・あ、そ、そっち、ね。そっか」
紅葉の言っていることをスルーして、自分の心を確認して、その言葉を口にする。何気ない一言。でも、重い一言。
大丈夫。紅葉の熱を貰って、怖さにくじける青葉ではない。
「じゃあ紅葉さん」
ベッドから降りて、紅葉の前に立つ。
「うん・・・・・・・・・」
それだけ言って、青葉の前でベッドに潜りこむ紅葉。その後、掛け布団を広げて、ベッドを二回タップ。
「・・・・・・・はい、どうぞ」
「ん?」
「へ?」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
二人して疑問の声を上げた後、沈黙が流れる。この姿勢はどう見ても。
「・・・・・・も、もしかして、」
「ううん、じゃあ失礼します」
顔を赤くして目を回しかけてた紅葉のよそに、ベッドに近づく。
正直言うと青葉は、少し一緒に過ごして、勇気もらって、自室に戻って寝ようと思っていた。でも、言葉足らずで、紅葉はそう解釈したようだ。
でも、その誤解は嬉しい誤解だ。この機会が訪れて、みすみす逃すはない。
ベッドに上がって、紅葉に向かい合うように、布団に入る。
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・青葉?姿勢大丈夫?」
「う、うん、大丈夫大丈夫」
やばい、体温が上がる目が回る。流石に紅葉と同衾は平静じゃいられない。空気が全部紅葉の香りだ。
顔が火照るし、緊張が。安心する匂い、だけどこれは、逆に寝れるか?
「まくらいる?」
「っ!な、くて大丈夫」
「そっか」
紅葉の一声で、少し頭が冷えた。いつも通りの紅葉の声。照れているのだろうに、いつも通りを装ってくれている。
紅葉はきっと、青葉を案じてくれたから、ベッドに入れてくれたのだろう。その気遣いに触れて、他のことを考えてる自分が恥ずかしくなった。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
静寂。それの中に。
「紅葉さーん、もう寝ますかー?」
「っ!!」
それを割る元気な声が響いた。
「え!?あ、うんー!仕事するから、リビング消してもらえるかなー!」
「はーい、じゃあおやすみなさーい」
お風呂に出て確認しに来たらしい柚華は、それだけ言ってすぐに自室に戻っていった。
「おやすみー・・・・・・・・・青葉、大丈夫?」
「・・・・・・・だ、大丈夫」
「流石に、柚華ちゃんに見られたら気まずいし、恥ずかしいよねー」
「う、うん。ごめん、考えてなくて」
部屋に二人でいるところを見られたらって、考えなかったわけじゃないけど、部屋に戻る予定だったから大丈夫だと思った。
でも、嬉しい想定外でいきなり一緒に寝ることになったから、考えが抜けてた。こんなとこを柚華に見られたら、兄としての立場が危うくなってしまう。
少し気になるが、それを紅葉が見抜いたようで、
「大丈夫だから、気にしないで寝ていいよ」
そう言ってくれた。
「・・・・・・・うん」
襖を開けられてしまえば、もう隠しようがない状況だけど、紅葉が言うと不思議と大丈夫な気がしてくる。
言われた通り気にせずに、紅葉の方に顔を近づけて、軽く背を丸める。これが一番落ち着くし、寝やすい姿勢だ。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・っ!」
静かな空気、温かい布団、落ち着く匂い。
なのに、手先だけが冷たい。薄く震えて、意識せずにはいられない。
何が足りない。紅葉にここまでやってもらって、あと何をもらえばいい。
「・・・・・・・!」
それに気づいた紅葉が、青葉の手を握ってくれた。微妙にしか震えてない手を、しっかりと、握ってくれた。
・・・・・・・・・紅葉は、本当に・・・・・・・。
握ってくれた紅葉の一回り小さな手を、もう片方の手で包み込んだ。それだけで、もう何もかもが吹っ飛んでいった。
「おやすみ、青葉」
その声を聞いて、意識はまどろみの中に落ちていく。
眠くなかったのに、あっけなく。眠りに落ちていくのを自覚する。
ここから先は、自分だけの力で進まないといけない。不安はない。ここまで紅葉にしてもらって、怖さはあるけど怖気づいたりなんかしない。
何もかもを解決して、不思議な体験談として紅葉に聞かせてみせる。そう決意して、すぐに復帰するであろう眠りに入る。
そして。意識の糸は、プツリと切れてしまった。
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