第8話 中に隠れていた糸口
翌日。花の金曜日。いや、追い討ちの金曜日と言うべきか。
例によって青葉は眠れず、いや正確には眠気が取れず、朝食も取らずに即登校、部活に勤しむ生徒どころか、部活に人生を燃やす生徒ほどの早さで学校に到着し、小1時間ほど爆睡して。
授業も概ね予想通り。たった1時間で身体が満足するわけもなく、死んだ目で授業を受けて、ぼろぼろ状態。先生に怒られて、妙に多く指され、瀬戸に助けてもらって。
予想外だったのが、昼休み。
「最近なんかあった?先生方からすっごい苦情きてるんだけど、高峰くん」
担任の先生に呼び出しをくらった。
「す、すみません。眠くて」
「夜眠れてないの?」
「まあはい」
まだ生徒指導の先生じゃないから良かったけど、まさか生徒指導室のお世話になる日が来るとは、青葉も予想外だった。
「何か考え事?悩みがあるなら、先生に言って?」
「まあ・・・・・・・はい」
この時間でさえ眠い。むしろ一番眠い。
悩みはもう叫びたいほどキッついのがあるけど、先生には正直言いたくない。頼りにならないと思うから。
別に先生を非難してるわけじゃない。先生はその長い経験で生徒と接するわけだから、青葉の話を聞いても困惑してしまう。
青葉の話は、現実味に帯びていないから。
「言いづらいなら、友達に話してもいいのよ?友人関係は大丈夫?」
「大丈夫です問題はないです」
心配されるならそこか。青葉は近くの席の瀬戸としか話してないから、先生もそれは分かってるだろう。
はっきり答えたけど、逆に心配にさせる言い方をしてしまったような。
しばらく話して、でも昼食もまだだから早めに解放してもらえた。戻ると、いつもは友達と食事してるのに、瀬戸が席で待っててくれた。
青葉のパンまで購買で買ってきてくれて、頭が上がらない。
「峰くんおかえり」
「瀬戸、待っててくれたんだ」
「うん、はいこれ財布。本当に大丈夫?」
「うん、まあ。渡辺先生だったし」
「そうじゃなくて!体調だよ体調!なんで三日連続フラフラなの!」
瀬戸の言うことはごもっともだ。紅葉みたく〆切にでも追われてないとそんなバカはやらかさない。
だが、実際は寝てはいるのだ。眠気が取れないとかいう言葉通りの異常事態がなければ、青葉だって元気いっぱいなんだが。
「・・・・・・・迷惑かけてすまん」
「べ、別にそれはいいの!私は、峰くんが心配なんだよ」
「そろそろ、大丈夫だから」
願望に近いが、願ってるだけじゃない。
このままこの状況が続けば死んでしまう。体力的にももうきつくなってきているのだから。
だから願ってばっかじゃダメだ。明日には治ってるってお願いしたって、きっと何も変わってくれない。
だから変えに行く。そのためのヒントを探している最中なのだ。
だから、大丈夫だ。
「峰くんは、大丈夫じゃないよ。大丈夫な顔してない!」
「そりゃな、だって眠いから。でもきっと、すぐどうにかなる。だから心配いらない」
「・・・・・・・心配いらなくても、しちゃうよ、心配」
「少なくとも、休日は眠れるからな」
だから危機感はあっても、焦燥感はない。寝ても眠気が取れないなら、また寝ればいい。明日、明後日はそれが出来る。
「・・・・・・・次そんな顔したら怒るからね」
「なんで怒られなきゃ行けないんだよ」
「心配させる峰くんが悪い」
色々迷惑かけたし、怒られるのも仕方のないことだと思う。先生ならまだしも、同級生にはさすがに怒られたくないな。
なおさらどうにかしないといけなくなったな。
「ま、きっと大丈夫だ」
「・・・・・・・頼むからね」
その約束を交わして、瀬戸は友達の元に行った。
瀬戸の持ってきたパンをかじって、自販機で買ってきたエナジードリンクを喉に放り込む。
放課後までには、眠気を少しでもマシにしておかないと。頭を回すために。
残りの長い二限を過ごし。
ようやく放課後がやってくる。
いつもならすぐに教室から出て、帰路につくのだが、今日はやることがある。
のだが。
「・・・・・・・眠い」
相変わらず眠気が凄くて、椅子に根を張っていた。
六限に体育があったからだ。眠気を伴った体育はさながら地獄だ。ふらついてボールを追って、チーム戦でまともな戦力にもならず、立っているだけで体力を持って行かれる。今の青葉には苦でしかなかった。
眠りたいところだが、百瀬を待たせるわけにもいかない。そう思って机に顔を乗っけたまま周囲を見渡すと、もう百瀬はいない。既に部室に行っているのか。
待たせるわけにはいかない。ここで寝れば、小一時間は起きれない。立たないと。
・・・・・・・立てない。
「瀬戸、すまんが両手・・・・・・・」
「ん?なんか言った?」
「・・・・・・・いや、だい、じょうぶ。なにも」
重い体を無理やり起こして、机から解放される。
昨日の百瀬の話を思い出して、やめておいた。気にすることでもないけど、思い出したら気にしてしまう。
でも、考え過ぎても避けられてると瀬戸に感じられても困るので、今度からは特に気にせず接するべきか。
いや、今回のような手助けが必要なことはもうないだろうし、むしろ考えるまでもない事か。
そう思考迷走していると、また座りたくなる。無駄な考えはさっさと切り上げて、廊下に出る。
行くのは教務棟三階。三回は愚か、教務棟にすらあまり足を運ばない。
この学校は教務棟、クラス棟の二つが連絡通路で繋がれており、教務棟は職員室のほか、生徒指導室、進路指導室、他もろもろの教科教室がある。ほとんどが二年生になって使うものなので、部活も入っていない一年生にはあまり縁がない。進路指導室にはお世話になってしまったが。
連絡通路を渡り、生物室の前を通って三回へ。曲がって突き当りの部屋と言っていた。
「・・・・・・・ここか」
国語科のさらに奥に、文芸部の文字。ここらしい。
「百瀬さん、いるか?」
一応ノックする。教室にいなかったから、ここにいるはずなんだけど、一応。
「・・・・・・・・・」
いるはず、だったんだが、返事がない。
入るかどうしようかと考えて、手をかけたタイミングで、肩に手を置かれた。
「高峰」
「も、もせさん」
後ろを向いて、手の主を確認する。少しビクッとして恥ずかしい。
「早いね、来るの。どうぞ」
「じゃ、失礼して」
百瀬の後を追って、部屋に入る。
中はさっぱりとした個室だった。真ん中に机、右側に本棚、左にロッカーで、椅子が五個。窓にカーテンがあって、右側だけ閉じられている。
「どうぞ」
室内を観察している青葉に、百瀬が席を引いて促す。
「せんきゅ」
「で、相談って?」
ロッカーの方で背を向けて作業しながら、聞いてくる。なら、構わず話すことにしよう。顔を見ないほうが話しやすい。
「眠気が取れないんだ」
「だから悪夢をどうにかしろと?」
「いや、夢は見るけど眠れはする」
「・・・・・・・というと?」
横目でこっちを確認してくる。その目を見ながら、真剣に言う。
「朝に起きても、眠気が覚めないって話だ」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・いや、信じられないのは分かるが、言葉通りなんだよ」
相談して、こういう反応になるのは承知していた。ほぼほぼ関係のない百瀬に、だ。普通なら、笑い飛ばされ相手にすらされないと思う。
だけど、それはないと何となく思っていたし、実際ないらしい。
少し手を顎に当てて考えた後、作業を再開して話し始める百瀬。
「・・・・・・・まとめると、夜しっかり眠れている、けど起きても寝てないみたいに、眠いままである、ってこと?」
「ああ」
「寝つきは?」
「バッチリだ」
眠いのに寝つきが悪いわけがない。
「・・・・・・・ふうん。はい」
「あ、どうも」
温かいものを入れてくれた。この匂いは。
「紅茶、か」
「苦手だった?コーヒーもあるけど」
「いや、飲む機会ないなと思っただけ。いただきます」
紅茶なんてペットボトル以外のもの飲んだことあっただろうか。
「ん、美味しい」
「で、高峰はその現象をどうにかして欲しくて、相談してきたと」
「そうだな。正直僕じゃもうお手上げだから。頭も回らないし」
「今も辛そうだね」
「まあな。体育あったし」
もうここで眠りたい。座ると辛いけど、温かい飲み物を飲んでいると少し目が覚めるような気がする。飲み終わった後落ち着いて、眠気がどっと来ると思うけど。
「解決したいのなら、原因を探せばいい」
「原因が分からないから困ってるんだけど」
「現象が起き始めたのが最近なら、変化が原因の手がかりだよ。心当たりは?」
「変化・・・・・・・」
なるほど、確かに。原因を考える時点で、そういう思考に行かなかった。考えつきそうなものなのに、眠気と意味不明すぎる状況で、自覚なしに混乱していたか。思考が深くまで沈まなかった。
「大きく変わったのは生活環境だな」
「高校生になったから?」
「そのタイミングで引っ越ししたんだよ。だから生活環境がガラッと変化した」
「引っ越しね。大変なスケジュールだね」
「まあ、事情があって」
大変だったのは確かだけど、荷解きはあまり苦じゃなかった。
ただ、それが原因とは思えない。問題もなければ、こういう事態になりそうな、負の感情とかも全くなかったし。
・・・・・・・いや、もっと考えるべきは。
「何故、夢を見るか、か」
「ん?」
そのつぶやきに、百瀬が反応する。そういえば詳しく言っていなかった。
「いや、毎回同じ夢を見るんだ」
「夢、ね」
「過去の夢で、同じところで始まって、同じところで終わる夢」
「なるほど、夢ね」
何か理解した様子で、相槌を打つ百瀬。
「何か分かったか?」
「過去の夢を見るのは、その過去が記憶の表面に浮上してくるからだよ。その過去を意識するきっかけがあったんじゃないの?」
「過去を意識するきっかけ・・・・・・・」
難しいことを言っていたが、要するにどういうタイミングで、あのときのことを思い出すかってことだ。思い出すことはあるけど、あまりしっくりくる答えがない。
思い出す、というと、少し表現が遠い気がする。どれだけ時間が経っても、その記憶が古くならないから。
たまに夢にも出てきていたし、親がいないことを思い知らされるだけで、その日のことが頭をよぎる。長く意識しない記憶じゃないから、忘れることがない。だから、思い出すこともない。
「思い当たらなくても、例えば少しの共通点があるだけで、無意識下で浮上してくるものだよ」
「そういうものか?」
「それに、忘れられない印象的な記憶らしいしね。内容は聞かないよ」
百瀬がそんなことを言ってくる。どうやら、青葉の反応を見て判断されたようだ。
「お気遣いどうも」
「違うよ。聞いたら、私の方が後悔しそうだから。面倒なことはごめんだからね」
「確かにな」
不幸な過去を持つ人間なんて、接するのが面倒くさい地雷人間でしかない。こういうと冷たいけど、青葉からしたらそう思ってくれた方が接しやすい。裏で嫌な顔されても、何となく分かっちゃうから。
「でも、聞かなきゃいけないようなら聞くよ。高峰はその夢の中で何をしたの?」
「・・・・・・・何をって?」
思わず聞き返してしまう。
「何かしたんでしょ?それで何か変化は?」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・どうしたの?」
「何も、してない」
「・・・・・・・は?」
ゆっくり、言葉を紡ぐ。前提で話す百瀬の手前言いずらかった。
だけど、事実をしっかり話す。
「だから、何もしてないって。ただその夢を、毎回同じように体験してるだけ」
「体験してるって、つまり見てるだけじゃないんでしょ?」
「そうだな。自分の身体で、その日のことを体験してる」
終盤の少しは違うけど、話すことでもないか。
「だったら、自分でも既に分かってたんじゃないの」
「何を」
「この事態の解決の仕方だよ。原因は分からなくとも、解決はできる」
「・・・・・・・夢を、変える、か」
百瀬は簡単にそう言い放った。誰でも考えつく解決法だと。
「そのタイミングでその夢を見始めたんなら、それしかないでしょ」
「でもこの夢を見たのは初めてじゃないぞ?昔もちょくちょく見せられてたし」
「毎回見る夢と、決まって眠気が取れない日。無関係とは思えない」
青葉は以前も定期的にその夢を見ていた。全く同じ、体験する夢。以前までは起きたあとちゃんと眠気が取れていた。
だからその可能性を否定しようと思えばできる。夢の中で、以前と今回の違いがないから。
きっと・・・・・・・それが原因なんだ。
「・・・・・・・確かに、そうだが。でも、それよりも、なんで眠気が取れないかってのが、分からないといけないんじゃないか?」
「それが分からなくとも、解決はできる。高峰が言ってるのは、解明するか否かって話」
「・・・・・・・・・」
自分の思わず出た言葉に、青葉は口を噤む。今更、逃げようとしている自分を自覚して、少し動揺する。
「解明したいんだったら他を当たるしかない。少なくとも70億もの人間が、そんなことになった記録はどこを探してもないんだから、一高校生の私は力になれない。研究所にでも行けば大儲けなんじゃない?」
「信じてもらえないだろ」
「だろうね」
動揺を隠して、当たり前のことを話して、何とか動揺を隠す。たとえ解明してくれと頼みに行っても、高校生の、思春期の子どものただの戯言としか見てくれないだろう。
それに、そんなことで今の時間を取られたくない。
話を戻して、先に進める。
「夢を変えれば、何かが変わるかも、しれないってことか」
「夢の内容を知らない私はよく分からないけど、何をすればいいか分からないんだったら、調べるしかない」
「それは・・・・・・・大丈夫だと思う」
分かってる。きっと。そう言えるのに、これまで何も変えてこなかった理由も。
「そ。なら良かった」
「参考になった。ありがとな、百瀬さん」
本当に。青葉は甘えていたのだ。何も変えないで、人に頼ってどうにかしてもらおうとしていた。
でも、ちゃんと言葉で背中を押してもらった。
「百瀬でいいよ。っと、そろそろ限界そうだね」
「だな。流石に、きつい」
眠気の方だ。声も続かなくて、呂律や音程も曖昧になり始めた。紅茶も飲み終わって、もう崩れ落ちそう。
どうにか立とうとすると、百瀬から制止が入る。
「少し寝なよ。しばらくはここで本読むつもりだから」
「・・・・・・・すまん。お言葉に甘えさせて、もらう」
どうしようか考える余裕もなく、机に突っ伏して意識が落ちた。
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