おまけ 瀬戸さんの事情
ある日、私の隣人が死にそうな目でやってきた。いつもはすまし顔で私の隣の席に座っているのに、今日は部活終わりに戻っても姿が見えなかったから心配した。
「ってなにそれ!?」
「・・・・・・・何が」
「頭だよ、頭!ボッサボサじゃん!」
「ああ・・・・・・・寝坊、したから」
どうやら、盛大に夜更かししたらしい。机に突っ伏して、寝坊してなおこの状態だなんて。ほとんど寝てないのではないだろうか。
でも、何はともあれ、あの頭だ。寝癖がそのままで、無視できる範疇は超えている。峰くん意外ときついくせっ毛だった。
ホームルーム終了後、峰くんの背後へ。
「峰くん。大丈夫?具合悪い?」
「・・・・・・・多分、大丈夫」
「そう?でもとりあえず、その頭どうにかしないと。あの・・・・・・・触っていい?」
「んー・・・・・・・」
思い切って、恐る恐る聞いてみたのだが、思ったよりあっさりと許可?してくれた。そういうの嫌いそうだし、怒られるかもと思ったけど、杞憂だった。
「じゃ、失礼して」
一言入れて、またも恐る恐る手を近づける。許可はとっても緊張するものだ。
クシと霧吹きで少し濡らしながら直していく。思ったよりくせっ毛が強い。
手強い寝癖をゆっくり直していき、どうにか短い時間でまともな髪にできた。
「よし!まあ、こんな感じかな!できたよ、峰くん!」
「・・・・・・・何を?」
「何って、髪だよ」
「ああ・・・・・・・そう」
ずっと倒れてた頭を上げて、髪の毛を確認して、何となくの返事をしている。
本当に虚ろそうだけど大丈夫なのだろうか。
「峰くん、大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。眠いだけだし、すぐに覚めるって」
そう言っていたので、まあ大丈夫だと思って、一限の授業を迎えた。
そして終えた。
「峰くん本当に大丈夫!?」
全く大丈夫ではなかった。というか、そんな顔はしていない。練習問題解くときなんて、始まってすぐに爆睡してたし。
少し話したあと、またすぐに寝てしまった。
本当に疲れているのだと思う。面倒くさそうにしているにはたまに見た事あるけど、授業中寝たりなどは見た事がなかった。峰くんはきっと根が真面目なんだ。
だから、授業中に叱られて、少し引きずっているように見えた。
そして。さっきの授業中に寝てても、今もまたぐっすりだ。なんでこんなにって思ったけど、きっとやむ負えない事情があったのだと思う。
小さな鼻息を立てる峰くんを見て、何となく、自分も峰くんと同じ体制になる。目線は峰くんの方へ。
「・・・・・・・貴重だなぁ」
腕の隙間から、こっちに顔を傾ける峰くんの寝顔が見える。無防備で、でも少し辛そうで。普段なら、こんなの絶対人に見せないと思う。
寝ぐせの付いた頭で、窮屈そうで、少し可愛い。
「・・・・・・・写真撮っとこうかな」
机の中のスマホを取り出して、止まる。
「・・・・・・・怒るか」
バレたら確実に。二、三度葛藤して、スマホをポッケにしまった。一枚パシャリしたのち。
次の準備をしようと席を立つ。
「お疲れー、アヤ」
「おつー」
「ノダモモ。遅かったね」
そのタイミングで、親友のノダとモモがやってくる。
「宿題片づけてた。アヤっちもそうじゃないの?」
「あ、忘れてた」
「忘れるの早いな」
「だっていつもは峰くんに教えてもらうから」
目線を眠っている峰くんに向ける。
「ああ高峰、先生に怒られてたな」
「うわぁー爆睡してるー」
「そうだね」
数学の宿題は量が少ないし、授業終了数分前には話は終わってるから、休み時間を少し使えば終わらせられる。いつもは峰くんに教えてもらってたんだけど、峰くんがこの状態だからな、聞くに聞けないし、そもそも意識が向かなかった。
「というか、峰くんって呼んでるの?」
「うん、呼びやすいでしょ?教科書取り行こ」
「峰目立ってるの珍しかったねー」
「ノダ順応早いな」
そんな話をしながら、ロッカーへ教科書と地図帳を取りに行く。席から離れたかった。
峰くんが寝ているのに傍で話すのはよくないし、興味を持たれるのも、寝顔を見られるのも嫌がるだろうから。
峰くんのお世話をしながら授業は過ぎて行き、四限。体育の時間。
男子は外、女子は体育館で球技だ。少しだけ峰くんのことが心配になるけど、三限の終わりには少し元気になっていたので問題ないだろう。ましてや、スポーツ中に寝ることは出来ないだろうし。
向こうはサッカーで、こっちはバレーボール。運動は私の得意分野だ。
「なぜボールを持ってはいけないのか」
「まーたノダが馬鹿な事言ってるよ」
ノダモモの二人の声が、体育館の喧騒の中にある。
「ノダちゃんノダちゃん、それじゃあゲームにならないでしょ」
「違うのだよモモアヤっち。あたしは馬鹿だとかゲームだとかそんな次元の話をしているのではないのだよ」
「わけを聞こうか」
また始まったノダの屁理屈を、暇つぶしがてら聞く姿勢に入るモモ。前の体育のときもこのくだりをやっていたノダ。運動音痴の言い訳である。
ちなみに今はパスの練習。アンダーとオーバーを連続何回出来るかというテストもあるが、真面目にやる生徒は少ない。だから体育館は騒がしい。
時間的にも、ノダの言い訳を聞く時間はある。前回は健康を害する可能性のあることを強制するのは社会的にどうだろうか、という学校への批判だったか。次はどんなものが飛び出すのだろう。
「あたしは、ボールを愛しているのだよ」
「ボールは友達的ってやつ?」
「いやそこまでではないけど」
「好きなもの聞かれて答えるくらい?」
「うーん・・・・・・・あたしの好物最下位、の一つ上くらい」
「全然じゃん」
それは愛しているとは言えないでしょ。
「まあまあ。だからあたしは、この子を投げるなんて耐えられない!」
「「・・・・・・・・・」」
ボールを大事そうに抱えて、そう訴え始めた。モモと私、半眼でノダを見るが、ノダは主張を変える気はなさそうだ。
「だからあたしはボール投げるの禁止な宗教に加入した」
「どこの宗教だよ」
「ノダ教」
「聞くんじゃなかった」
「私も入ろうかなノダ教」
「アヤは悪乗りしない!」
面白うそうって思ったけど、よくよく考えたら私もボール投げれなくなっちゃう。
「そもそも、ボールは人間に使われたいって思ってるよ」
モモの的確な言葉に、だがノダは止まらない。
「それは人間の思い込みだよ」
「思い込み?」
「人間はボールを虐げているという罪の意識から、無意識にそう思い込んでるのだよ、アヤっち」
「虐げているって」
「でも、ボールは使われるために生まれてくるんじゃないの?」
「まだまだだね、アヤ信徒」
「主教?」
確かにそんな感じだ。私まだノダ教に入ったわけじゃないけど。
ノダは大事に抱えたボールをその小さな身で掲げて、宣言するように言った。
「万物は、生まれながらにしての目的などないのだよ!目的は、生まれた後に見つけるものなのだよ!あ、ノダ!」
「おおー」
「いやよく分からん」
私も分からない。けど、何となく哲学的なこと言ってて、ノダが頭良さそうに見える。
「聞いても分からぬとは、モモ信徒はひよっこだね」
「勝手に信徒にされた」
「君たちは、生まれながらにして人生の終点が決められているのは嫌でしょ?」
「確かに嫌かも」
「まあ嫌だな」
人生は自分で決めるもので、決められるものじゃない。そんなの、理不尽だ。
「それを不自由というのだ。こいつにも、自由を与えてやらないとね」
「おおー、凄い主教!」
「すごい、のか?」
まさかこんな深い話が来るとは思わなかった。哲学的で、理知的で、そしてこの慈悲の心。ノダ主教、恐るべし。
でもどうしよう。この言い訳にどう反論するか詰まってしまった。ここはモモに、
「はーい!では今から一分計測しますよー!」
先生の声だ。毎授業一分間計測して、体育ノートに記して提出する決まり。
「さて、今日は何回出来るかな」
「え、主教!?」
最初に動いたのがノダだった。完璧な掌返し。
「ノダちゃんの演説に心奪われて、誰も反論してくれなくなっちゃって、全く」
「ボール解放運動企てなくていいのか?」
「何言っちゃってんの、モモ」
「こいつ」
「ノダ教は?」
「解散しまーす」
「恐らく宗教解散最短記録更新だな」
「ノダいい事言ってると思ったのに」
「次の言い訳に乞うご期待だよ!アヤっち!」
そのピースサインを見て、笑いながら返事を返した。その後すぐにオーバーのテストが始まった。
「・・・・・・・ところで、ノダ、って語尾どう?」
「たまにならよし」
「安直だね」
「っで!」
この安直はその語尾の選び方と、私たちの気をそらして記録を止めようとする行為のダブルミーニングだ。私とモモはキープ、ノダだけボールを頭にぶつけて落としていた。
二人と居ると凄く楽しい。高校生活でもこんな楽しい毎日が遅れるなんて、私は凄い幸せ者だ。
テストが終わって、次は対人パス。私たちは人数の関係上、三人で三角形を作る。
「じゃあ行くよー」
私から始まって、モモにボールが行く。
神木桃。ふんわりショートのスポーツ女子でバレー部の部員だ。当然ながら、この授業の頼りの綱だ。
「ほい」
完璧な軌道で次のノダへ。
野田原恋乃。小さな体に茶髪の長い髪のアンバランス女子。ちなみにノダと呼んで、いや、私たち呼ばせているのは、自分の名前が好きじゃないかららしい。当然ながら、この授業での障害だ。
「ほーい」
「とっと」
明らかに飛距離の足りないボールを前のめりで上手く上げて、どうにかつなげる。私の不安定なボールもモモなら取ってくれる。
だったら回す方向を逆にした方が良かった。今更だけど。
「あのさー、アヤ聞いていい?」
「おお奇遇、あたしもアヤっちに聞きたいことがあった」
「なに?一人ずつにしてよ」
意外と続くパスを回しながら、私にヘイトが向く。二人して何を聞きたいのか。
「「アヤって高峰(峰くん)好きなの?」」
「あっ」
ちょうど私に来たボールが、変に当たって後ろに飛んで行ってしまう。
「やっちゃったー、取ってくるね」
ボールに駆け足で向かう。その最中。
・・・・・・・好き?私が?
いきなり聞かれたその言葉に、頭が火照る。
分からない。分からないし、上手く頭が回らなくて、結論が出ない。
だから、この場をどう切り抜けるか、どう返すのが的確かを考える。
そうしようとした頃には、既にボールを持って輪の中に戻っていた。
「ごめんごめん。じゃあはい」
なんにもなかったかのように、ボールを出す。
「で、どうなの?」
「なのなの?」
まあ話題を変えることは出来ない。女子がコイバナの話をし出したら、どうあがいても逃げられない。
「んー、そういうのはないかなぁ」
正直な感想をこぼす。
「そんなことないでしょ」
「今日凄いお世話してあげてたじゃん、見てたよー」
「具合悪そうだったから」
確かに今日は、凄いお世話したけど。寝ぐせだったり、起こしてあげたり、国語の読む場所を教えてあげたり。
でも、男子の中では一番距離が近いのも確かだ。
「明確に好きじゃなくても、気になってるくらいはあるんじゃない?」
「そうだそうだー、距離感近いぞー」
「気になってる、かぁ・・・・・・・・・んー、やっぱ違うと思う」
少し真剣に考えてみたけど、やっぱりそう思った。恋愛感情をあまり知らない私だけど、その結論になった。
「違う?」
「うん」
「違うの?」
「うん、っと、もうちょいまともに渡してくんない?ノダ」
ノダの酷いボールを捌くのも限度がある。
「何が違うの?アヤっち」
「何がって、全部だよ。恋愛感情じゃないってこと」
「えー、断定しちゃうのはよくないよー」
「そーだそーだ、多分高校生活最速のコイバナ終わらせちゃうの勿体ないって」
珍しく、モモがノダの方についてしまった。これがコイバナを前にした女子の反応。
「峰くんは面白いから。みんなも峰くんの良さが分かれば、きっと好きになるよ」
「面白いってさ、一緒にいると楽しいってことでしょ?それってさ、」
「好きの第一歩じゃん!というか、無自覚系女子じゃん!」
それは本当の無自覚の女子に言ってはいけないやつだけど。
「とりあえず!違うから!もういいでしょこの話は」
言えないものは言えない。無自覚の可能性を考慮しても、自覚しないから。
峰くんは好きだ。面白くて、頼りになって、優しい。でもそれはきっと、男女の好きとは違う。
通常友達に恋愛感情を抱かないように。峰くんもそんな感じだと思う。
「ああ、失敗失敗」
完璧に飛んできたボールを、ノダが落とす。軽く転がったそれを拾い上げて、再開する前に口を開いた。
「・・・・・・・あー、アヤっちアヤっち。いやーね、今日突然用事が入っちゃってさ」
「え?用事?」
「なんとも、このスーパー頼りになるノダちゃんに、相談があるってAクラスの友達に言われちゃってさ」
「相談?」
いきなりなんの話?
「だからー・・・・・・・お昼あたしいないんだよねー」
「そう、なの?」
ノダの不自然な目配りに、嫌な予感がした。
「おーっと失敬、言い忘れてたけど、私も部活のミーティングでいないんだよねー今日昼」
「・・・・・・・じゃあ今日昼、私一人?」
「いやいや、いるじゃん!隣に一緒に食べる友達が!」
「確かに、大体一人だからちょうどいい友達がいるよね」
この目配せだったらしい。私の真意を探るために。
「で、でも、峰くん一人で食べたいのかもしれないし」
「今更逃げなくたって」
「そーだそーだ!この際きっちり確かめちゃおうよ!ほら、なんだかパッとしない反応だったしさ!」
一緒に食事をとるというのは、なんか、やっぱ少し気にしてしまう。周りの目やら、噂やら。そういう関係じゃないと、一対一では・・・・・・・しないだろうし。
でも、なんか・・・・・・・断れる雰囲気じゃないし。そもそも、これやんないとまた疑われてしまうわけで。
「・・・・・・・はぁ。分かりました」
「「やった!」」
というか、半ば強制じゃん。まあ一人で食事は少し寂しいし、いつも通りだ。何にも拒む理由は、なくはないけど、絶対に拒まなきゃいけない理由はない。たかが昼食、なんだし。
「というか、早くボール!」
「はいはーい。あと放課後で話聞かせてね!」
調子のいいノダの声が、変な軌道のボールとともに私に渡ってきた。ノダは後でひっぱたいておこう。
そんなこんなでうまく言いくるめられて、峰くんと昼食を一緒に取ることになってしまった。その結果はまあ・・・・・・・。
「で、どうだったよ峰との昼食は!」
「峰くん私よりも、いや私たちよりも女子力高かったよぉー」
「なんだそりゃ。女子力?」
結果はその一言に尽きた。
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