第3話 〆切

 ダンボールの中身を開けて、仕分けをする。自分の荷物は部屋へ、柚華の取り忘れた荷物は柚華の方へ、紅葉の物は、中身を確認して置くべき所へ、整理していく。

 さすがの量で、それをしているだけでもかなり時間を取られてしまう。紅葉の私物はとりあえずリビングに運ぶので、リビングにもダンボールが積まれていく。引っ越しそうそう断捨離大会が始まりそうだ。

 ただ、荷物を確認していくと、書籍類が多く感じる。当たり前といえばそうだが、それに気を惹かれてしまうのは、仕方のないことだと思う。寄り道しているから時間がかかっていることは、黙っておこう。

 あらかた廊下のダンボールは片付いたので、とりあえずリビングに戻る。

「お仕事お疲れ様です、篠崎さん」

「青葉君。今ちょうど仕事が片付いたところです」

「何か入れましょうか。篠崎さんはどうします?」

「え、私は・・・・・・・じゃあコーヒーをお願いします」

「はい」

 キッチンに入って、ササッとコーヒーを二人分作って、篠崎の座るダイニングテーブルに持っていく。

「ありがとう」

「いえ」

 俺も篠崎の対面の座って、コーヒーを啜る。熱いのは苦手なので、慎重に。

 いつも通りの味だ。たまにコーヒー豆からちゃんとしたものを淹れたりもするんだが、時間と心に余裕がある時に限る。

「あの、青葉君」

「ん?」

「ゲームしたりしますか?」

「まあ、少しは」

 あまり余裕がなかったゆえ、自分一人でやることはほとんどないけど、たまに紅葉の気分転換に付き合ったことはある。

「では、付き合ってくれませんか?紅葉先生もう少しかかりそうですし」

「もうかなり限界近いでしょうね」

「途中チャーハン渡したので、やれそうって張り切ってましたよ」

「そう、なら良かった」

 チャーハンくらいで漫画の続きが書けるようになるくらいなら、もっと計画的に書けばいいのにと思う。

「はい、どうぞ」

 思っているうちに、篠崎から小型のコントローラーを渡された。仕事用のバッグにどうしてゲームが入っているのだろう。

「でも、僕じゃ全然相手にならないかも」

「私は普段このコントローラー使わないので、それなりに勝負になりますよ」

「なるほど。じゃあ僕隣行きますね」

「どうぞ」

 椅子を引いて招いてくれるので、迷わず篠崎の隣に座る。結構接近してしまって、女性のシャンプーの香りが鼻をくすぐる。

 改めて近くからこういう視点で篠崎を見ると、髪とか細かくて、綺麗な長い髪で、まつ毛とかも長くて、綺麗な大人の女性だ。普通に社会に生きる女性は、紅葉とは全然違う。

「ん?どうかしました?」

「あ、いえ。負けませんよ」

「手加減はしないですよ」

 その二言で、バトルは開始した。

 これは大手の対戦アクションバトルゲーム。はめ技やコンボ技などは多々あるだろうけど、基本操作は難しくない。避けで組み立てて、隙を狙う。そうすれば、それなりに戦いになる。

 遠距離攻撃を警戒しながら、受けの体制で相手の攻撃を避け、そこで生じる隙を叩く。

 そして相手のキャラが空中に飛んだ瞬間、さらに詰めて追撃、空中回避のタイミングを外して、確実に場外に叩き落とした。

 篠崎から先制を取った。まさか取れるとは。

「・・・・・・・思ったより、上手いですね」

「やったことはありますから」

 青葉のキャラは対してダメージを受けていないし、このまま慎重に行けば勝てる。

 と。思っていたときもあった。

 その後は軽くリードを詰められ、すごい勢いで追い抜かれ、それなりに善戦するも、最後は下方向に攻撃ぶち込まれて死んで行った。

「・・・・・・・最初手加減しましたよね」

「油断しただけです」

「もう一度」

「意外と負けず嫌いですね」

「ボロッボロに圧倒されないって分かったので」

 篠崎はなんだか楽しそうだ。かくいう青葉も、少し楽しんでいる。

 二戦目は違うキャラで行くことにした青葉。さっきは中型のキャラだったので、次は回避しやすそうな小型キャラだ。

 戦闘が始まったタイミングで、青葉が先に口を開く。

「ところで、どうしてゲームを?」

「仕事終わったから、普通に遊んでるだけですよ?対戦なんて最近やってませんでしたし」

「ふーん」

「どうしました?」

「なにか聞きたいことでもあるのかと」

 そう思うのが普通だと思う。仕事終わりで疲れてる中、ゲームをする理由なんてそんくらいしかないし。それかよっぽどのゲーマーか。

 でも、ゲーマーってのも多分少しあるな。

「聞きたいこと・・・・・・・どうして紅葉先生と同居することになったのかは、少し気になりますね」

「篠崎さんは、僕のこと紅葉さんから聞いてますか?」

「いえ、全く」

 紅葉が青葉のことを話すことはないか。話すとしても、一度は青葉に話を通すだろうから。

「簡単に言うと、僕には親がいないんですよ」

「親が・・・・・・・すみません、話しずらいことなら、話さなくても」

「大丈夫ですよ、昔のことなんで。それに、仕方ないことですから」

 なんでいないのかは、濁して言わなかった。言うと、きっと気を遣うと思ったから。

 父さんは、交通事故で死んだ。死に瀕した小さい子を庇って。子供の方は怪我こそしたけど、命は助かった。

 そして、父さんの持ってた臓器提供意思表示カード、いわゆるドナーカードで、たくさんの人を救った。

 本当にかっこいい父親だ。柚華は、分からないけど、青葉はそんな父を誇りに思っている。

 でも、母さんは・・・・・・・・・。

「親戚はいるんですけど、遠くて。だからとりあえず、花織ねえが保護者になってくれて、それ経由で紅葉さんと出会ったんですよ」

「お金の問題、ですか」

 篠崎が的確な返答をしてくれる。働いていることを考えれば、そういうことになる。

「はい。中学生でも働けるとこなんて、限られますし。それで紅葉さん、にっ・・・・・・・・・っ出会って、働き始めたって感じです」

 青葉のキャラが空中戦で吹き飛ばされた。回避なんてお構いなしの如くだった。同じこと繰り返して言っちゃったし。

 青葉のもう一騎が出てきたところで、話を続ける。

「で、僕はもう学校諦めて、中学も、高校も行かなくていいって思ったんですよ。だって、僕には柚がいたから」

「それは、妹さんが辛いでしょう」

「紅葉さんにも同じこと言われました」

 考えれば分かったことだった。自分のせいで学校を諦めた兄を、柚華に背負わせてしまうってことくらい。

「好条件で雇ってくれるかわりに、条件を二つ出してくれて。中学と、それに高校にも通うことと、遠慮しないことって言ってくれました」

「さすが紅葉先生ですね。いいこと言います」

 だから青葉は、結構頭がいい。あまり時間はなかったが、紅葉に高校に行かせてもらうのだ。それを考えたら、勉強をないがしろになんてできない。

「それで、僕と柚が進学するタイミングで、広い部屋に引っ越したいからって言って、僕達も誘ってくれて。僕の行く高校の近くに部屋をとってくれたんです」

「あの人もやるじゃないですか」

「そういう経緯です。一緒に暮らすことになったのは」

「青葉君は・・・・・・・私が聞くのは、ルール違反ですね」

「ん?」

「いえ、それより」

 何か言いかけた篠崎だが、それを聞き返す余裕はなくなってしまう。

 俺のキャラが空中に上げられて、さらに詰められる。完全に殺る体制だ。

 だが。

「ん」

 わざと相手側に近づく方向に回避して、相手キャラの下を取り、そのまま打ち上げた。

 篠崎の最後の残機がなくなる。

「・・・・・・・やりますね」

「学習したんで。で、勝ち逃げは許すタイプですか?」

「・・・・・・・いえ、許さないタイプです」

 そうだと思った。両方許さないタイプじゃ、終わりは見えなくなるが。

 でも、青葉も楽しくなってきた。まだ整理が終わってないが、紅葉が篠崎にかけた迷惑を考えれば、ここで遊び相手をしなければならないのも仕方ない。

 そんな素敵な言い訳を考えて、3回戦目に突入した。




「そういえば、妹さんは?」

 キャラを選びながらそんなことを聞いてくる。

「部屋でゲームでもしてると思いますよ。スマホ渡してあるんで」

 スマホを所持してるのはまあ俺だが、使ってるのはほとんど柚華だ。

「柚華さん可愛かったですね。今度柚華さんとも話してみたいです」

「柚からしたら、篠崎さんなんて、憧れの大人だと思いますよ」

 青葉のかっこよく働きたいってのは、もしかしたら紅葉よりも篠崎の方が近いと思うし。

「近寄りがたい大人じゃないですか?」

「少しそうかも。でも、寄り添ってくれたら、柚は喜びますよ」

「機会があれば、頑張ってみます」

「あ」

 そう話しているうちに、なんかよく分からないままキャラが吹っ飛ばされてしまった。

 今のがはめ技ってやつか。キャラ選びから既に本気だったってことか。

「せこくないですか?」

「精度はかなり悪いですよ」

 はめ技と言っても、はまれば百パー勝てるってわけではない。精度が悪ければ、コンボを抜けるのも簡単になるだろうけど、それでも難易度は低くない。

「それはだめです。禁止です」

「技術だからセーフですよ」

「知識だからアウトです」

「セーフ」

「アウト」

「・・・・・・・何を論じてるんですかね」

「確かに」

 篠崎が少し笑う。つられて青葉も少し笑、ってはいない。

 青葉が笑うことはめったにない。いや、笑わなくなってしまったのだ。紅葉や柚華の前では笑うこともあるが、少なくなったのは確かだ。

 理由は、はっきりは言えない。親のことで複雑な感情があって、笑う余裕も頻度もあまりなくなって、青葉自身の中で上手く消化しきれていないのかもしれない。

 それでも感情がなくなったわけじゃないし、困ることはあまりないけど。

「篠崎さーん!終わりました、よ・・・・・・・」

「あ、紅葉先生」

「紅葉さん、お疲れ。ようやく終わったんだ」

 疲れた様子の紅葉が部屋から出てきた。だが、仕事をやり切ったテンションが、一瞬にしてしぼんでしまう。

 青葉も篠崎も不思議そうに紅葉を見ていると、ざっと襖を閉めてしまう。

「え、紅葉先生どうしたんですか。原稿終わったんですよね?」

「・・・・・・・私が、せっせとお仕事頑張っている間、お二人さんはゲームできゃっきゃしてたんですか。ふーん」

 扉越しのそんなことを。青葉と篠崎相手に、最も似合わないような擬音を乗せてきた。

 とりあえず、戦闘中だった対戦を中断して、篠崎が席を立つ。

「なんですかそれ。先生は自分で先延ばしにした原稿やってたんじゃないですか」

「そ、それは・・・・・・・でも、少しくらいは気遣ってもいいじゃん!」

「実際仕事の邪魔にはなってなかったじゃないですか。何をそんなに拗ねてるんですか」

 篠崎の言う事が正論過ぎて、紅葉が返答に困っている様子だ。

「うぅ・・・・・・・だって・・・・・・・楽しそう、だったから」

 つまりは、羨ましかったってことだろうか。仕事が終わったのなら、少しくらいは羽を伸ばして遊べるはずでは。

 いや、自分が頑張ってる中、自分抜きで遊んでほしくないってことか。

「・・・・・・・じゃ、紅葉さんもやります?」

「そうじゃない、けど・・・・・・・やる」

 再び、紅葉の部屋のふすまが開く。そこには、久しぶりにちゃんと見た、少し赤い紅葉が顔を覗かせていた。

 ゲーム自体言うほどやらない青葉だが、今日はなんだかそういう気分だ。今日からここに住むわけで、実質時間に制限がなくなったこともきっと要因だと思う。

 どうあれ、今夜は遅くなるかもだ。

「でも、今はもう遅いのでご飯作らないと」

「あ、そっか」

 今日は入学祝と紅葉の入稿祝い、それと新生活スタートもかねて、すき焼きパーティーだ。ちょっといい食材を紅葉が用意してくれた。

「篠崎さんも一緒にどうですか?」

「すみません。私は、誰かさんが原稿遅れたせいで、今から戻って残業ですので」

「そ、そうですか」

「本っ当に申し訳ございませんっ!」

 凄い勢いで紅葉が頭を下げる。さっきまでの拗ねは何だったんだろう。

「原稿は、もう送られてますね。では、私はこれで。青葉君、美味しい料理ご馳走様でした」

「いえ。最後は引き分けってことで、この続きはまた今度」

「スキルは上げないでおきます」

「そうしてくれると助かります」

 これ以上篠崎に強くなられたら戦いにならなくなってしまう。今でさえコントローラーが慣れないから一勝できたわけだし。

「紅葉先生も、今日はゆっくり休んでください」

「はい、後はよろしくお願いします」

「あ、でも。移動中確認するので、連絡飛ばしたら直してくださいね」

「え、それはちょ・・・・・・・は、はい」

 篠崎さん目が怖い。紅葉もなんだか委縮した様子で、あまり見ない紅葉が見れた。きっといつも、迷惑かける側なんだろうな。

 その悪魔の脅迫を言い残して、篠崎はこのマンションを後にした。その後ろ姿を玄関で見送って、ようやく紅葉の緊張が完全に解ける。

「はぁ~~、やーっと、解放されたー!」

「お疲れ、紅葉さん」

「お疲れだよー、地獄だったよー。自業自得だけど、存分に甘やかしてよー」

 青葉に寄っかかりながら、そうすがってくる。そうされてしまうと、青葉は弱い。

「まあ、少しの間は甘やかすし、頼りきっていいよ」

「五歳年下の男の子に甘やかしてもらうって、情けないけど」

「それ自分で言う?それに今更だから」

 二年前から、締め切り前と後はずっとそうだった。いつもはお姉さんらしく、年上らしく凛としてるけど、たまに青葉に頼る妹らしさも出す紅葉だ。その感性の豊かさは漫画家ゆえだろうか。

「んー、まあそっか!それよりさ、青葉」

「なんですか?」

「・・・・・・・久しぶりに、二人きりだね」

「紅葉さん」

 顔を見つめられて、そんなことを。流石の青葉も、ドキッとしてしまう。これが胸キュンってやつだろうか。

 でもすぐに、冷静になる。

「あ、いえふたりき、」

「紅葉さん?お疲れ様です」

「わっ!ゆ、ゆず、かちゃん!?」

 二人きりではなかった。玄関であれだけ声を出せば、部屋にいる柚華もこっちに気づいて顔を出すと思った。

 分かりやすく取り乱す紅葉。でも、そこは流石漫画家といったところか、すぐに表情を取り繕って、笑顔を作る。漫画家、関係あるだろうか。

「あ、ありがとー。ようやく原稿終わったんだよー」

「凄いです!発売したら買います!」

「買わなくてもたくさん持ってくるよ?」

 まあ、だろうな。

「いつ出るんですか?」

「えっとねー、」

「柚」

 話が長くなりそうなのを察して、途中で青葉が口をはさむ。

「なに?」

「今から夕飯作るから手伝ってくれ」

「ん、いいよ」

「私も、」

「紅葉さんは、休憩しててください」

「んー、じゃ、お言葉に甘えよっかな。さ、リビング行こー」

 紅葉が元気そうにリビングに先導してくれる。疲れてるように見えたけど、それ以上に開放感が大きいのかも。

 でもやっぱ、今日は夜遅くならないほうが良さそうだと、青葉はひそかに心に思った。紅葉には楽しくやって欲しいけど、身体を壊して欲しくない。漫画家という職業は、ただでさえ体調を崩しやすいのだから、なおさら。

 別に今日じゃなくたっていい。今日という日は今日しかないけど、一緒に過ごす時間は、これからいくらでもある。

 これから過ごすのは、幸福で特別な日々なんかじゃなく、幸福な日常、なのだから。

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