第2話 仕事

 入学式は無事に終わり、その後のホームルームもすぐ終わった。教室で青葉が口を開くことは、ほぼなかった。

 そうして一目散に教室を出て、スマホに連絡があることに気づく。相手は紅葉。

 書いてあったのは、お店の場所。ここから少し歩いたところにあるファミレスだ。わざわざ外に出て、ファミレスで昼食を済ませる気だろうか。珍しい。

 一言返信した後、急ぎ足でそこに向かう。真っすぐに、すぐ来て欲しいと言われたから。

 ちょうど中学と高校を繋いだ道すがらにあるファミレスだったので、中学に迎えに行く前に、ファミレスに向かう。

 向かったんだが・。

「あれ、早かったね、お兄ちゃん」

「なんで先にいるんだよ」

 そこにはすでに柚華がいた。パスタとジュースで先に食事をしている。

「聞いてよ、お兄ちゃん。紅葉さん私の入学式に来てくれたんだよ!」

 紅葉がそんなことを。締め切りはもう済んだのか。いや、ほったらかしてる可能性の方が高い。

「で、その紅葉さんは?」

「紅葉さんさっき帰っちゃったよ。電話が来て、顔が青くなってた」

「青く、ねえ」

 やっぱりほったらかしていたか。大方、編集から連絡があって、急いで仕上げに行ったんだろう。

 そんな中、柚華の入学式に出てくれたのか。仕事に不真面目なのは変わらないけど、やっぱり紅葉だ。

「それ、食べていいって言ってたよ」

「食べかけじゃん」

「嫌?」

「・・・・・・・いや、別に」

 柚華の正面、食べかけの食器の前に座る。メニューはドリアだ。

 手は付けてあっても、ほとんど食べれていない。まだ温かいし、変なところですれ違っちゃったようだ。

 チーズ入りのドリアを一口。普通に美味しい。

「中学校どうだった?」

「んー、なんかすごい成長した気分」

「制服だしな」

 それだけで、確かに大人になった気分になる。俺も学ランからブレザーになったから、少し新鮮だ。ネクタイ上手く絞められてるか心配だけど。

「お兄ちゃんは?」

「・・・・・・・普通だな」

「どうせ、誰とも一言も話さなかったんじゃないの?」

「鋭いな」

「やっぱり」

 初日なんてみんなそんなものだと思う。初対面の人と話すのは緊張するし、簡単な事でもない。

「紅葉さん心配してたよ?お兄ちゃんに友達一人もできないんじゃないかって」

「紅葉さんがそんなことを」

 俺の過去もあって、心配するのも当然か。

 結構な頻度で紅葉のところで働きに行っていた青葉は、そのタイミングで中学の友達とは疎遠になった。いい人ばかりで、良くはしてくれていたけど、俺にはそうするしかなかった。

 紅葉のおかげで、ここまで暮らしてこれた。中学生じゃ働くことすら難しいのに、破格の給料で雇ってくれた。青葉はそれに感謝してもしきれないけど、紅葉からしたら、青葉の大事な中学時代の思い出を奪ってしまったと思っているのかもしれない。

「友達の一人でも家に連れてくればホッとするんじゃない?それか部活に入るとか」

「漫研なかったし、その予定はないな」

「選択肢が漫研しかないお兄ちゃんなんてやだよ」

「辛辣だな」

 運動部は中学二年のときにやめてしまったため、スポーツは多分できないし、他の文化系の部活にも興味はない。そもそも、青葉にはしたいことをする時間と、仕事に費やす時間があるから、部活をしている暇はない。

「柚華は何部に入るか決めたか?」

「私は・・・・・・・私も、部活をやる気はない、かな」

「何かいいのなかったのか?柚、運動神経いいし、スポーツ何でもできるだろ」

 青葉もそこそこな運動神経だが、柚華の方が多分凄い。青葉にはあまり話さないが、小学校の頃は運動部のレギュラーをやっていたはず。

「あんまり、興味ないし」

「中学は半ば強制で部活入らされるけどな」

「え?そうなの?」

「暗黙の了解ってやつだ」

 実際そんなルールのある中学校は少ないと思うけど。

「噓でしょ」

「仮に、やりたいスポーツは?」

「仮に・・・・・・・ない」

「本当に?」

「・・・・・・・・・お兄ちゃんと同じ、の・・・・・・・」

 青葉と同じ。つまりはソフトテニスか。

 やったことはないと思う。やったことがないから、やってみたいと思ったのか。

「だったら、そうすればいい。やりたいことを、すればいい」

「・・・・・・・でも」

「部活やってないと友達できないかもな」

「お兄ちゃんと一緒にしないでよ。私は社交的だもん」

 確かに青葉よりはうまくコミュニケーションとるだろうけど、部活に入っていた方が何かと便利なのは確かだ。クラス替えしても知り合いと同じになる可能性高くなるし。

 柚華が何を躊躇っているのかは分かる。簡単に言えば、金銭的な問題だと思う。

 けど、そんなものに縛られてほしくない。親がいない不自由を感じてほしくないし、気を遣って欲しくない。というか、気を遣われることに、気を遣いたくない。

 これ、青葉が紅葉からもらった言葉だった。

「ま、自由にしろよ。僕も漫研できたら入るし」

「そう簡単にできるの?」

「できない」

「じゃあ無理じゃん」

「ほら、食べたら行くぞ。早く部屋見たいだろ」

「見たい!というか、食べ終わってないのお兄ちゃんの方だから!」

 話してるから、進まなかったんだよ。

 でも、多少冷めているから暑いの苦手な青葉でも速攻食べれたので、時間をかけずに食べきった。傍らにあった水を飲み干して、会計をして、店を出る。

「さて。じゃあ紅葉さんに会いに行くか」

 最近はバイトも休みだったので、会えていない。早く会って、話はできないだろうけど、とりあえず会いたい。

「私はもう会ったけどね」

「うるさい」

 そのまま、妹を置いて青葉は先に帰路についた。




 真っ直ぐに今朝行ったマンションの部屋まで帰り、鍵を差す。

「ん?」

 そのまま、鍵を引っこ抜く。鍵が開いてる。今朝しっかり戸締りしたはずだが、紅葉がかけ忘れたのか。

 扉を引いて、中に入る。玄関を入ってすぐの右側と左側が、青葉と柚華にあてがわれた部屋だ。とりあえず、荷物を廊下の段ボールに乗っけて、リビングに顔を出す。

 すると、知っている顔があった。

「あれ?青葉君、いらしたんですね」

「篠崎さん、どーも」

 左側のダイニングテーブルに座っていたのは紅葉ではなく、その担当編集の篠崎だった。

「紅葉さん、そんなにまずいんですか」

「ええ、引っ越しで忙しいのを理由にここまで伸ばして、今マジで原稿落としそうになってます」

 あの人、全く匂わせなかった。もしかして俺に休みくれたのって、そういう事か。

「聞いてませんでした、すみません」

「いえ、青葉君が気にすることでは、って、そちらは?」

「ああ、妹です」

 俺の後ろに隠れてる存在に篠崎が気づいたので、後ろから引っ張り出して、背中を押す。柚華とは初対面だったか。流石の柚華も、初対面の大人の人にはしっかり人見知りしている。

「え、えっと、高峰、柚華です」

「こんにちは。紅葉先生の担当編集の篠崎楓です。よろしく、柚華さん」

「よ、よろしくお願いします」

「社交的だな」

「兄ちゃんうるさい!」

 少し顔を赤くして、青葉のほっぺを軽くつねる柚華。褒めてあげたのに、やっぱ素直じゃない妹だな。

「私部屋回ってくる」

「先に自分の部屋決めちゃえよ」

「はーい」

 背中でそう言いながら、玄関の方へ消えて行った。

「仲のいい兄妹ですね」

「まあ、ですね」

 元々仲のいい方だったと思う。だけど、父さんと、母さんがいなくなってからは・・・・・・・。いや、いなくなってしまったからこそ、嫌でも仲良くなるものだ。

「でも珍しいですね。青葉君がこんな時間に」

「今日からここに住むことに、なったので」

「え?」

 その言い方と反応じゃ、もしかしてそのこと、篠崎は知らないのか?

「知らなかったんですか?」

「・・・・・・・あの人まさか、中学生に手を」

「もう高校生ですって」

 ブレザーの端を持って、篠崎に見せる。

「本当ですね。お入学おめでとうございます」

「どうも。って、本当に何も聞かされてないんですね」

 担当さんになら、もう少し話を通してもいいと思う。篠崎も困った様子だし。

「あの人ホウレンソウ知らない人なので」

「ちなみに、妹も一緒ですから」

「さっきのは冗談ですよ。今時、歳の差なんて気にされないですから。青葉君が手を出されていても何も言いませんよ」

「出されてませんよ」

 歳の差と言っても、青葉と紅葉は五つしか違わない。そのくらいなら、なんの障害にもならないと思う。

 それに、手を出すとか何とか篠崎は言っているが、自分から手を伸ばさないと紅葉は振り向いてくれないと思う。

「私はここで原稿を待ちます。仕事してますので、私のことは気にしないでください」

「篠崎さん、お昼食べましたか?」

「え、いえ、まだですけど」

「じゃあ軽く何か作ります。紅葉さんもあまり食べれてないようだし」

 ほぼ手付かずのドリアを残して紅葉は帰ったわけで、きっとお腹を空かせていると思う。それかお菓子を馬鹿食いしてるか。

 どちらにしろ、ちょうどいいから二人分作ったほうが早い。

 冷蔵庫を開けて、食材を確認する。

「青葉君、料理できるんですね」

「家事は僕の仕事ですから」

 パックのご飯に、卵、野菜、ハム、コンソメ・・・・・・・。まあ大丈夫そうだな。

 紅葉のところでの仕事は家事だったわけで、もちろんそこには料理の支度も含まれている。最初こそお粗末なものしか作れなかったが、今は結構メニューも増えて、並のものは作れるようになった。

「その歳で家事ができるなんて、凄いですね」

「篠崎さんは家事とかしないんですか?」

「家ではゲームしてます」

 確かに、してそう。そのクールで仕事できる系の印象に、漫画家の担当者というオタク要素。FPSとかガチってそうな感じがする。

「らしいですね」

「どういう意味です?」

「なんでもないです」

 思うだけにしとけばよかった。

「最近は働く女性も増えてるし、もう主夫として就職できそうですね」

「それは言い過ぎですけど、僕は社会に出て、かっこよく働きたいって思いますね。紅葉さんみたいに」

 養われるのは正直嫌だ。養うか、共働きがいい。

「〆切守らない紅葉先生はかっこよくないです」

「そこは反面教師にします」

 反面教師にすべきところは多そうだな。

 でも、本当に尊敬している。クリエイターの先輩として、人生の先輩として。

「青葉君は確か、小説を書いてるんですよね」

「はい。文法面で、花織ねえからダメ出しばっかですけど」

 中二の頃から初めて、編集部で働く従妹の花織に定期的に見せている。今ではダメ出しもかなり減ったものだ。

 ちなみに、中学の頃の仕事、つまり紅葉を紹介してくれたのも花織だ。

「香織さんに見てもらってるんですか。でしたら、内容の方は私が見て差し上げましょうか?」

「え、いいんですか?」

 その提案はなんだか意外だった。編集の仕事って多忙だろうに、小説なんてただでさえ疲れるものを。仕事を増やすようで気が引ける。

「花織さんファッションの方だから、内容のことは聞けないでしょう」

「・・・・・・・じゃあ、お願いします」

「ええ。相談事があればいつでも連絡ください」

「ありがとうございます」

 篠崎は、なんだか安心するような人だ。接しやすさを話しやすさもそうだし、何より頼りになる。大人の女性だ。

 その後も、紅葉の話だったり、青葉の小説の話だったりをテキトーに話して、料理を終える。メニューは簡単なチャーハンだ。

 お茶と一緒に篠崎の前に持っていく。

「上手い、ですね」

「最近パラパラに作れるようになったんですよ。さあどうぞ」

「いただきます」

 そのパラパラなチャーハンを篠崎が一口。凝視しているのもなんなので、俺はキッチンに戻って片付けに入る。

「美味しい。美味しいです、青葉君」

「心底意外そうですね」

 確かに意外だろうけど、仕事で家事をやるくらいだから、これくらいできないとダメだ。

「凄いですね。紅葉先生が羨ましいくらい」

「なんなら篠崎さんとこも働きに行きましょうか?」

「お願いします、と言いたいところですけど、紅葉先生に怒られますので」

「そうですか。でも、篠崎さんも何か困ったらいつでも呼んでください。お金はとりませんよ」

 半ば冗談で言ったことだ。家事の仕事をかけ持ちするつもりはない。

 でも、篠崎の仕事を増やしてしまった人の身内としては、力になれることはなりたいと思う。この人が誰かを頼るなんてなさそうだけど。

「助かります。紅葉さんには、出て来たら渡しておきます。きっと今、集中モードに入ってると思うので」

 〆切ヤバそうだし、本当にお腹がすいたらきっと顔を見せるか。紅葉の仕事部屋は和室で、襖で仕切られている部屋だ。匂いも漂っていると思う。

「じゃあ僕は荷解きしてきます」

 篠崎にそれだけ言い残して、青葉は玄関に向かう。

 目の前にするだけでげんなりする量の荷物。でも、力仕事さえ許容してしまえば物の配置や部屋のカスタマイズは楽しいイベントだ。

 その前向きな考え方で望めば、きっとすぐに終わらせられる。お宝も中から見つかるかもしれないし。

 そう思いながら、気分と共に軽くなった体で仕事を開始した。

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