第二十二話 ~入学前~ 父への報告
その日、トーマスが帰って来たのは夜も八時を過ぎた頃だった。
ギリアムは待たされたが、この時間までギリアムがいることが珍しく、ルルンとカミールの好奇心の的になった。
魔法のことをあれこれ尋ねたり、ここにいる理由をあれこれ聞いてみたり、挙句の果てに一緒に夕飯を食べると言ってドロシーを困らせた。
ギリアムが快諾したので一家と夕食を一緒に囲むことになったが、ラランは部屋から降りてこなかった。
母マリアが様子を見に行ったが、どうやらもう眠ってしまっているらしくそのまま寝かせておくことになった。
ギリアムは自分で驚いたが少しほっとして、家族の団らんに加わりラランの様子やルルンやカミールの素質について話をした。
一家の仲の良さや、今まで知らなかった家族の話を聞かせてもらって感心したりもした。
夕食の後、入浴の時間になったルルンとカミールはドロシーに急かされて部屋を後にした。一緒にまだ居たいとブーブー文句を言っていたがドロシーに半ば抱えられて連れていかれた。頼もしい限りである。
「ごめんなさいね、賑やかで・・・・。」
マリアが申し訳なさそうにギリアムに声を掛ける。
「いえ・・・楽しいですね」
「あら、そう思っていただけてるなら嬉しいのだけれど・・・
ラランの様子、どうかしら?最近、あまりやる気がないようだとドロシーが言っていてね、心配しているの。貴方に失礼な態度を取ってるんじゃないかと・・・」
「いえ、ララン様はとてもよく取り組んでいらっしゃいますよ。真面目で呑み込みが早い。根気強く、諦めずに熱心に取り組んでいます。魔法に強い関心と憧れがあるんでしょうな。お二人の背中をよく見て育ってらっしゃる。」
お世辞なくギリアムが答える。
「ありがとう、おてんばで元気すぎるからどうしようかと思っていたけど・・・貴方にそう言ってもらえるなら安心ね。
ねぇ、ギリアム・・・・ラランの様子に変わったことはないかしら?」
「・・・と言いますと?」
「・・・いえ、なんでもないわ。」
マリアがそう答えて表情が少し曇ったところで、ドロシーがギリアムに声をかける。
「ギリアム様お待たせしました。旦那様がお帰りです。お部屋にどうそ。」
ギリアムがマリアに向けて軽く頭を下げると、
「ありがとう、ではマリア・・・また。」
「えぇ・・・これからもよろしくね、ギリアム」
ギリアムがトーマスの部屋に通されると、トーマスが立ってギリアムを出迎えた。
「ギリアム、遅くまで待たせてすまなかった。久しぶりにこうして話ができてうれしいよ。いつもラランの面倒を見てもらっているのに、こちらから礼の一つも言えず申し訳ない。」
トーマスがギリアムに部屋来客用ソファに座るよう促すと、ドロシーに酒を二つ持ってくるよう頼んで下がらせた。
しばらくお互いの近況を報告しあい、ドロシーが酒と小鉢を持ってくるとギリアムが話を切り出す。
「トーマス、ラランのことなんだが・・・」
「あぁ、わかっているよ、おてんばに手を焼いてるんだろう?
君に何をやったんだい?この時期だと・・・君を狙って花火か・・いや、瓜に見立てて割られそうになったとか・・・?
・・・は!あれか・・・落とし穴か?」
どれだけラランのおてんばに手を焼いているのだろう。そして自分にそんな危険の可能性があったのかとギリアムは思った。
「・・・いや、違う。ラランの魔法実技が一つ成功したんだ。」
トーマスは膝を手で一つ大きく打って喜んだ。
「なんだって!?よかった!なかなかいい報告が上がってこないから気を揉んでいたんだよ。いやぁ、安心した。で、どうだい?ラランの蛍の大きさはどうだい?」
そういうとトーマスはグラスを一気に飲み干しておかわりのベルを鳴らしてドロシーを呼んだ。
ギリアムは眉間にしわを寄せて、少し考えた後言葉を選んで話し始めた。
「・・・トーマス、聞いてくれ。ラランが成功したのは光の魔法『蛍』じゃない。
あの子が成功したのは『影のうしろ』だ。」
「・・・ん?すまない、もう一度言ってくれないか?聞き間違いか。」
「聞き間違いではないよ、トーマス、ラランは闇、闇の魔法を使ったんだ。」
「・・・なんだって?」
トーマスが一転、髪をむしるようにかき上げ、唇をかむ。
ギリアムはトーマスを見つめたまま大きく頷く。
トントン
その時ノックの音がしてドロシーがニコニコとおかわりのグラスを持って現れ、
テーブルにそっと置いて
「ごゆっくり」
と微笑んで扉を閉めた。
二人は言葉なくお互いを見つめ、どちらかが言葉を発するのを待った。
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