第八話 ~入学前~ 学びの選択

 四月日曜日の午後、ラランは父トーマスから部屋に来るように呼ばれた。

父の部屋に呼ばれる事はあまりない。

仕事上重要な資料や今までに担当した患者情報が多くあるからだそうで、

父と話す時は家族が揃う食堂かラランの部屋のどちらかだった。

部屋に呼ばれる理由をラランは考えた。

何か叱られるようなことをした覚えは・・・ない。

あるとすれば、先日禁止されている買い食いをしたことだろうか。

それにしては父に呼ばれるほどのことでは・・・・ないとラランは思う。

ではもっと別の何かだろうか・・・うーんと考え込んでいると、

「ララン、早く行きなさい。」と母が急かしてきたので、慌ててラランは父の部屋へ向かう。


父の部屋は屋敷二階の一番奥にある。

恐る恐るノックをすると、父がドアを開けてくれた。

優しそうな笑顔を浮かべていたので、怒られる話ではないと思うと心底ホッとする。

父は優しいけど怒るととても怖いのだ。

父は仕事机に座ると、対面に置かれた椅子に座るようラランに促した。

緊張してラランは言われるまま腰掛けると、

「お父様、今日は何の御用?」

と恐る恐る尋ねた。

「そんなに緊張しなくても大丈夫だよララン。」

緊張しているラランに声をかける。

「ラランも小学校で一番大きい学年になるね。

私が、魔法を使って人を助けているのをラランは知ってるよね?

ラランも魔法の勉強をしてはどうかと思ってるんだがラランはどう思う?」

魔法・・・ラランはドキっとして考えた。

庭で起こった失敗が頭を巡る。

何も答えることができない間、父は待ってくれた。

「・・・魔法はやってみたいと思う。でも・・・・」

やっとの思いで答えることができたが、そこから先の言葉が続かない。

「でも・・・なんだい?・・・怖い・・・かな?」

父がラランの言葉の先を続けると、ラランはうなずいた。

「初めてのことはどうしたって怖いものさ。

ラランは魔法を使ったことがないだろう?

私も初めてやった時はとても怖かった。

でも出来た時はそれ以上の感動があったよ。」


ラランは庭で起きた時のことを話そうか迷ったが、叱られるかもしれないので言わなかった。

「どうやって、勉強するの?お父様みたいにちゃんとした魔法を使えるように私もなれるかな?」

不安そうに父に尋ねるララン。

「もちろんだ。

ラランの耳の横の証にこのきれいな銀の髪は、

魔法が使えることを約束された証拠だよ。」

父は熱を込めてラランに伝える。

「大きくなったら、母さんのように医者の道に進んでも構わない。

ただ、魔法が使えるようになっておいても決して損ではないと思うんだよ。」

父の熱意はすごかった。対面で座っている父がだんだん前のめりになってきて、

しまいには鼻と鼻がくっついてしまうのでないかと思うほどだった。


ここで断ることはできないとラランは思った。

自分ひとりで挑戦したときは自己流だから失敗したのかもしれない。

ちゃんと教えてもらって、正しい使い方を学べたら今度こそ魔法が使えるかもしれない。

そう思える気もする。

しばらく考えた後、

「・・・ちょっと怖いけど、やってみたい。もしも無理だったらやめてもいい?」

ラランは父の顔を見ながらそう答えた。

「無理なんてことはないさ!そうか、やってみるかい!よかった!

実はラランがやってくれると思って、先生を手配してあるんだ!

来週から家に来てくれることになっているんだよ!

私の古くからの友人でね・・・やっぱり魔法は基礎が大事でね・・・・」

どうやら父はラランが魔法を学ばせることは決定事項だったらしい。

父は得意げに嬉しそうに話しを続けていたが、ラランにはさっぱり話は入ってこなかった。

魔法を学ぶ そのことにラランは興味と恐怖の気持ちを交わらせた。


できるのだろうか。あの失敗の理由はわかるだろうか。


「・・・ということだ。話はこれでおしまいだ。

ララン、部屋に戻っていいよ。来週から頑張ってみよう。」

上機嫌の父の話が終わり、ラランが部屋から出るとルルンとカミールと母が心配そうに待っていた。


「ララン、どうすることにしたの?」

とラランの肩を撫でながら母が尋ねる。

「来週から、魔法の先生がくるみたい、魔法・・・・やってみることにするよ」

ラランは笑ってみせたがうまく笑えたかどうかわからない。

引きつっていたかもしれない。

ルルンとカミールはぱぁっと顔を輝かせた。

「ララン、すごい!魔法使いになるんだ!」

「いいなあ!僕も早く習いたい~!」

ルルンとカミールは魔法使いの真似をしながらラランの周りをくるくると回った。

母は一瞬顔を曇らせたが、

「頑張ってね、何かあったら母さんに教えてちょうだいね」と母も不安そうに静かに笑った。


「うん。」

ラランはそう返事をするだけで精いっぱいだった。












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