第五話 ~幼少期~ 初めての魔法
夏休みが終わって秋が来た。
ダレンが去った寂しさもすっかり忘れ、ラランは日々に追われて過ごしていた。
夏休みが終わっても医療所は忙しく、両親がラランと顔を合わせるのは朝食と寝る前のわずかな時間だった。なかなか構ってもらえなくてもラランは寂しくはなかった。
二人が急がしいことが日常だったし、自分が何より愛されている自覚があった。
人助けをする父母を誇らしいと思う気持ちが、寂しさよりも上回っていたせいもあるかもしれない。
ある日の午後、学校から帰宅して食堂でおやつを食べながら宿題をしていると、
医療所の方でバタバタと慌ただしい物音がした。
これは大事だと思って、ラランは家から飛び出し医療所の様子を陰からこっそり覗いた。どうやら重篤な患者が荷車に引かれて運ばれてきたようだ。
いつもは医療と魔法で分業の父母が真剣な表情で荷車に寝かされた患者の対応に追われている。
付き添いの男が父と母に交互に縋り付いて助けて欲しいと懇願していた。
母の診察室に患者は運ばれると、慌ただしく看護師数名と父母がそれに続く。
診察室の窓から父の魔法の光が漏れ、中から母のキビキビと指示を飛ばす声と励ます声が聞こえた。
しばらくすると、父と母が診察室から出てきて付き添いの男に結果を報告しているようだった。
どうやら助かったのだろう、男は泣きながら父と母に礼を言っていた。
ラランはそんな様子を見て、
(やっぱり父さまと母さまはすごいなぁ)
自分がやったわけでもないのに、胸を張った。
(私もいつか、父さまみたいに魔法を使うようになるんだ)
自分が魔法で人を助け、たくさんの人に感謝される姿を想像した。
そして、家には戻らずに庭に出ると父の魔法を使う仕草を真似した。
ところどころ覚えてた中途半端な詠唱と手の動作を組み合わせてみる。
「・・・なんとか~かんとか~光よ私の命に応えよ!」
何も起こらなかった。
「はぁ~」がっかりしてラランは大きなため息をつくと、庭をブラブラしているとダレンがいた蜜柑の木の下に弱った蝶が一匹土の上にいた。
羽はボロボロで時々はねをパタパタを動かすが、今にも死んでしまいそうだった。
ラランは、また失敗するかもしれないそう思ったが気を取り直した。
「まぁ!これは大変ですね!もう大丈夫ですよ~すぐ元気になります~」
ラランは父と母の患者に接する真似をしながら、先ほどより真剣に魔法を唱える準備をした。
手のひらを蝶の上にかざす。
深呼吸して、父の事を思い出した。
魔法の詠唱と動作を父がやっている通りに再現するように心がけた。
「・・・・光よ!私の命に応えよ!」
最後の言葉を唱えると、なんとラランの掌が白く光り出し光が集まり出した。
魔法が発動したのだ。
「うわぁ!やった!」
ラランは驚き、思わず歓声をあげた。
その途端、集まった光は一つの球になった。
球はすぐに黒く濁り出しヂリヂリと嫌な音を立ててラランの手の平から抜けだした。
その途端、黒い球体は黒く大きく光って蝶の上に覆いかぶさりバチンと弾けるような音がして消えた。
消えた後には、真っ黒に焦げた蝶の亡骸があった。
ラランは絶句した。悲鳴も声も出なかった。驚きと恐怖としてはいけないことをしてしまった罪悪感で頭が真っ白になった。
思わず足で土をかけ、蝶の亡骸をとっさ隠した。
走って家に戻ると、ドロシーが出迎えた。
「ララン様?どうしました?お顔が真っ青ですよ?」
「・・・」
ドロシーに今起きたことを話そうと思ったが、何も言えなかった。
「まぁ、患者様のケガの具合を見て気分が悪くなったんですね?
もう、だからドロシーはあまり見ないようにと申し上げてますのに・・・」
ドロシーは勝手に納得したようで、ラランの肩をさすりながら部屋に連れて行ってれた。ラランも言い返す気にならなかった。
「おやつと宿題は、後でお部屋にお持ちしますね?
まずは横になってくださいまし。」
ラランをベッドに横にさせるとドロシーは部屋から出て行った。
さっきのはなんだろう。
ラランは怖くて仕方なかった。詠唱が違ったのだろうか?いや、いつもこっそり父を見て間違っているとは思えない。大人と子どもでは違うのだろうか?
では動作が違ったのだろうか?それにあの色・・・。
父から生まれるの魔法の色は白か黄色のキラキラとした美しい光の粒だ。
黒い魔法なんて見たことない。わからないことだらけだ。怖い。
何より、あの蝶は死んでしまった。自分が助けようと思った者を死なせてしまったことが何より怖かった。
意図せずとは言え、命を奪ってしまったことにラランは震えた。
ベッドの上で丸くなり、怖くて悲しくて不安で静かに泣いた。
ラランはその日から魔法に関することを一切やめた。
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