第一話 ~幼少期~ 夏休みと水遊び



 それから年月が流れ、ラランは七歳になった。腰まであるまっすぐな銀髪に青い瞳をきらきらと揺らす可愛らしい少女になっていた。

相変わらず医療所は繁盛しており、父も母も毎日忙しく患者の相手をしていた。

トーマス一家にとって、人を助けること、誰かの力になることは当然のことで、そんな父と母の背中を見てラランは育った。

医療所にそっと忍びこんで母が優しく患者を診察し、日に日に回復していく姿を見るのも感動した。

特に父が手をかざして魔法を唱えると光が手から溢れ、憑いていた悪霊が苦しみの表情から解放されて美しい光の粒になって空に昇っていく様子を見るのが好きだった。

診察室や解呪の現場に立ち入ることは危ないとの理由で立ち入らせてもらえなかったが、ラランはドアに耳をくっつけたり、窓からこっそり父の魔法のを使う様子を見ては手の動きや詠唱を覚えてみよう見まねで人形に解呪を試してみたりした。

残念ながら魔法が発現することはなかったが、いつか自分も父のような魔法使いになるのだと疑うことをしなかった。


 ラランが八歳の夏、学校は夏休みに入り、毎日暑い日が続いていた。

夏休みも一週間も過ぎるとやることがなくなり退屈でラランは暇を持て余していた。

妹弟は遊んでいてもすぐに泣いていじけてしまうし、仲良しの友達は避暑地だの祖父母の家に帰省だので遊び相手もいない。父も母も夏休みを利用して医療所を訪れる人々が多く、休みどころかいつも以上に忙しそうだ。

二人を尊敬してはいるが、こんな時魔法使いと医者の職業を苦々しく思った。

暇を潰すべく、庭に出て水がめから水まきでもして遊ぼうと蜜柑の木の下を通りかかった時、木の下でうずくまって泣いている少年を見つけた。

か細く声を殺して泣いている少年を見て、最初はギョっとしたが気を取り直し少年の横に腰を下ろした。

少年ははっとして顔を上げると涙でくしゃぐしゃの顔を袖で拭った。

ラランと同い年くらいだろうか。赤黒い髪の毛を眉毛の上でまっすぐ切りそろえられ、丸い瞳は赤かった。

汚れた訓練服のようなものを着ているようだが、膝を抱えて座っているのでよくわからない。

「・・・誰にも言わないで」

 少年はか細くラランに言った。

「わかった、言わない。」

 ラランは少年の方を見ないようにして答えた。

 しばらく沈黙が続き、気まずさに耐え切れなくなったラランが口を開く。

「水まきしよーっと。」

「・・・。」

 少年は答えなかったが、ラランは立ち上がって大きな水がめ横に置いてあるじょうろに水を汲んで、植木や花に水を与え始めた。

 少年は鼻をすすりながらラランの様子見ている。

 水をまきながらラランは少年に声をかけた。

「ねぇ、お名前なんていうの?」

 ラランが優しく声をかけた。

「・・・やだ・・・言いたくない」

 少年はそう言って膝を抱えて顔を隠してしまう。

「ふーん」

 ラランはつまらなそうに返事をするとじょうろの水を少年の頭にかけてやった。

「うわぁ!何するんだよ!!」

 突然の頭上からのシャワーに大声をあげる少年。

「あはは!お庭に勝手に入ってわがまま言うからよ!」

「わがままじゃないだろ!ちょっと貸してよ!」

 少年は立ち上がってラランのじょうろを奪おうとする。

 ラランは咄嗟に避けるが、じょろをつかみ合いになってしまう。

 じょうろの口先が取り合いの拍子であちこちに向き、あっという間にお互いずぶ濡れになる。

 びしょ濡れのお互いを見て、思わずラランは大笑いする。

 少年も釣られて大笑いする。

 ひとしきり笑うと、

「僕はダレン、ダレン・レッドレイン。君は?」

「私は、ララン。ララン・エーベルス」

 お互いの名前を伝え合うと二人はまた笑い、そこからしばらく水遊びを続けた。


 しばらく二人で庭で大騒ぎをして遊んでいると、古株の家政婦のドロシーが二人を見つけた。

大きな水がめが空っぽになるくらいじょうろと空の植木鉢とひしゃくで水を撒きまくってる二人を見て。ドロシーは悲鳴を上げた。

ラランは唇が真っ青になっており、一緒に遊んでいる少年も歯をガタガタとさせてまで遊んでいた。

ドロシーはあっという間にじょうろとひしゃくを取り上げ、二人を小脇に抱えると、そのまま走って家の中に連れ戻した。

家に入るや否や、他の家政婦に着替えを二人分持って来るように命じると、

「こんなに身体を冷やして!!叱られるのはこのドロシーなんですよ!まったく!」

そう言うとドロシーは浴室で温かいシャワーを二人に浴びせ、一人ずつ手早く見えないように拭いて着替えさせると、食堂に座らせた。

二人は並んで食堂テーブルに座らされると、テーブルに温かい紅茶と、クッキーが置かれた。

「ねぇ、ドロシー、こんな夏に温かい紅茶はないと思うの。私アイスクリームがいいわ」

ラランがおやつに文句をつけると、

「そんなに身体を冷やしているのに、まだ冷やそうっていうのですか?!いけません全く!お召し物は二人分洗って乾かしますからね!」

そう怒ってプンプン行ってしまった。

「ごめん、ララン。怒られてしまった」

ダレンがシュンとする。

「ドロシーったらいつも怖いのよ、食べましょ。ダレン!」

ラランは自分の水遊びのせいでダレンが落ち込んでしまうのが悪い気がしたので、自分のクッキーを一つダレンのお皿に入れてやった。

「・・・ありがと」

ダレンは小さく礼を言うと、もらったクッキーを口に入れた。

「ダレンはどこから来たの?引っ越してきたの?」

ラランは知りたかったことをダレンに尋ねた。

ダレンはしばらく黙ったあと、小さい声で話出した。

「僕、夏休みの間、魔法騎士の伯父様の家に来たんだ・・・。魔法騎士になりなさいって父様がいうから。

でも、訓練が厳しくて・・・・休憩の時間になって・・・いつの間にか、ラランの庭にいたんだ・・・。」

そこまで言うと、目に涙が浮かんできた。

「初めてだから、大変なのは仕方ないよ!魔法騎士か!かっこいいね!」

 ラランは慌ててダレンに声をかける。

「うん、僕のも魔法騎士はかっこいいと思う。」ダレンは涙をこらえて鼻をすする。

「私も、お父様が光の魔法使いでね、私もいつか光の魔法を使えるようになるのよ!」

ラランは威張って手を腰にあてた。

「ラランは水の魔法使いアイスレディだよ。じょうろ持ってさ。」

ダレンが笑う。

「えー!それならダレンだって同じじゃない!」また二人はケラケラと笑いあった。








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