三日目:親交

 翌日、私はマリエ様の命令通り一番に彼女の部屋に清掃に向かいました。ノックをするとマリエ様は部屋にいらして、また何か机に向かっていました。

「おはようございます。お掃除の箇所ですが、昨日教えていただいた場所と同じで問題ないでしょうか」

私が声を掛けると、マリエ様はやはり顔を上げず、いいわ、とだけ仰いました。

かしこまりました、と返事をして私は作業を始めました。清掃箇所と内容は全て頭に入っていた為、黙々と作業をしていました。


作業を始めて十分程経った頃、私が置物を拭いていると、

「ねえ」

とマリエ様が声を掛けてきました。

はい、と私が返事をして振り向くと、マリエ様は書き物を中止して私の方に体を向けていました。

「あなた、使用人一家であっちの家に住んでいるのよね。両親はまだ仕事をしているの?」

彼女は大きく澄んだ瞳で私を見据え、尋ねました。しかし表情は依然として強張ったままでした。

「はい、両親ともまだ老齢ではないので、働かせていただいております」

「病気とかも、してないわけ?」

「そうですね。どちらも健康に問題はありません」

私が答えると、マリエ様はあっそう、と言い、溜息をつきました。

「それにしてもあなた、いくら使用人だからって真面目すぎない?向こうの家でもそんななの?まるで機械みたいじゃない」

「はい、仕事はしっかり行わないといけませんし、自分の要望を言える立場ではないので、これで問題ないかと思っていますが」

マリエ様は眉をひそめ、再び溜息をつきました。


「もし・・・、もしよ・・・あなたが、使用人として生きていくことができなくなったら、どうするわけ?」

「キーズ家を解雇されたらということですか?そうしたら、新しい奉公先を見つけるだけです」

私は当然のことを言ったつもりでしたが、それを聞いたマリエ様は黙って少し目を伏せました。そしてすぐに顔を上げ、

「今日の掃除が終わったらまたいらっしゃい」

と仰いました。私は何の用事なのか疑問でしたが、かしこまりました、と言って一度マリエ様の部屋を後にしました。


 夕方になり全ての仕事が終わると、私は言いつけ通りマリエ様の部屋へ向かいました。

マリエ様は私が入るや否や、ソファに置いてあった紺色のドレスを手に取りました。そして私にそれを突き出すと、「これを着て」と言って後ろを向いてしまいました。

私は事態が飲み込めず、ドレスを手に持ったまま、

「これは・・・」

と言うことしかできませんでした。

「いいから着て」

後ろを向いたままマリエ様が言い放ったので、着る他はありませんでした。


キーズ家の令嬢にドレスの着付けをしている為、着ること自体は問題ありませんでした。しかし私にはマリエ様の意図が全く読み取れませんでした。


「あの・・・、着ましたが・・・」

私が声を掛けると、マリエ様は振り返り、私をじろじろと見回しました。勿論こういったものは着慣れない為、私は落ち着きがありませんでした。

「なかなか良いじゃない、こっちに来て」

次に彼女は、私を鏡台の前に座らせました。

「あの・・・、何を・・・・・・」

困惑した私がマリエ様を振り返ると、戻ってきたマリエ様は私の前にいくつもの化粧道具を並べました。

「あなた、どうせずっと使用人生活してて、着飾ったことがないんでしょう?少しはできるようになっておいた方がいいわ」

マリエ様ははっきりとした口調でそう仰いましたが、私の困惑は募るばかりでした。

「いえ、私は使用人の身ですから、このようなことは必要がないのですが・・・」

「いいからやるの。教えてあげるから」

そう言われてしまっては、従う他ありませんでした。


「いい?まず、これを瞼に伸ばすの。それから、この粉を肌につけて・・・」

マリエ様の指導どおりに化粧をし、纏めてあった長い髪を下ろすと、数分後、鏡にはいつもよりいくらか華やいだ自分が映っていました。

私をのぞきこんだマリエ様が、

「うん、良いじゃない。あなた元が綺麗な顔立ちなんだから、絶対化粧が合うと思ったわ。手先も器用だし」

と言ってくしゃっと笑いました。初めて見るマリエ様の笑顔でした。


相変わらず彼女の意図は分かりませんでしたが、私に敵意があるわけではないと分かり、少し安心しました。

幼い頃におこなったであろう人形遊びの延長がしたかったのかもしれないと思いました。

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