二日目:謎
私を罵倒する声。しわがれた、年配の女の声だった。罵倒は続く。何故?
恐怖を感じているのに、動くことができない。そして、再びの罵倒と共に何か熱いものが私に押しあてられた。私は泣き叫ぶ。周囲からも慌てふためく声が聞こえる。どうして、こんな——。
そこで、私は目を覚ましました。それと同時に安堵感で溜息をつきました。
たまに見る悪夢でした。いつ頃からかは覚えていませんが、昔から見る夢でした。何故同じような夢ばかり見るのか不思議でしたが、身に覚えの無いことでしたし、所詮は夢なのでさほど気にしてはいませんでした。
身支度をし、自室を後にしました。夫婦から、食事は四人で摂ろうと言われていましたので、昨日と同じ食事の間に入りました。
しばらく待っていると、旦那様と奥様、少し遅れてマリエ様が入ってきました。すぐに給仕担当から食事が運ばれ、昨日と同じように旦那様と奥様が私にあれこれと話し掛け、マリエ様は終始無言でした。食事は三人と同じものが供されたので、相変わらず豪華でした。
ひととおり食事が終わると、私は三人と別れ、すぐに仕事用具の置き場へと向かいました。
屋敷での清掃の仕事は、アンジェラという女性と二人で行うようでした。アンジェラは二十歳くらいの、淑やかで知的な雰囲気の方でした。
彼女から、昨日聞けなかった細かなことを教わり、短い間だがよろしく頼むと言われました。新入りで余所者の私にも優しく話しかけ、私の長い金髪が綺麗だとまで言ってくれました。私はめっそうもないと返し、アンジェラの黒髪の方が美しいと言いました。
仕事は基本的に一人で自分の受け持ちの場所を行うようでしたが、今日はアンジェラが付いて私の仕事を教えてくれました。彼女もまた私の呑み込みが早いと言いましたが、昨日夫婦におおよその事は教わったと説明をすると、それは自分の役目だと思っていた、説明が重複してしまったとアンジェラは言いました。私は最初に内容を知っている旨を伝えなかったことを詫び、しかし実際の清掃担当者から教えてもらったので確実に仕事を覚えられたはずだと言いました。
そしておおよその仕事が終わると、アンジェラはマリエ様の部屋の前で足を止めました。
「あとはここね。本当は私の仕事だったんだけど、——ごめんなさいね。お嬢様がわがままを言うから」
そして仕事は本人から聞いた方がいいだろうと言い、アンジェラ様は立ち去りました。私は部屋の前に立ち、ノックをしました。
すぐに、「入って」という声が聞こえてきました。
扉を開けると、マリエ様はこちらを見ないまま書き物をされていました。どうやら勉学のさなかのようでした。
「お取込み中のところ失礼いたします。お部屋の清掃をさせていただいてもいいでしょうか」
私が声を掛けると、彼女はきっと振り返りました。
「遅いのよ。私の部屋は一番に掃除に来なさい」
「大変失礼しました。明日からは、一番初めに伺います」
私が詫びを入れると、彼女は溜息をついて立ち上がりました。
「掃除の仕方を教えるから、よく聞いて一度で覚えなさいね・・・そして毎日完璧にやって」
「かしこまりました」
彼女のやや高圧的な物言いに私が動じなかったせいか、マリエ様は少々眉を動かしました。しかしすぐに、私に清掃箇所を指導し出しました。
マリエ様の要望はこと細かかったですが、私は確認を取りながら、必要なことは書き記して頭に入れました。あれこれと指図を受けながら、私はたまにマリエ様がこちらを観察していることを感じ取りました。しかし仕事を覚えることに集中していた為、そこまで気にはしませんでした。
全ての指導を終えると、マリエ様は私に向き直り、
「・・・とりあえず、仕事に対する姿勢は悪くないわね。あとは実際完璧に仕事をこなせるかどうかだわ」
と仰いましたので、私は昨日から感じていた疑問を口にしました。
「・・・失礼ですが、完璧な仕事をお望みでしたら、私のような新人ではなく、以前から担当されていたアンジェラ様が引き続き行った方が良いのではないですか・・・?」
私の発言に、マリエ様は顔をしかめました。
「・・・あの地味女の顔は見飽きたの。ちょうど新人が来たから、気分転換よ」
勿論マリエ様の部屋を担当することが嫌な訳ではなかった上、主の命令は絶対だった為、私の質問はそこで終了しました。
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