クロスロード

深雪 了

一日目:出会い


 それは旅立ちの日にはちょうど良い気候でございました。


季節は春なのですが、いかにも春といった暖かく穏やかな空気で、普段気分の変動があまり無いわたくしでも幾分調子よく歩いていました。


旅立ちというのは少々大袈裟でしょうか。


何故私のような使用人が大荷物を持って外を歩いているかと言いますと、

私リンレイ・オスカーはキーズ家に幼い頃から仕える使用人なのですが、先日兼ねてから懇意にしているウィンベル家から、一時的に使用人の手が足りなくなったので人を貸してほしいとの頼みがありました。そこで私がウィンベル家へ七日間出向することとなりました。


ウィンベル家はさほど遠くない場所にあったので、一時間も歩くと到着しました。


呼び鈴を鳴らし名前を名乗ると、使用人の方が中へ案内をしてくださいました。

使用人の身なのでこの家の中へ入ったのは初めてでしたが、ウィンベル家は私の仕えるキーズ家より少々立派でした。屋敷はこちらの方が広く、置いてある調度品も私の家より高価な物と思えました。


 来客用と思われる部屋に通されると、すぐに屋敷の当主がやってきました。

四十代くらいと思われる夫婦と、そのご息女でした。夫婦は満面の笑みを浮かべて私を歓迎してくださいましたが、十七の私と同じくらいか、少し若く見えるご息女は不機嫌そうな顔をして、最初に一瞥したきり私を見ることはありませんでした。


「この度はわざわざすまない。使用人が一人、急に一週間の暇を申し出たものでね。

食事はもう済んだかね?」

相変わらず感じの良い旦那様が聞いてきたので、私はまだですと答えました。すると食事が用意してあると言って、すぐに食事の間に通されました。


食事の間は広く、様々な調度品や生花で飾られていました。使用人の身には少々過ぎた空間であったため、私は席に座ったものの少し落ち着きの無さを感じていました。

また運ばれてきた食事も豪華で、さすがに身の丈に合わないと感じた私はそれを申し出ましたが、鷹揚な二人は、わざわざ来てもらったのだから、このくらいは当然だと笑いながら仰いました。


それからご夫婦は私の暮らしやキーズ家での仕事について色々と質問してきました。終始感じが良く、勤め先で無理をしていないかなどと私のような者の身まで案じていただいたので、とても親切な方たちという印象を受けました。


一方ご息女はというと、終始眉間に皺の寄った表情で、会話に混ざることも私に話し掛けてくることもなく、早々に食事を済ませると部屋を後にされました。元来あまり他人の顔色を窺うことの無い私は、たまたま機嫌が悪かったのだろうと簡単に結論付けました。


「娘があんな調子で申し訳ない。不快な思いをさせたら許してくれ」

旦那様が気の毒そうに私に言って頂きましたが、私はいえ、と片手を上げました。

「私は使用人の身ですから、構いません」

私が言うと、夫婦はまた気の毒そうに顔を見合わせました。

「以前はもう少し利発な娘だったのだがね。少し前から、機嫌悪く、我儘を言うようになってしまった。私たち夫婦も頭を抱えているんだよ」

旦那様の言葉に、私はマリエ様というご息女の姿を思い返しました。


長くて少しウェーブの掛かった艶やかな黒髪に、背は私より低く、大きな瞳は確かに利発そうな印象を受けました。黒い豪華なドレスがとてもお似合いでいらっしゃいました。


食事を終えた私がぼうっとしていると、夫婦は屋敷の中を案内すると言って頂きました。私は豪華な食事に対する礼を述べ、夫婦について食事の間を後にしました。


私は主に清掃婦として雇われたらしく、私が掃除をするべき場所と、仕事に必要な物置や部屋を案内されました。夫婦から受けた説明に対して確認や質問をしていると、たいへん呑み込みが早いと言って頂きました。私は確実に仕事をしなければならないので当然です、と返答しました。


清掃箇所をいくつか回った後、ある一室の前を通りかかると、中からマリエ様が出てきました。私たち一行を一瞥すると、彼女は切り出しました。


「その子、屋敷の掃除をさせるんでしょう?私の部屋も彼女にやらせて」


明瞭に、かつ早口で彼女は仰いました。それに対し、夫婦は眉をひそめました。

「お前の部屋はアンジェラがやっているだろう」

「彼女にやらせてほしいの、どうしてもよ」

高圧的に告げると、マリエ様は大きな音を立ててドアを閉めてしまいました。


二人は困った様子でしたが、溜息をつくと私に向き直りました。

「あの子の部屋も頼めるかな?その代わり応接間はやらなくていい」

私は頷き、清掃箇所はどうするかと尋ねました。

「明日あの子の部屋に行ったらマリエから直接聞いてくれ。あいつは自分のやってほしいようにやらないと気が済まないだろうから」

「承知致しました」

そして今日はもう休んでいいと言われ、私は用意された自室に落ち着きました。

私がキーズ家で使用しているより豪華な部屋で、今は客間しか空いていないのだと最初に通された時に説明されました。そして柔らかいベッドに落ち着きの無さを感じな

がらも、私はいつの間にか眠りについていました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る