3.黒の影に約束は踊る


「で、なにが、どうしてこうなった」


 しばらく後、僕は地層のように堆積したごみを前にして、頭を抱えていた。


「じゃ、厨房のお片づけよろしくねぇ! あ、時間はいつまでかかってもいから~」


 楽しげに手を振って、マリナは早々に退散する。引き留めようと伸ばした手は空を切り、僕はその……ゴミだらけの空間に取り残された。


「えぇ……うそだろぉ……。食堂はあんなにきれいなのに、どうして厨房はこうなんだ」


 ひとまずごみの状態を確認する。うん、まあ。幸いなことに、生ごみっぽいものはあまりなさそうだった。


 大半が用途不明の枯草やら乾燥した土の塊っぽいものとか、瓶に入った謎の固形物とか。そういう保存のききそうな、というより、もしかしてあえて保存しているのか?


「うん?」


 マリナが貸してくれた掃除用具と、それらのごみを見比べた。何かひらめきそうな気がする。もう一度ぐるりと厨房内を確認すると、入り口脇に薄汚れた布がかけられた『何か』が埋もれていることに気づいた。


「お、これはもしかすると、もしかするな」


 布の中をあらためる。するとそこには調理用というには大きな、『鍋』が置かれていた。


 ――――

 ――

 さて、ここでちょっと小休憩。

 僕ことドゥセルの錬金術授業の始まりです。


 今回取り上げるのは、『生きてる掃除用具』の作り方。

 皆さんは掃除道具が勝手に掃除してくれたら、と思ったことはありませんか?


 そこで登場するのは、掃除用具にかりそめの命を吹き込む、『命のもと』です。

 『生きてる掃除用具』を作るために、まずは『命のもと』を作っていきましょう。


 最初に、新鮮な草を乳鉢ですりつぶします。今回は多めに作るので、できる限り大量に……って大変なんだよなぁ。地道な作業が苦手な方は、これが終わったら乳鉢にも命を吹き込みましょう。


 そして次に登場するのは、邸宅に生息している『ヤシキワラシプニ』という生き物の核、です。この生物は魔物の一種ですが、ものすごく弱いため、だれでも手軽に倒して材料を入手できます。


 あとはワインをこっそりかっぱらっておきましょう。飲む用じゃないですよ。あ、余ったら飲んでもいいかな?


 さて、材料が揃ったら鍋に投入していきます。


 ワインで満たした鍋の中に、すりつぶした草とプニ核を投入して――あとは自身の魔力を少々。調合が高度になるほど、魔力量が必要になるし。ちょっとしたことで爆発するので――と、集中しないと。


 煮詰めながらぐるぐるとかきまわし、色が赤から薄緑に変わったら完成です。


 そしてお待ちかね。出来上がった液体を、掃除用具に振りかけると―――!


 ――

 ――――


「うん、かんぺきだ」


 さっさかっさか。ほうきが床を掃き、ちりとりがごみを回収する。はたきが埃を叩き落し、ぞうきんが床を拭き、なわがうねうねとごみをひとまとめにしていく。


 最後にゴミ箱が、ゴミ捨て場に走っていく。うん、シュール。だが、ま、楽は楽だ。


 徐々にきれいになっていく厨房で、僕は適当に調合したお茶を飲んでいた。


 どういう事情かは知らないが、この場所に残されていたごみの多くは、錬金術に使用できる素材ばかりだった。つまり、僕にとっては宝の宝庫だったわけだ。


「死霊術師の館だから、なにがあっても不思議はないか」


 勝手に納得して、お茶を飲む。うん、普通の味がほっとする。骸骨紳士の激マズ飲み物に比べれば普通過ぎるが、これはこれがいい。


 椅子を引き寄せ、傍らの窓から外を眺める。薄暗い空は夕刻に差し掛かり、赤黒い色を描き出している。遠くで枝を揺らす木々の姿は暗く沈み、不気味な影絵と化していた。


 気づけば、邸内には薄明かりが灯り始めている。死者の暮らす幸福の庭であっても、光を求めてしまうのはどうしてなのだろう。


 小さな疑問と違和感。そんなものはお茶を飲み干すころには消えていた。


 靴音を鳴らして立ち上がり、ふと、何気なく背後を振り返った時だった。暗くなった厨房の奥で、にたり、と誰かが笑っていた。


「……!」


 一歩、後ろに下がる。死者のくせに驚くなんておかしなことだが、異様な状況に慣れるほど人間を捨ててはいない。


 そこに立っていたのは、黒い髪に同色の瞳を持つ若い男だった。黒い衣装に黒マントを身に着けた姿は、アンナ・ベルの下僕たちとは印象が大きく異なっている。


 何者だろうか。死者の一人にしては、奇妙に『生』の気配を感じさせる姿だった。


「誰だ? いつからそこに」

「驚かせて申し訳ない。見事な錬金術でしたので、声をかけることを忘れてしまっていました」

「大した調合じゃない。それより質問に答えていないな? 君は誰なんだ」

「自分は『葬儀屋』と呼ばれる者です」


 『葬儀屋』はにこりと笑うと、暗がりからこちらに歩みだしてくる。人懐っこい笑みを浮かべる男に、僕はなぜか身体が引きつるのを感じた。他の死者たちとは違う。だが、生きているというには、この男は何かが中途半端だった。


「……『葬儀屋』? それが名前なのか?」

「本来の名前なんてこの場では無意味でしょう? ドゥセル」

「どうして名前を知ってる」

「アンナが言っていました。新しい下僕のドゥセル、とね」


 アンナ。親しげな呼び名と声音だった。意味もなく心がざわつき、僕は男から目をそらした。窓の外は暗い。夕日は見えず、沈んでいく空は青黒く染まっていく。


「アンナ・ベルとはどういう関係だ?」

「友人ですよ。彼女は否定するかもしれませんがね。少なくとも自分はそう思っているのですが……ああ、そうだ。ドゥセル、あなたにお願いがあって来たんです」

「お願い?」


 いたずらっぽい笑みを浮かべ、『葬儀屋』はうなずく。


「アンナに食事を作ってあげてほしいのです。とっておきの、美味しい食事をね」

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