第参骨 薔薇の木の下⑪
■終
数日後、大原氏送検のニュースが、北海道に激震を走らせた。
ヨーク神父は、結局ビデオを警察に持ち込んだらしい。そして同時に彼はマスコミ各社にもそれを流した。大原氏が財力を駆使し、罪をうやむやに出来ないように、彼は先手を打ったんだろう。やがてそれは下世話な週刊誌だけではなく、道内経済誌まで持ちきりになるほどの、大事件へと発展して、経済界にも
大原氏は殺意を立証できないとして、殺人罪こそ免れたものの、救急車を呼ぶなどの処置を怠って逃げたとして、保護責任者遺棄致死の罪に問われ、職を退いた。ストイックなワンマンな経営者として、道北経済を担っていた大原氏は、そのまま坂を転がり落ちる勢いで、数十年にわたって築き上げてきた全てを失い、出頭の日の前日に、自宅の一室で自ら命を絶った。遺書にはただ、謝罪の言葉だけが書かれていたらしい。
こうやって、ヨーク神父の
だけど、失われた物はあまりにも大きかった。
水木さんも市議を辞め、小橋さんは劇団こそ解散しないまでも、事実上前に出ることはやめたらしく、次の舞台は別の演出家に名前が書き換えられていた。ニュースや日常で彼らの名前を耳にする度、僕の心に痛みが走った。いつも
連日訪れるマスコミに薔子さんは心労で身体を壊し、
ヨーク神父はあれから日本を出て、海外での生活を始めたと聞いた。彼は司祭職を
どちらにせよ、多くの人を不幸にして、千代田明人氏の死の真相は白日のもとに晒された。自らまでをも犠牲にして、ヨーク神父は今何を思っているのだろう。
唯一の救いは、お見舞いにいった薔子夫人が、思いの外元気そうだった事だろうか。病室に入ると、薔子さんは初めて会った時と同じ、あどけない笑顔で僕らを迎え入れてくれた。
「退院して落ち着いたら、色々始めようと思ってるのよ。まずは登山ね。前にね、明人さんが引退したら一緒に山登りをしようねって言ってくれていたの。彼、大学時代山岳部に入っていたんですって」
そう頰を少し赤らめて笑う薔子さんは、やっぱりどこか子供のようで愛らしかった。
「よく
「いいですね。僕も祖父に付き合って時々山登りをしますけど、
「声をかけてくだされば、是非お供します」──そう僕が言って胸を張ってみせると、薔子さんはますます
「本当に? 山ガールデビューするには、少し
「ご心配なく。今日日登山といえば、薔子夫人よりずっとオールドなガールで一杯ですよ」
そう言って僕らが笑いあうと、まるで彼女の言葉を喜ぶように、ベッドの横に飾られた薔薇が揺れ、花弁がはらりと数枚落ちた。
霊なんていないと、櫻子さんは笑うだろう。
だけどその時、僕は薔子さんの横で微笑む明人氏の姿が、確かに一瞬だけ見えたような気がした。
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