第参骨 薔薇の木の下⑩
■漆
西島夫妻が届けてくれた、まだ五分咲きの薔薇達が、濃密な香りを漂わせるKangooの助手席で、僕は無口だった。
「なんだ、怒っているのか?」
「別に……ただ、本当にこれで良かったのかって、そう思っただけです」
「何がだ」
「全部がですよ!」
「全部、とは?」
「だから全部です! 大原さんがやった事も、櫻子さんが降霊会を
苛立ちを隠さずに矢継ぎ早に僕が答えると、櫻子さんは声を上げて笑った。
「私達が口出しする事じゃ無いだろう。君も私も部外者だ」
「そうですけど……だいたい僕は神父の復讐は、間違いだったとは思えないんです。そりゃ……聖職の人が、結婚して奥さんのいる男性と……そういう仲になってるっていうのは、良いことじゃない気がしますけど。でも大原さんは、やっぱり何らかの裁きを受けるべきじゃ無いでしょうか?」
櫻子さんが目を細め、フン、と鼻を鳴らす。
「なぁ、少年。結論というものが一つでなければならないと、いったい誰が決めたんだ?」
「だって──」
「
「でもそれを支える背骨は一本ですよ! 正しい答えは存在するはずです!」
「背骨では無い、正しくは
してやったりという風に、櫻子さんが答えた。言い返したかったけれど、悔しいことに言葉が詰まってしまった。僕はせめてもの反抗に、車のカーオーディオをミュージックサーバーからラジオに切り替えてやった。櫻子さんの大好きなバンド、聖鬼Mk-IIの曲の中でも、いっとう好きな『切り裂きジャック』の曲の最中でだ。櫻子さんが「何をする!」と悲鳴を上げたけど、僕は知らんぷりをした。
「……骨と、世の中の全てのことを、同じに考えないで下さい」
「同じだよ。骨は、人生と同じだ」
「
「いや。ニュージーランドの、土産物屋のじいさんの言葉だ」
「なんですか、それ」
「白内障になるまでは、マオリ伝統のボーンカービングの師匠をやっていたらしい。君は彼らの骨に対する──」
「もういいですよ!」
またそこから、櫻子さんの骨講座が始まりそうだったので、僕は慌ててカーオーディオをミュージックサーバーに戻した。丁度『ひ・き・さ・け!』という、櫻子さんの一番好きなフレーズの部分で、まんまと彼女は歌の方に引き寄せられた。
「……少年。君は右利きか?」
「はい?」
「利き腕はどっちだ?」
「右、ですけど……」
「そうか。直江は左利きだ」
「はぁ……?」
曲と曲の間、MCが入っている間に、突然櫻子さんが言った。そうか、在原さんは左利きなんだ……で? それが何なんですか? と僕は思った。
「子供の頃、左利きは駄目だと、いつも言われていた。左手で
「別に、実際には左利きって、そんな悪い事じゃないからじゃないですか?」
「そうだな。だがたった二十年かそこらの違いだ」
彼女の意図に気がついて、また僕の苛立ちに火がついた。
「……じゃあ、何年か経ったら、殺人だって悪いことじゃなくなると、そう櫻子さんは言うんですか?」
「そこまでは言わないよ。だが、善だの悪だのと固執する事に、何処まで意味があるのかと問いたいだけだ」
「そうでしょうか?」
正しい事を正しいと思いたい僕は、まだ子供なんだろうか。薔子さんの決断が立派だと思えるのと同時に、僕はそれが間違いのように思えてならなかった。
「それに、大原氏逮捕は本当に大変なことになるんだろう。薔子夫人はあの通りとても情に厚い人だ。その彼女が決断したという事は、彼の逮捕は避けるべきだという事だ──いいじゃないか、彼女はこれで納得しているんだ。私達がとやかく言うことではないよ。君も忘れたまえ」
そう言われても、やっぱり納得できなくて、僕は窓に寄りかかって
「……直江は明日も時間があるらしい。今度は三人で
浮かない顔の僕を見て、彼女が慰めるように言ってくれた。どうやら食べ物を与えれば、僕の機嫌が直ると思っているらしい……全く、しょうが無い人だ。
「……それにしても、カラーの事だけでよく彼が神父だと気がつきましたね」
「そのことだが……実を言うと私は以前、彼に会っているんだ」
「ええ!? また得意の洞察力とかそういう事じゃないんですか!?」
思わず声を上げると、櫻子さんがははは、と笑った。
「去年かな。直江と約束のあった日の事だ。駅前でしつこい
「そういう言い方、やめて下さい。助けて
「そうか?」
「彼はただ、自分の大切なものを守りたかっただけですよ。愛とか、正義とか、信念とか、そういうのがピンと来ない櫻子さんには、わからないかもしれませんけど」
僕の
「私が言うのもなんだがね、一つのことに
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