第参骨 薔薇の木の下③
■参
降霊会と言うだけあって、参加者の人たちはもう少し遅い時間に来るらしい。薔子夫人は僕がお寿司好きだと勘違いしたらしく(正確にはお寿司というより、魚料理全般が好物なんだけど)、わざわざ夕食にお寿司をたくさんとってくれた。
「育ち盛りでしょ? お沢さんから、
そう言って寿司
ほろっと絶妙な感覚でほどけるシャリ。思わず声が出なくなるほど美味しい、とろっとろな甘いウニ。むっちりとした近海物のひらめ。ぎゅっと身が締まって香りのいい
数時間前ばあやさんのザンギを食べたばっかりだって言うのに、僕はお言葉に甘えてお寿司をペロリと頂いてしまった。薔子夫人は最近、毎日一人の夕食ばかりだったそうで、久しぶりに華やかな夕食になったと喜んで
「男の子の食べっぷりって、胸がすくようで見ていてやっぱり気持ちいいわね。今度一人でも遊びにいらっしゃいな」と言ってくれたのも、どうやら社交辞令ではないらしい。さすがにそんなに、
デザートのもぎたてのサクランボも、これまた遠慮無く頂きながら、これで家に帰って眠れるなら幸せだろうなぁとしみじみ思った。けれど残念ながら、今日のメインはこの夕食会ではなく、あくまで降霊会だ。とはいえ、『降霊会』なんてものに参加するのは生まれて初めてだし、何をするのかもよくわからない。
だいたい僕は、昔からオカルト的なものが苦手だ。子供の頃、兄貴がレンタルしてきたポルターガイストなる古いホラー映画を観て、しばらくフライドチキンが食べられなかったぐらいだ(劇中、チキンを食べて恐ろしい思いをするシーンがあるのだ)。正直言うと本当に気が進まなかったけれど、薔子さんの朗らかな表情を見ていたら、やっぱり帰るとは言い出せなかった。
やがて夜が更けてから、僕らは庭を一望できる、ガラス窓に囲まれたサロンに通された。天気予報はやっぱり外れ、夕食の時に少しだけ雨が降っていたせいで、窓を開けると土臭くて冷えた風が吹き込んでくる。
「すっかり暗くなっちゃいましたね」
僕はぶるっと身体を震わせ、窓を閉めながら言った。夏至を過ぎたばかりで、すっかり日も長くなっていたので、明るいうちはそうでもなかったけれど、雲の隙間から半月が顔を
「降霊会って、いったい何をやるんですかね……」
「知るものか」
櫻子さんがぶっきらぼうに言った。
「そもそも私は霊など信じない」
「そうなんですか?」
「当たり前だ。人間は機械と変わらない、電気で動いているんだからな」
「電気、ですか?」
思わず僕は聞き返してしまった。
「電源ケーブルが無いですよ、なんて愚かなことは言わないでくれよ? 筋肉、心臓、網膜、胃、脳──様々な臓器が、みな弱い電流を発している。だから心電図や脳波が取れるんじゃないか。心臓だって動いている限り百ミリボルトの電流を発しているんだぞ? 特に心臓というものは、非常に単純な仕組みの機械だ」
てっきりシナプスとか、そういう事なのかと思った僕は、櫻子さんの説明に少し驚いた。でも確かに心電図という文字を改めて考え、そういう事なのかと納得した。
そういえば子供の頃、心電図の検査と言って病院の先生が手に電極を貼ったので、心臓なのにどうして胸に貼らないんだろう? と疑問に思った事があったけれど、ようするに手は導体だったんだな。
「そっか、電気なんだ……でも機械って、まるで物みたいな言い方ですね」
「金属で出来ているか、肉で出来ているかの違いだろう。個々は単純な仕組みだが、総合して考えると、人間はとても複雑に組み上げられているといっていい。いいか? 人間を動かしているのは魂ではない、電力だ。従って降霊術などナンセンスだ」
そう面倒くさそうに言うと、櫻子さんは少し冷たくなり始めた紅茶を一口がぶりと飲んだ。仕方ないなぁと思いながらも、自信たっぷりに櫻子さんがオカルトを否定してくれたお陰で、僕の恐怖心が緩む。ふーっと深呼吸して、僕も紅茶を一口飲んだ。北海道で最初の紅茶専門店だという、
「それにしても、なんだか凄い顔ぶれですね」
サロンには参加者がちらほら集まってきていた。人が揃うまでの間にポットの中ですっかり濃くなってしまい、少し苦みが出始めた紅茶に濃厚なミルクを足しながら、僕はサロンを見渡して言った。櫻子さんが興味無さそうに鼻を鳴らす。
「あの人は道北圏で広く展開しているスーパーチェーン、オープンフィールドグループの
「詳しいな」
「櫻子さんが、世の中について興味が無さ過ぎるだけです」
とはいえ、劇団のオーナーさんは、たまたま今は全国区で人気を博している、僕の大好きなタレントが、昔その劇団に所属していたって事で知っているだけだし、スーパーの会長も、たまたま昨日の夕方の、地元情報番組で特集が組まれていたので、記憶に新しいというだけだ。ドヤ顔で櫻子さんに説明したものの、別に僕が財政界やセレブ界を
今日の会を開くきっかけになったという市議の水木さんは、準備で出入りの激しい薔子さんに代り、愛想よく来客者の相手をしていた。旭川の開発の推進派の水木さんは、「市民と支える街、市民と一緒に作る街」をスローガンに掲げ、自転車で街を走る市議として、タウン紙に取り上げられたこともある人だ。丁度選挙事務所が通学路にあって、よく事務所から自転車で出ていく姿を見るので、変な人だと思って調べてみたら、どうやらそういう、市民寄りの政治を売りにしている人らしい。
彼がきっかけで、旭川ではサイクル&バスライド駐輪施設整備が進められている。ようするに、バス停周辺に駐輪場を設置し、自転車→バスという通勤をスムーズにして、バスの利用者を増やそうという事だ。
自身も体力作りを兼ねて、休日にマウンテンバイクで市外や近郊に出かけたりしていると、タウン紙のインタビューにあった通り、顔はよく日焼けしていて、がっちりと引き締まった体をしている。議員と言うよりも、体育教師のような精力的な雰囲気の人だった。その横にいる大原会長の方が、よっぽど政治家が似合いそうだ。
そんな大原会長は
二人から少し離れたところで、僕らと同じように紅茶を飲んでいるのが、劇団Linusのオーナーで、脚本や舞台演出も手がけている
お客はもう三人来る予定だったのが、体調不良などの急な理由でこられなくなったそうだ。本当は怖くて来たくないだけなんじゃないか? と思ったのは、もしかしたら僕自身がそうしたいからだろうか。それとも何か霊的な力が邪魔をして……なんて事も考えたけど、ますます怖くなってきたのでやめた。
結局、今日の出席者は上記の三名と、水木さんと話をしていた大原会長以上に恰幅の良い派手なご婦人(よくわからないけれど、誰か有名な人の奥さんらしい。けれど名前を聞いたところで僕には見当も付かなかった)と僕ら、そして主催の薔子夫人の計七人らしい。
この人達の中で、僕はなんだか場違いだし、櫻子さんも不機嫌そうなので、やっぱり帰ろう……と、そう思った時、どうやら霊媒師という、なんだかいかにもといった感じの黒いフードを
知り合いだという水木さんが、立って
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