第17話【閉店後2 黒幕】

 この町に様々な商会の会頭が集う。それは、クランフォード商会の知名度を上げる、この上ない好機となる。


「ここにつくんは1週間後ってとこやろな。とはいえ、あんさんらだけやと、厳しいやろ? 従業員の募集はどうなっとるん?」

「役所で募集の告知をしてもらってます。4日後に面接の予定です」

「4日後か。それまであんさんらだけで店回すんはむりあるやろ?」


 言われるまでもなく、それは自覚していた。今日は何とか乗り越えたが3人体制では無理がある。


「せやから、提案や。わてらの従業員を幾人か派遣させてもらうわ。あんさんらの従業員補充が終わるまで好きにつこうてくれてかまへん。かわりにわてらと専属の卸売り契約を結ばんか?」


 俺は父さんと顔を見合わせた。アナベーラ商会の従業員を派遣してもらえれば、当面の危機は乗り切れる。専属の卸売り契約もクランフォード商会にとってもメリットが多い。他の力ある商会に強引に卸売り契約を迫られた際にアナベーラ商会との専属契約が防壁となってくれる。逆に、アナベーラ商会のメリットが少ないのだ。父さんがミッシェルさんに聞く。


「非常に魅力的なご提案ですが、それではアナベーラ商会のメリットがないのでは?」

「まぁ、先行投資やな。アレンはんは、ほんに大したもんや。今後、国中にその名が広がるやろうな。今のうちに恩を売っておくんも悪うない」


 顔が赤くなるのを感じる。家族以外の人からこんなに褒められたのは初めてだ。


 父さんが頷く。


「そういうことでしたら私共としては願ってもない話です。ぜひお願いします」


 父さんの返事を聞いたミッシェルさんが手を鳴らすと、ミッシェルさんの後ろに女性が現れた。突然のことに俺は悲鳴を上げそうになる。


「ああ、紹介しておこうかの。アナベーラ商会、会頭秘書のシャムル=ターナーや」

「シャムル=ターナーです。お見知りおきを」


 シャムルさんはまるで機械のように無表情に挨拶をした。ミッシェルさんに何かを手渡した直後、一瞬にして消えてしまう。突然現れ、一瞬で消えたターナーさんに俺達は挨拶を返すことすらできなかった。


「かんにんな。シャムちゃんは有能なんやけど不愛想な子でな。『転移』の達人やさかい、困ったときは助けてもらいや」


(ちょっと待て。今『転移』って言ったよな? それってまさか!?)


「さすがアナベーラ商会ですね。『転移魔法』を見たのは初めてです」


 父さんの言葉で確信する。


(『転移魔法』! やっぱり魔法ってあるんだ! 俺も使えるのかな。聞いてみたい!)


「あ、あの……転移魔法ってどうやったら使えるようになるんですか?」

「やっぱり男の子やねぇ。魔法に興味あるんか? まぁ、魔法についてはわてもよう知らんのよ。シャムちゃんは『使える人はいずれ必然的・・・に使えるようになる』言うてたけど、それ以上はわれにも教えてくれなかったんや」


 (必然的に? どういうことだ?)


 詳しく聞きたかったが、ミッシェルさんもわからないらしく、それ以上は聞けなかった。


 その後、父さんとミッシェルさんが、派遣される従業員の人数、専属の卸売り契約の条件等、細かい詰めを行った。


「こんなもんやねぇ」

「そうですね。本当にありがとうございました。最後に1つお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「かまへんよ。ちなみにわては愛する夫と娘がいるんで夜のお誘いはかんにんな」

「私も愛する妻と子供達がおりますので。そうではなく、ドット商会のことです」


 ミッシェルさんの目が細くなっり、明らかに空気が変わった。


「――あんさんらに関係あるところは全部話したと思うんやけど他に聞きたいことがあるん? 変に首突っ込むと怪我しいよ?」


 空気が重い。しかし、父さんはかまわず続ける。


「私が聞きたいのは、今回の件、誰が描いたか絵なのか、です。」

「――ほう」


 さらに空気が重くなった。ミッシェルさんがちらりと俺を見る。ただ見られただけなのに、そこしれぬ圧力を感じた。本能的に逃げだしたくなる。


 だが、父さんは俺達の前でこの話を始めた。俺達はこの話を聞くべきだと思ったのだ。なら、逃げるわけにはいかない。


 少しするとミッシェルさんがゆっくりと視線を戻し、お茶を飲んだ。


「なして、そないなこと気にするんや?」

「ガンジールと話をしましたが、奴は小物です。とてもじゃないが、組織的に商品の横流しをするような器じゃない」


 ミッシェルさんがあごで続きを促す。


「とすれば、黒幕がいるはずです。黒幕の目的が金ならばまだいいですが、そうでないとすると我々も無関係ではない」


 ミッシェルさんは黙って父さんの話を聞いている。その目は父さんを見定めているように見える。


 しばらくして、ミッシェルさんが口を開いた。


「――あんさんには何が見えとる? 何を心配とるん?」

「私の中での最悪は、黒幕の目的が『この町の弱体化』だった場合です」


 ミッシェルさんの眉がピクリと反応した。父さんが続ける。


「この町はこのあたりで一番栄えている町です。この町の物流が途絶えたら生活にできない町がたくさんあります。我々の町もそうです」

「――――なるほど。そこまでわかっとるんね」


 ミッシェルさんが息を吐くと場の空気が弛緩した。


「わてもあんさんと同じ考えや。今回の件、ガンジールごときが描ける絵やない。黒幕がいるんやろなぁ」

「……アナベーラ会頭はどこまでご存じなんですか?」


 今度は逆に父さんが聞いた。


「あんさんも気付いとるんやろ? あの匂い」


(匂い? そういえば、ガンジールから酸っぱい匂いがしたな。香水の匂いかと思ってたけど)


「お酢のような匂いがしていましたね。あの瘦せ具合からみてもしやと思ったんですが」

「まず間違いなく、ヘロインやってるやろな。それも改造ヘロインを」

「改造ヘロイン?」


 予想外の単語に思わす反応してしまった。父さんとミッシェルさんがこちらを向く。


「あ、すみません」

「かまへんよ。わからないことは素直に聞くんが一番や。それにこうなったらあんさんらも知っといた方がええ。ユリちゃんもこっち座って聞きや」


 いつの間に名前を伝えていたのか、ミッシェルさんが壁際にいたユリを呼んだ。ユリも俺達の話が気になるのだろう。素直に俺の隣に座った。


「改造ヘロインちゅうんは、もともとは軍でつこうてた尋問用の薬物や。中毒性、依存性が普通の薬物とはけた違いなんやが、酸っぱい匂いが強いんが特徴やな。匂いでバレるんで一般に出回ることはまずない。が、誰かを操ろう思うたらこれほど有効なもんもそうはないんや」

「操る、ですか?」

「そうや。依存性がヤバいから少量で薬から離れられなくなるやろ。そんで、中毒性がヤバいから薬のために何でもする。どこでも手に入るもんやないから操り主の言うことを聞くしかなくなる。な? 簡単に操り人形になるやろ?」

「……そう、ですね」


 言っていることは分かるが、理解ができなかった。そんな非人道的なことをする奴がいると思いたくなかった。


「ガンジール……さんは元に戻るんですか?」

「わての医療チームが言うんに、もう回復の見込みはほとんど無いそうや」

「そんな!」

「世の中にはな。そんなん何とも思わん奴がぎょうさんおるんよ。むしろ権力もっとる奴はそんなんばっかや」


 俺はうつむいてしまう。


「あんさんが気にすることやない。ガンジールの自業自得や」

「…………黒幕の目的がこの町の弱体化というのはどうしてわかるんですか?」

「ガンジールのやってきたことを考えるとおそらくっちゅう話やけどな」


 ミッシェルさんはそう言うが、確信があるのだろう。


「ガンジールはこのあたりの商品を買占めて高値で販売しとった。市場価格は高騰し、町民の財布のひもは固くなり、景気が悪化する。特にガンジールは食料品と武器を買占めとった。そうなると、一番困るんは治安部隊や。治安部隊の活動が鈍感すれば治安も悪なる。ただでさえ、景気が悪い中、治安が悪なれば、暴動が起きてもおかしない」


 暴動……その言葉に恐怖を感じる。可能性とはいえ、自分達がまきこまれる可能性があったのだ。


「この辺りはもともと治安もいい場所やから実感ないかもしれんけどな。貧民街では犯罪が多発していたらしいで。毎日のように治安部隊が出動しとったからな」


 確かにこの辺りは治安がいいが、治安部隊の動きが鈍いのは感じていた。露店の時や開店時のゴミ騒動、それに今日のミッシェルさんが来た後の大混乱はどれも治安部隊が来てもおかしくない事態だった。


 だけど、治安部隊から注意すら受けていない。おそらく、それどころじゃなかったのだろう。


「誰が……そんなことを……」


 そんなことを狙って起こそうとしたやつがいる。俺は初めて人の悪意というものを感じていた。


「黒幕はわからん。ただ、手掛かりはつかんどる」

「本当ですか!?」

「改造ヘロインの出所をさぐっといたら、ドット商会に勤めとる女にたどり着いたんよ。『ルーミル=オーティス』言うてな。あいつは間違いなく何か知っとる。今、わてのごうもn……尋問チームが取り調べとるからに、何かわかったら教えたるわ」


 今、拷問チームと聞こえたが…………聞かなかったことにしよう。


「ほな、遅くなってしもうたから今日のところはこれでおいとまさせてもらいますわ。明日からよろしゅう頼んます」

「「「よろしくお願いします!」」」


 俺達はそろってミッシェルさんを見送る。帰り際、ミッシェルさんが俺に囁いた。


「アレンはん。あんさんは純粋で正直や。本来それは美徳やけど、世の中そんなに甘くない。わてとリバーシで対戦した時のような狡猾さがないと、いずれ食われてまうで。用心しぃや」


 そう言ってミッシェルさんは帰って行った。


 俺はその言葉を肝に銘じた。……銘じたつもりだったのだ。

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