第16話【閉店後1 真意】
入ってきた女性に俺は目が釘付けになった。この世のものとは思えない美しさに畏怖さえ感じる。俺はその女性の顔を直視できず、視線を下げた。すると、見覚えのある、というより、一度見たら忘れない胸部が目に入ってきた。
(――あのお胸は!)
「どこみとるん?」「おにいちゃん?」
前からはからかうような声が、そして後ろからは蔑んだ声が聞こえる。
「見られとるほうは、意外とどこ見られとるかわかるんよ」
「え、いや…………お、お待ちしておりました。ミッシェル様」
「ヴェールを外して会うんは初めてやったと思うんやけど、よくわてやとわかりんしたね?」
(しまった!)
「え、ええっと……その」
「まぁ、こんなしゃべり方しとるん、この辺やとわてくらいなもんやから分かっても不思議やないんやけどな」
「…………」
(はめられた!)
ミッシェルさんは心底楽しそうな笑みを浮かべている。背中に、ユリの冷たい視線を感じる。
「あ……えっと……立ち話もなんですし、応接室にご案内しますね」
クスクス笑っているミッシェルさんとジト目のユリを連れて応接室に向かう。
「こちらが応接室です。会頭の父を呼んでまいりますので、少々お待ちください」
ユリにお茶の準備をお願いして父さんを探しに行く。
(そういえば、父さんは応接室の確認をしていたはずだけど、どこに行ったんだろう? って、あ!)
応接室を出て、すぐそばの廊下の角からこちらをうかがっている父さんを見つけた。
「父さん……何してるの?」
「いやぁ、アナベーラ会頭がヴェールを外されてたからな。心を落ち着けていた」
どうやら、ミッシェルさんが店に来た時に父さんもいたらしい。ミッシェルさんの余りの美しさに、一度離れて落ち着いていたのだという。つまり、俺を置いて逃げたということだ。
「…………帰ったら母さんに言いつけてやる」
「! ちょ! 待った! 悪かったって! アレン!」
父さんは何とか俺をなだめようとしたが、決心は変わらない。ミッシェルさんを待たせているので、父さんを連れて応接に戻る。応接室のドアをノックすると、ユリが扉を開けてくれた。
「失礼します」
父さんが応接室の中に入ったので、俺も続いて入る。ミッシェルさんはソファーに座ったままユリの入れたお茶を飲んでいた。壁際にお茶を入れ終わったユリが待機している。
俺達はミッシェルさんの向かいに座った。
「お待たせしてしまい、申し訳ありません。ミッシェル様」
「かまへんかまへん。忙しいところ、時間とうてくれておおきにな。それに昼間はわての商会のもんが迷惑かけたさかい、誤らないけんはわてのほうや。ほんに、かんにんな」
そういってミッシェルさん頭を下げる。俺達は驚愕した。ミッシェルさんの胸部をうえから覗く形になったから――ではなく、アナベーラ商会の会頭が俺達のようなひよっこ商会に頭を下げたからだ。
普段は冷静な父さんもさすがに驚いたようで、慌てて返事をする。
「頭を上げてください。我々としては、アナベーラ会頭には感謝しているんです。おかげさまでリバーシは予定以上の売り上げを見せています。これは、間違いなくアナベーラ会頭のおかげです。ですので、どうか頭を上げてください」
ミッシェルさんほどの方に頭を下げられ続けるのは、恐縮だったのだろう。父さんが頭を上げるように懇願する。けして、母さんが怖くてという理由ではない――――と信じたい。
父さんの懇願が届いたのか、ミッシェルさんが頭を上げる。
「謝罪の押しつけは、こっちの自己満足やね。でも、今回のことでほんに助かったんはわての方なんよ」
「? どういうことですか?」
「そうやね。したら順番に説明させてもらいましょか」
そういってミッシェルさんは話し出す。
「さて、なにから話そうかねぇ。
とりあえず、わてがこの町に来た理由から話そうかね。
わてがこの町に来たんはこの町の支店の噂を聞いたからなんよ。
なんでも、この町の支店は品薄やと。特に食料品はしょっちゅう品切れになっとるってな。
せやけどな。支店から送られてくる帳簿を見た限り、入荷量は多いし売り上げは悪いしで、そんに売り切れとるようには見えんかったんよ。
特に悪いんが食料品で、売れ残った食料品は定価の5割で業者に回収してもろうてはることになっとったんや。
これはなんかある思うてな。調査することにしたんや。
とはゆうても、わてが動くと周りが騒ぎおってからに抜き打ち調査なんかできへん。わてが調査に来るいうんがバレたら
そこで、わてがこの町に来た理由は市場調査やゆうことにしたんや。掘り出し物がこの町にあるって情報聞きつけたゆうてな。
カモフラージュのために露店で適当な商品見つけて支店に行く予定やったんやけど、あれががっつり警戒しとってな。支店に入るどころか、あれに会うことすらできへんやったんや。まぁわてながら無理あるかなぁとは思ってたんやけど。このままじゃ調査できへんし、どないしよ思っとたんよ。
そん時な。アレンはんのリバーシの噂を聞いたんよ。
3日前に面白いゲームを売っていた露店が、今日も開いとる聞いてな。『これや!』思うて露店に向かったんや。
そしたらほんに面白いゲーム売ってるあんさんらを見つけてな。ゲームを楽しませてもろうて、身内用3セット買わせてもろうたんや。
おかげですっかり、あれは油断したみたいでな。
わてがこの町に来た理由はアレンはんとリバーシに興味があったからやと思うたらしい。
あれ自身もあんさんらに興味を持ったんか自分でリバーシを買うために店を出たきいてな。その隙に店を調べさせてもろうたわ。
店に入ったら簡単に裏帳簿を見つけられて、確認したら真相はすぐにわかったわ。
あれは支店の商品をドット商会に売っとったんよ。
帳簿上は5割で業者に回収しとることにして、実際は定価の8割でドット商会に売って差額を着服しとったんやね。
ドット商会はドット商会で、横流しされた商品を定価以上の価格で売っとったみたいや。
ここらで食料品を扱っている店はそうない。アナベーラ商会で買えへんなったら、高くてもドット商会で買うしかないからな。
あこぎな商売や」
そう言ってミッシェルさんは一息つく。ミッシェルさんの話を聞いてバルダが捕まった理由は理解できた。商品を横流しして売り上げを着服していたんだ。そりゃ捕まるだろう。
しかし、ガンジールは? 今の話だとあいつは横流し品を買って高値で売っていただけだ。クズではあるが、ミッシェルさんが手をくだした理由がわからない。
そう考えていると、父さんが口を開く。
「ドット商会が購入していた横流し品はアナベーラ商会の物だけですか?」
「…………あんさんもなかなか切れ者やね。お察しの通り、他の商会の商品が多数ありんした。今頃、いろんな商会の会頭がこの町に向かっているやろね」
俺は驚きを隠しきれなかった。ガンジールの事もバルダの事も頭から消え去る。
(いろいろな商会の会頭がこの町に向かっている? それって、クランフォード商会にとって知名度を上げるこの上ないチャンスなんじゃ)
ミッシェルさんを見るとにっこりとほほ笑んでいた。
「だから言うたやろ。『幾人かが、そのうち買いにくると思うから気張りやす』って」
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