第14話【開店初日3 妨害2】

 父さんを送り出し、1時間が経過した。列は伸びてはいないが短くもなっていない。最後尾を離れて店内のユリのもとへ向かう。


「今何個売れた?」

「140個目! ――お待たせしました! こちらリバーシです」


(このペースでいくと、後30分もしないで売り切れてしまう。今並んでいる人の分はあるが、そろそろ売り切れ間近なことをアナウンスするべきか。

 ユリが頑張ってくれてるから何とかなってるが、もう1時間だ。そろそろ休憩させないと持たないな。父さんが戻ってきたらユリを休憩させよう)


「わかった! 父さんが戻ってきたら変わってもらうからもうちょっとだけ頑張って」

「まだまだ大丈夫だよ! ありがとう! ――いらっしゃいませ! 1セット1000ガルドです!」

 

 店内をユリに任せ、最後尾に向かう。あまり長く離れると危険だ。今のところ、おとなしくしているが、ガンジールからの嫌がらせも警戒しなければならない。


「お前、横入りすんじゃねぇよ!」


 列の後ろから怒声が聞こえた。


(しまった! 離れすぎたか!?)


 慌てて怒声が聞こえる方に向かう。店舗の敷地から出た直後、店内からは見えない場所で、男性がガンジールに詰め寄っている。


「そこまでです! 何をもめているんですか?」


 俺は男性に聞いた。


「こいつがいきなり割り込んできたんだよ!」

「――ガンジール、お前……」

「何のことでしょうか? 私は列に並んだだけですよ。あなたは割り込むところを見たんですか?」


 ガンジールが俺に向かって言う。確かに、俺は割り込むところは見ていない。


「それともこの店は客を差別するんですか?」

「何言ってやがる! いきなり割り込んできただろ!」

「はて? 私は前からここに並んでいましたよ。そこのあなた見てましたよね?」


 ガンジールは自分のにいたお客さんに聞いた。


「え、いや、後ろは見ていなかったから…………」

「まぁまぁそういわずに、よく思い出してください」


 そう言ってガンジールはお客さんに何かを握らせる。


「――あ、そういえば後ろにあんたがいたな」

「ほら、彼もこう言っています」

「てめえ! きたねぇぞ!」


 男性がこぶしを振り上げる。


(まずい! 暴力沙汰になったら営業中止になるかもしれない!)


「待ってください。大丈夫です。お気持ちはわかります。私共はこいつ・・・に商品を販売する予定はありません」


 俺はきっぱりと言い切る。男性は少し落ち着いたのか、こぶしを下ろしてくれた。


「お客様が殴ってしまうと、お客様が捕まってしまいます。こいつの対処は私に任せてもらえませんか?」

「――ああ。わかった。騒いで悪かったな」

「いえ、こちらこそ。ご不快な思いをさせてしまい申し訳ありません」


 俺は男性に頭を下げる。男性は手を振って気にしてないと伝えてくれた。


「さて」


 俺は、ガンジールとその前にならんでいるお客さんに向き直る。


「ガンジール。それから、その前にならんでるあなた。列から外れなさい」

「え!?」


 前に並んでいたお客さんは、自分は無関係だと思ったのだろう。驚いた表情を浮かべている。


「お金で列に割り込む者やそれを認める者にリバーシを売る気はありません」


 俺がきっぱりと言い切るとガンジールがニヤニヤ笑みを浮かべる


「やれやれ。やはりあなたはお客さんを差別するんですね!」


 ガンジールは周りに聞こえるように声を張り上げる。


「見たところ、彼はアナベーラ商会の従業員のようだ。クランフォード商会はドット商会とアナベーラ商会相手に商売したくないようですね!」


 アナベーラ商会の名前に周囲がざわつく。


(アナベーラ商会って……ミッシェルさんの商会だよな。こいつ、本当にアナベーラ商会の従業員なのか? ガンジールのはったりじゃなく?)


 俺は前に並んでいるお客さんに聞いてみた


「あなたは、アナベーラ商会の従業員なんですか?」

「そ、そうだ! 俺はアナベーラ商会の支店長を務めるバルダ=オーウェンだ! 俺にケンカを売るってことはアナベーラ商会にケンカを売るってことだぞ!」


 支店長と聞いて状況が理解できた。おそらく、ガンジールはこのバルダって男のことを知っていたのだろう。金を渡せば、彼が自分の味方をすることも。列に並んでいる彼を見つけて、彼の後ろに横入りし、この騒ぎを起こした。そして、俺が彼まで列から外れるように言ったから、これ幸いとアナベーラ商会の名前を出したわけだ。


 はっきり言ってアナベーラ商会に目をつけられたら、クランフォード商会など一瞬でつぶされるだろう。それほどにアナベーラ商会の影響力はでかい。実際、今の騒ぎを聞いて新しく列に並ぶ人がいなくなった。並んでいる人達もそわそわしている。このまま引き下がるわけにはいかない。


 俺は声を張り上げる


「そうなんですね。アナベーラ商会の支店長がドット商会の支店長からわいろを受けっとったなんて驚きです!」

「「――な!?」」


 ガンジールとバルダが目を見開く。


「まさかまさか、ガンジール=ドットがアナベーラ商会ににわいろを渡して便宜を図って・・・・・・もらうとは! そして、アナベーラ商会のバルダ=オーウェンがわいろを受け取って便宜を図る・・・・・とは! そんなことがあるなんて驚きました!」

「な、なにを言っている!? 俺はわいろなんて受け取っていない! 誹謗中傷はやめてもらおうか!」


 慌ててバルダが反論してくる。


「え? さきほどガンジールから受け取ってましてよね? お客さん見てましてよね?」


 俺は先ほどバルダを殴ろうとしていた男性に聞いた。


「おう! 見ていたぞ! そいつが金を渡すのも! こいつが金を受け取って便宜を図る・・・・・のも!」


 男性は俺の意図をくみ取って、便宜を図る・・・・・と言ってくれた。やったことは列の横入りだが周りの人への印象は最悪だ。


「わいろってまじかよ」

「ガンジールか。あいつならやりかねないな」

「受け取った相手はバルダか。あいつらしいな」


 ガンジールもバルダも日ごろの行いが悪いのか、うわさはどんどん広がっていく。皆、あいつならやりかねないと思っているようだ。


「――そこまでにしとくれやす」


 けして大きな声ではない。しかし、その場にいた全員が静まり返るほどの透き通った声が響いた。自然と人々が割れて、声の主から俺達までの道ができる。


「なんや、わての商会の名前が聞こえたさかい立ち寄ったが、おもろいことになっとりやすなぁ」


 白いヴェールで頭と顔を隠していても、彼女だと分かる。アナベーラ商会会頭のミッシェル=アナベーラがそこにいた。

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