第2話 28/29
「犯人は…… 」
テオは群衆の中の一人と目があう。目があった瞬間その人物は「私よ」と言った。その言葉を受け、一部の聴衆が言葉の主を避けるようにして動いた。自然と一人を中心にして空間が現る、その中心に立つのはリントだった。
「よく気が付いたわね」とリントが言うと同時「まてまてまて、リントはテルトスの殺害当時7階層にいたはずだ」と組合長が言った。
「はい、テルトスさんが5階層の鍛冶屋で防具の修理を依頼したと同時刻に7階層の簡易宿で個室利用の手続きがリントさん自らの手で行われています」とテオが組合長の目を見ながら言った。
「だろうがよ!」
「しかし、リントさんが手続きを済ませてから5階層に向かうまでの時間は十分にありました」
「バカ言ってんじゃねえ! 6階層には魔法使い泣かせのモンスターがうじゃうじゃ居てんだ、いくら当代最強の魔女様でも単独で踏破は不可能だ!」
「ええ。その情報を僕に教えてくれたのは確か組合長さんでした。また当時7階層および6階層にいた冒険者の中でいわゆる前衛職と呼ばれる方たちは皆、誰かと行動を共にしており。リントさんと共に6階層を移動することは不可能でした」
「じゃあリントには犯行は不可能じゃねえか!」
「ええ、そうなんです。迷宮が通常の状態であれば不可能でしたでしょう、でも残念ながら当時の状況は違っていた」
「何が違うってんだよっ……!」
そう、組合長が凄んだ次の瞬間。
「もういいのよ!」
そう叫んだのはリントだった。
「リント。おめぇ……」
「組合長さん、殿下の言葉を思い出してみてください。賊に襲われたのは帰りだったと、そう仰いました。戦闘中ではなく帰りだと、そう仰ったのです」
「帰り…… 確かにそういったな……」
「不思議ではありませんか? なぜ、戦闘中に襲わなかったのでしょう?」
「そりゃあ戦闘中は周囲を警戒をしているからで…… いや、まさか。そうなのか」
「そうなの」そう言いリントはツウに両手をさしだす。ツウは「本日は非番ですので」とナイフを持たない方の手でリントの手を優しく包み込んだ。
「そうなのよ」リントが再び口を開いた「殿下の為にね。
「なんと、まあ」
「殿下を襲った賊もこう証言してますにゃ。なぜかあの階層だけは全体的に静かだった、俺がその階層で見たモンスターは特に大きいモンスターが1匹とその取り巻きのモンスターが数匹だけだったと。対象が…… 対象というのはまさしく殿下の事ですが。対象がその特に大きいモンスターに挑み始めた時、絶好の機会だと思った。勝つにしても撤退するにしても、戦闘後に必ず油断が生まれるはずだと、特に勝った後ならなおさら。とにゃ」言い終えるとリントの目を見る「非番ですので、後ほどしかるべき機関に出頭の際はお供いたしますにゃ」
「そうなんです。思い出せばです、組合長さん、僕が5階層の危険地帯を探索した時です。僕もはじめは緊張こそしましたが、次第に慣れました。気が付いたら普通に森を歩くのと変わらない警戒感でといいますか。迷宮の危険地帯をモンスターにおびえながら歩いたなんて記憶が無く。王弟殿下から6階層でのお話を聞いた瞬間にもしかしてと、相成りました」
「そうだった、俺も剣こそ抜きはしたが警戒なんてこれっぽっちもしていなかった」
「はい、そして6階層というのも状況しだいではそうだったのではないかと。そう思った訳です」
「なるほどね」
「さらに言えばですが。組合長さん、たしかあなたはこう言いました5階層の森林地帯を捜索することを決めたのは憲兵だと」
「そうだったな、血痕がどうとか遺留品がどうとかで、専門家は違うねぇと思ったのを覚えているよ」
「ええ。しかし、僕はカッツォ中尉からは管理組合の方から打診があったと、冒険者どうしで危険地帯で争った末の犯行だろうと、その情報に基づいて捜査が決められたと。そう聞いているんです」
「ふむ、俺ぁそんな事、言ったっけなぁ」組合長は頬をポリポリとかいた。
「私よ」リントは傍にあった椅子に座り言う「私が吹き込んだの、魔素酔いで先に地上に戻ることになった捜査官にね。貴方が…… 組合長がそう言っていたわって」
「にゃるほど。捜査の指揮を執っていたのは地上にいる者だったからにゃあ」
「ええ」テオがネクタイを直すと言う「誰かが捜査を危険地帯に限定させて混乱させているのは明らかでした。そうでなければ誰かが崖上を捜索して凶器が見つかっていたでしょう。いわば情報操作があったようでした。そして、そんな事が出来るのは組合長さんや食堂のおばちゃん達、それにリントさんでした」
「なるほど、あの時からアインさんは犯人を絞り込んでいたって訳かい」
「はい、僕は組合長さんと違って殿下の襲撃については知りませんでしたからね。少なくとも犯人は誰か考えながら動いていました」
「そうか…… 俺は賊が犯人だと決めつけちまってたな」
「やはりそれは仕方がないと言うべきでしょう。凶器についても同じものが使われていればなおさらです」
「そうだな…… しかしだ」
「ええ、しかしながら、件のナイフは大量生産品で魔法使いは護身用のナイフを持ち歩ているのが常です。リントさんの持ち歩くナイフが件のナイフだという可能性は高い」
「そういうこったか」組合長がそう言い終えると聴衆から一人の男が口を開けた。
「すまねえが腑に落ちんところがひとつある」
「なんでしょう」とテオが男に答える。
「リントの腕前、ナイフという獲物では圧倒的に不利だ。万が一にもテルトスを殺せたと思わねぇ」
「にゃあ、それは先ほど説明した幻影で……」
ツウが答えた矢先。
「それは違うわ中尉さん」とリントが訂正する。同時にテオも「違うよツウ」と言った。
「にゃ、昨日までそうじゃないかと言ってたのはお前にゃ」
「はは、ついさっきね、ひらめいた」そう言うとテオは聴衆の質問をした男を見た「僕を始めカッツォ中尉や憲兵、要は今回の捜査にあたった人たち、だけでは無いですね、質問をくださった貴方までもです。テルトスさんは戦闘の末に殺されたと、そう思った。やはり現場が迷宮だからでしょうか。もし刺されたのが街中ならどうでしょう、ポロのどこでもいい、もちろん王都のどこかでもいいです」
テオが右手を上げると「ツウ、例のナイフを貸してくれるか」と言った。
「ひらめいたねぇ」ツウがしぶしぶといった表情で歩き出す、ナイフを持ち変えるとテオに渡した。
「ありがとう」とナイフを受け取ったテオは両手を広げる、すると包み込むようにツウに抱き着いた。
「にゃにゃにゃにゃにゃ、人前だぞ」
「まあジッとしてて」
テオの左手はツウの肩を抱き、右手が腰に回った。いわば抱擁だった。
「二人は婚約者同士でした、正確にはテルトスさんがリントさんに結婚を申し込んでいました。また、犯行現場は迷宮内とはいえ安全地帯でした。そして、ここからは想像ですがリントさんは偽りの返事をした、申し込みを受け入れるとね。するとどうでしょう、街中とあまり変わらない安全が確保されている場所で、そういった状況であれば、こういう体制になるのは世の常ではないでしょうか…… 」
「そして」言いながらテオの右手だけ腰から離す、そして右手に順手に握られていたナイフを逆手に持ち変えた、自然とナイフの切先がツウの背中を向く。すると聴衆の中の数名の婦人からヒッと悲鳴が上がった。
「にゃるほど」その声を切っ掛けに二人は疑似的な抱擁を終えた。
「被害者の傷の位置やナイフの角度、テルトスさんにリントさんの身長、腕の長さ。いろいろと説明が出来るかと思います。リントさんはテルトスさんを刺した、突き落としたのかテルトスさん自身がバランスを崩し自ら落ちたのかはわかりませんが、ナイフを抜くと被害者はがけ下に落ちた。後は皆さんが知るところ。と、言ったところでしょうか」
会場が静まり返る、夜風が吹き込みカーテンが揺れた。
「ええ。まるで見ていたように言うのね。ほとんど正解よ」リントがほとんどねと力なげに繰り返した。
「結婚の申し込みを受け入れたの、その時は純粋な気持ちで受け入れたわ。そして抱きしめられた、幸せな時間だったわ。私も彼を抱きしめた。そこで聞いたのよ、何故、急に今になってそんな気になったの?って…… アイン君は覚えてるかしら? 5階層の宿の若い子」
「ええ。もちろんです」
「彼、騙されて迷宮の運び屋になったのね」
「たしか、護衛の冒険者が口だけの駆け出しで、
「ええ、迷宮内でモンスターに殺されかけているところを救ったわ、本当にギリギリだったんだけどねなんとかね…… で、テルトスに抱擁されながら彼が言うの。彼も昔、また別の迷宮で同じように運び屋を見殺しにしたんだ、って。で、彼を救って、宿の彼を救ったことで罪滅ぼしが済んだように感じたんだって、それで今になってようやく結婚しようと言えたって。身勝手な話じゃない? そう思わない?」
「ええ、理不尽な話だと思います」
「そうよね。さらに言えばね。そのテルトスが見殺しにしたって運び屋は…… 私の夫だったのよ」
「にゃんと」
「鮮明に思い出したわ。もう20年以上も昔の話なのにね…… 私、その時。ちょうど妊娠したのよ。お互い冒険者で借り宿生活で、新しい街にようやく居ついて生活しているって時にね、出産となると仮の寝床では難しいでしょう。でも部屋を借りるとなると、新しく街に居ついたような冒険者には誰も貸してくれなかった。でも唯一、申込金を払えばって人に出会ったの、その大家さんも元冒険者でね理解が多少あったわ…… でも、申込金、当時の私たちにはパッと出せる金額では無かった、妊娠が発覚する前に装備を新調したりしてて、ほんとタイミングね…… 」
「そんな時にご主人が運び屋の仕事を見つけてこられたと」
「ええ。私も反対したんだけれどね。夫が言うの、見送りの時だったわ『俺も冒険者のはしくれだ、いざというときは逃げるさ』なぁんてね。迷宮に消えていく夫の背中を今でも覚えてる、そして夫の横で歩く護衛の冒険者が居たのを思い出したわ、顔も今でははっきりと思い出せる」
「その冒険者がテルトスさんだったと」
「ええ、彼ったらその町に居られなくなったんでしょうね。流れ流れて剣聖様なんかに弟子入りして…… 私は私で夫が帰らず、その不安からでしょうけど、流産したわ。で、気が付いたら町を離れて、借金をして魔法を覚えて。それからはしばらく苦労したわ」
「そうでしたか…… 」
「ええ。まさかこんなところで再会するとは思わなかったけどね、お互い気が付かぬまま。お互いというのは変か、向こうは私の顔なんて知らなかったでしょうし…… 見殺しにした運び屋の妻の顔なんて。いいえ、妻が居たかすらも彼は知らなかったでしょうね」
「かもしれません」
「かも、ねぇ…… アイン君は優しいわね」
「いえ…… 」
「いいのよ。それより…… あの崖で、あの崖の上でテルトスに抱擁されながら昔の事を思い出したでしょう。それで、顔を見せてって、いまどんな表情なのって言ったらね、そうしてくれたの。その時にね、やっぱりあいつの、あの時のあいつの顔だって確信したわ、この10年なんだったのかしらって、ましてやこの1年は夫婦の真似事なんかもしちゃって。主人に申し訳なくってね。気が付いたらスカートの中にあるはずのナイフが右手にあったわ。でも、そこからは変に冷静にもなった。彼に気づかれない様にナイフを右腕の袖に隠して。また抱きしめてっていったら、あいつも優しいのね。また強く抱擁してきたわ…… その後はあなたが言ったとおりよ。最後はね…… また逢えたら、その時は結婚しましょって、そう言いながら突き落としたわ」
「また逢えたら。ですか」
「ええ」という軽く返事をしたリントが立ち上がる。ツウを見て「行きましょうか中尉さん」と言った。
「テルトスは知っておった」王弟もまた立ち上がった「二人が助けたという青年に己が過去を話したろうリント嬢」近衛の制止を無視してリントに歩み寄る。
「あら、聞かれていたの。あの日のテルトスは酒が相当入っていたから、寝てるものと思っていたわ」
「テルトスのやつも悩んでおったよ。結婚を申し込んだものの、なかなか返事が貰えないので苦悩しておった。そんな矢先、まさか見殺しにした冒険者に妻がおり、その女性がリント嬢で。さらにはそれと知らずに求婚してしまったとな。いまさら求婚を取り消すことも憚れ、真実を伝えることも出来ん、とな」
「言ってくれたらよかったのに」
「ああ、私もそう促した。真実を伝えた上で再度求婚すれば良いと。しかし、テルトスはこうも言った、話の切っ掛けが盗み聞ぎというのもどうかと、向こうが初婚じゃない事を言ってきてくれれば、こちらもその夫を見殺しにした者だと打ち明けれられるのにと」
「そう…… お互い言葉が、言葉が足りなかったのね」
「そのようだな…… して、リント嬢」王弟の視線が下がる「言葉が足りないのは過去だけでなく今もではなかろうか?」
「あら、おわかりになりまして? そうね、殿下もたくさんの子がいらっしゃるものね」
「テルトスとの子か」
「ええ」
「そうか…… 」王弟がリントに背を向け、取り囲む招待客に語り掛ける「故人の過去を知り、心から彼を偲んで献杯、という気分で無くなった者も多いであろう。どうだろう、これから生まれ出でる赤子に罪は無い、この子に乾杯をしようと思うがどうだろうか」
王弟の言葉を聞き、会場の係員が動きだした。
「皆に強制はせぬ。気がのらぬのであれば盃を取らぬ事だ、後からとやかく言う事はせぬ、約束する」
王弟にグラスが渡された。会の参加者もグラスを受け取り始める。
「さてリント嬢、おぬしも盃を持つが良い、しかし口はつけるな」
「私が? よろしいの」と躊躇するリントに組合長がグラスを渡す。
「あんたがこれから産む子を祝福するんだ」そういった組合長は別のグラスを係員から受け取る「お腹の子は4ヶ月くらいか?」
「あら、するどいわね」
「茶をがぶがぶ飲み始めたろぅ、魔素酔いなんて知らないあんたが」
「あら、それで…… 私ですら悪阻だって気が付くのに暫くかかったのに。モテ男さんは違うわね」
「茶化すなよ」
ゴホンとわざとらしい王弟の咳払いが会場に響く。
「皆、よろしいかな…… 」王弟が会場を見渡す「我々剣聖の門徒がまた一人亡くなってしまった、優れた弟弟子のひとりであったが、人としては未熟な面もある弟弟子でもあった。彼が亡くなった事は悲しい出来事ではあったが今日、我々は一つの希望を得た。友人を亡くした悲しみを払拭する希望だ。聞けば友人の伴侶は当代最強の異名を持つ魔女だというのだ。そして友人は彼女との間に子を授かった、男子あれば剣の道を、女子であれば…… 」
「男女で職を決めるのは古いですよ」と、組合長からヤジが入る。
「ふむ、そうであるな。二人の優秀な冒険者の血を分かつ子だ、男子であれば血気盛んな、女子であれば目端の利いた…… これも些か古風か」
会場から小さな笑いが生まれた。
「まあよい、二人の新たな子が健康に生まれることを願おう。新しい命に、乾杯」
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