第2話 27/29

テオは会場の隅で組合長と会話をする王弟と目が合った。


「ふむ、これで皆がそろったかな?」元帥服の飾緒がゆれる。


王弟の視線に誘導されるように組合長がテオに振り向いた。


「おお、アインさんじゃあねえか」組合長が右手を上げ挨拶する。返礼にとテオが一礼する。


「あら」と立ち話をしている人々の中からリントが現れた「あなたも招かれていたの」


「ええ。こんばんは、リントさん…… 魔素酔いは大丈夫ですか?」


「大丈夫よ。ここしばらくは地上でゆっくりしているの」


「そうですか」とテオが言い終わるのを待っていたかのように王弟が咳ばらいをする。

王弟の咳払いはどこかわざとらしく、会場が次第に静まり返っていった。


「ここらでテルトスに献杯をしようと思うがどうだろうか」


その王弟の言葉に「賛成ですね」と組合長が返した。


「しかしだ」王弟がテオを見つめる「彼の死の瞬間について皆、知りたいと思わんかね」


「もちろん」という組合長の返事のほか、数名の冒険者らしい参加者が軒並み肯定の相槌を打った。その中で一人テオが王弟をまっすぐに見つめる、その横にスッとツウが現れる。


「どうだろう、アイン君、カッツォ中尉。新たに判明した情報などを踏まえて、皆にテルトスの死の状況を伝えてやって貰えんだろうか。献杯はそれを聞いてからだ」


「もちろんですにゃ、殿下」ツウが王弟と取り囲む人々の間に躍り出る「まずは私から現状の捜査状況をお伝えしましょう」


「うむ、頼もう」王弟は近くの椅子に座った。


「では。現在、犯人と目されている人物についてお話しましょう。男はテルトス氏の死後の数日後。ポロの王立迷宮第5階層にて逮捕されております。現在、近衛兵によって取り調べが行われており、犯人はテルトス氏の殺害については否定しております」


聴衆から「なんと」「ほんとに」といった声が上がった。


「近衛が取り調べていると申し上げました通り、男は別件で逮捕されておりますにゃ。逮捕に至った事件の内容については皆様の想像にお任せするとして。いかにテルトス氏を殺害にいたったか。ご説明を差し上げましょう」


会場にいつの間にか現れた近衛兵が2名、王弟を守る様に椅子の前に立った。


「ご説明と申しましても、犯人が自白していない以上。あくまでも現場の状況を踏まえた想像であることを申し伝えます…… 」


ツウがパーティーバッグからナイフを取り出す。聴衆から軽い悲鳴のような物が漏れた。


「ご安心を。今回は特別に持ち込みを近衛から許可されていますにゃ。それに犯行に使われた物と同型の物ですが刃は潰してあります」


ツウが証拠にと刃を手の平に当てて見せた。


「今回、5階層で逮捕された男ですが。このナイフを投げて使う言わば暗殺者でした。我々は当初、迷宮5階の危険地帯が犯行現場と捉え、捜査を開始。こちらにいらっしゃる何人かの冒険者の方以外には想像が付きにくいかもしれませんが、迷宮の5階層内には鬱蒼な森が生い茂っており、テルトス氏が死体で発見された場所や残された血痕などからその森の中で犯行が行われたものと考え、我々憲兵は犯人および遺留物の捜索を行いました。捜査の結果、被害者の愛刀や防具の一部などが森の一角に纏まって発見されました。そこは安全地帯と危険地帯を分けるように聳え立った崖の下でした。その崖下に残された血の量や遺留品の数々から犯行現場と断定し捜査を進めました」


「でも、そこじゃなかった」組合長が不意に口から出た様に言った。


「そうですにゃ」ツウが組合長を振り返る「ちょうどそこにいるアインが…… 彼は普段アカデミーに勤めておりますが。その知見を活かして憲兵の捜査に協力をしてくれております、その彼が犯行現場を特定しました。特定に至った経緯については、ちょうどその時、アインは組合長さんと一緒に行動しておりましたから気になる方は後で組合長さんに聞いて下さい」


「お、おう。気になるやつはな。あとでな…… 」組合長が気のない返事をする。


「話を続けますにゃ。紆余曲折あり、判明した犯行現場は崖の上でした、被害者の遺留品が多くとどめ置かれた地点の真上。いや、その犯行現場の真下でテルトス氏は装備を外したと、そう考えると矛盾がない。今はそう言いましょう。大事なのはその現場の近くで凶器が発見された事です。また、これは一昨日前に判明しましたが、微量ながら被害者の血液が採取できました」


「おお。出たのかい」組合長が驚く。


「ええ。ほんとうに微量ながら。鑑識も犯行から15日以上たっている事を踏まえると奇跡に近いと、そう申してましたにゃ」


「奇跡ねえ」あまり好む表現じゃねえなと組合長が漏らした。


「そして、被害者は現在近衛が逮捕している男と面識がありました。面識と言うと語弊が生まれそうなので軽く説明いたしますが、近衛が逮捕に至った犯行の現場に居合わせました、犯罪自体は未遂に終わりました……」


「まて」と王弟が話を遮る「私から話そう」と言い立ち上がった。

近衛が「なりませぬ」「どうぞお控えください」と静止する。


「なに。この前、目標を達成したのでな。もう迷宮に行く事もなかろうて」と近衛の1人を見て言った。


「ここに居る者の多くが知るように私の趣味は迷宮でモンスターを猟る事だ。その帰りに戝に襲われてな、その場はテルトスが庇ってくれたが、賊は捕り逃した。後日、賊を捕らえたのが、そこにおる組合長だ。ここまで言えば皆もわかりやすかろう」


「殿下…… お心遣いありがとうございます」ツウが頭を下げる。王弟は「うむ」と言い椅子に座り直した。


「では、言い直しましてにゃ。殿下を襲った賊ですがテルトス氏と…… 先ほどのような因縁とでも言いましょうか。が、あった訳です。また、テルトス氏の遺体が発見される3時間ほど前の午前3時ごろですが、テルトス氏は氏が取っていた宿の下男と会話しています。その下男の証言から推測するに部屋から降りて来て下男との会話後に外出、その直後に殺害されたとみられています。では、テルトス氏がその時刻に外出する理由は何なのでしょうか」


「例の戝が外を歩いていた?」群衆の中の誰かが言った。


「ええ! そうなんです。我々もそう考えるのが妥当と判断しました。誰が言いました? 憲兵隊に入隊いかがですか?」


聴衆がどっと笑った。


「まあ、続けましょう。テルトス氏がその日とった部屋の窓からは例の犯行現場、すなわち崖上が良く見えました。その崖というのが、これまた、せり出した箇所が急に細くなるように尖っておりましたので、上手く誘き出せば犯人が投げナイフという戦法を使う性質上、有利なのではと。そう推測しました」


「なるほど」組合長が頷く「話に聞くやっこさんの技量ならば、狭いところに誘き出して。テルトスといえども避けられんか…… 」


「やはり、奴を直に捕らえた組合長さんでもそうお考えににゃられますか」


「ああ、狭いところ。特にああいった足場が限られる所だと飛び道具は有利だ。横に躱わすなりの回避行動の選択肢が減るからな。俺は事前に近衛から王弟殿下の襲撃犯について聞かされていた。だからそう言った場所は避けられたよ」


「にゃるほど。組合長さんも是非憲兵隊に」また群衆が笑った「さて、話を戻しますと。テルトス氏がとった部屋の窓から外を見ると戝を発見した、これは強い外出の理由になるでしょう。さらに、外出前の宿の下男との会話では急いだ様子はなかった。戻ったら酒を飲み交わそうと言ったそうですからね。以上の事を踏まえると、例えばです。テルトス氏は外で決着をつけよう等の手紙を貰ったというのはどうでしょう。賊は投げナイフの名手ですからね、氏が賊を見つけて窓を開けたと同時、そこをめがけて投げ入れる事など容易かったでしょう」


「なるほど」と言ったが組合長は腕を組むと不服そうな顔をした。他の冒険者らしい人物も怪訝な表情の者が多かった。


「話の腰をおってすまないが」冒険者の1人が群衆の中で手をあげた「やはりテルトスほどの実力者が背を刺されるとは考えられない」


「やはりそうですかにゃ」ツウは聴衆を見回し一人一人を確認する「あなただけではなく他の方も同様のようだ。では、この様に考えるのはどうでしょう。外で決着をつけようと言った賊はテルトス氏を先導します、何メートルか先を歩いたでしょう、崖の方に向かって。そこで氏は『どこまで行くんだ』と問いますが何も答えない……しかし! 崖まであと十数メートルといったところで、急に走り出したのです。後ろを追いかけるテルトス氏、にゃが間に合わない、賊は崖を飛び降ります! 『また逃してしまった』と氏は崖下を覗き込んだことでしょう。そこをグサリ」


ツウがナイフを突き出すような仕草をする。


「後ろからにゃ。崖を飛び降りた賊は魔法により作り出された幻影でした」


怪訝そうで渋々といった表情の冒険者たちから「ああ」とため息に近い何かがもれた。


「賊は魔法が使えたのかね」冒険者の1人が言った。


「はい、近衛による犯人の身体調査では何かしらの魔法が使えるという所までは判明しています。どんにゃ魔法が使えるかは魔捜研の解析待ちです」


「なあ、猫の中尉さん」組合長が手をあげた「いま、中尉さんはナイフで刺すジェスチャーだったな、投げるではなく刺す」


「ええ、そうなんです。その点に気づいたのはテオです」ツウの待つナイフの切先がテオを指した。


「ほう、アインさんが」


「え、ええ」テオは油断していたらしく、答える声が浮ついた「組合長さん、僕がナイフを見つけた場所は覚えてますか?」


「藪の中だったねぇ」


「ええ、藪の中、崖の上の藪の中でした」


「ああ、間違いねぇ」


「もし、テルトスさんを殺した犯人が投げてナイフを使ったならです。ナイフはテルトスさんに刺さったまま崖の下へ落ちて行ったはずなんですよ」


「ん? ほんとうだな」組合長は眉を顰めさらに難しい顔をした。


「組合長さんも殿下を襲った賊が犯人と思い込んでましたから、その勘違いというか思い込みは仕方ありません。僕も容疑者がすでに近衛に捕まっていた事に驚いて思考を放棄しました……」


「まってくれアインさん。まるで、奴が犯人じゃない見たいな言い草だな」


「ええ、そうです。僕は例の襲撃犯が犯人でないと考えてます。まぁ、その襲撃犯が一撃目は自分で刺しに行って、二撃目に投擲を残していた。そう考えるのも悪くないと思ったのですが」


「にゃあ、それは飛び道具のアドバンテージを捨てる愚行だにゃ。やるならナイフを投げて投げて投げて、最後の1本で捨て身の特攻にゃ。そもそもを言えば2.3本かわされた時点で撤退する、といったあたりが常套だにゃ」


「そうだ。猫の中尉さんの言うが最もだ。俺もアレだなぁ。思い込みってのは怖いもんだ…… しかしよう、アインさん。そうなると犯人は誰だって言うんだい」


「犯人は…… 」

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