第2話 25/29

「遅かったじゃなにゃいか」


テルトス氏を偲ぶ会の会場は王宮に数多ある部屋の一つが用いられていた。開場から1時間ほどが過ぎ、料理を手に歩く客は少なく、おのおのが皆グラスを片手に談笑をしていた。


「すまない、昨晩シャツをアイロンで焦がしてしまって。新しいのを急ぎで縫って貰ってたんだ」


「にゃは、お前さんらしいにゃ。にゃお、仕付け糸が付いたままだぞ」


「え? どれどれ?」テオが身体をひねる。


「にゃお。冗談にゃ」


「おい」


「すまにゃい。それよりもだ、なかなか良い出来じゃないか」


「ああ。ツウの言う通り王都にもどって直ぐ仕立て屋に行って、ほんとによかったよ」


「にゃは、そうだろう。見たところ生地もそれなりの物で誂えたのだにゃ」


「うん、ちょうど時期的に今は夏用の注文が多いだろう。で、この生地はしばらく買い手が付かなくって、でも次の秋冬まで置いておくのも邪魔だからって、安くしてもらったよ。ツウもいいドレスじゃないか、似合ってるよ」


「にゃあ、そうだろう。祖母の遺品をな、仕立て直した」キラキラと輝くスカートを持ち上げると、スリットからツウのひざ下からつま先がスと顔をのぞかせた。


「おばあ様の。ハイカラな人だったんだね」


「にゃあ、デザインこそそれなりに古臭かったがにゃ。いい状態で保存されてたからもったいなくてにゃ」


「うん。よく似合ってるよ」


「テオも言うようになったにゃ」


「ああ、リントさんのおかげかな」


「にゃ、リントさんのにゃ。では、ゆきますか?」


「ああ」テオが歩み始める。


「テオ」とツウが呼び止めた。


「ん?」とツウに振り返る。


「エスコート」


「すまない」言いながらツウの右横に並んだ。「こっちでいいのか?」


「にゃあ。正解にゃ」ツウの右手がテオの左腕に絡まった。


「では、改めて」


二人は会場を縫うように歩く、ところどころで談笑し食事をする参加者を掻き分けながら進んだ。

部屋の奥にこの会場で一番大きな人だかりがあった。その人だかりは元帥服の男を中心に笑いが起こっていた。

テオと目があった王弟は「ようやく来たか」と手招きをする。


「皆よ、紹介しよう。憲兵隊初の女性尉官、いや軍部初の獣人女性で尉官となったカッツォ憲兵中尉だ」


「おお」という感嘆があがった。王弟を取り囲んでいた群衆の一部が割れると、王弟までの道が出来た。


「今回のテルトス殺害について捜査に尽力してもらったのでな、招待した」


拍手をする群衆の中を進みツウが王弟の前に出る。


「お招きいただき光栄でございます、殿下」


「うむ…… その隣はやはり貴殿か、アイン君」


「はい、ご招待いただきありがとうございます」


「どこぞの貴族だろうかと少しの間思案したわい」王弟が握手を求め手を伸ばした。


「ははは、ご冗談を」テオがそれに答える。


「いやいや、冗談では無いぞ」王弟が顔を近づけると言う「そこいらのご婦人がすでに君を狙って居る」耳元で微かな声だった。


「まさか」とテオが言うと二人は握手を終えた。王弟はただ笑みを浮かべるだけだった。


「にしても少し遅かったな」


「申し訳ありません、なにぶん王宮は初めてでして。着るものに迷いました」


「そうか、ははは。これは迷ったかいがあったと見えるな」笑いながら王弟はテオの肩を叩いた「皆、紹介しよう。カッツォ中尉と共に捜査にあたってくれたテオ・アインだ。今はアカデミーで…… 」


「研究員をしております」


「うむ、そうであったな」


王弟が部屋の隅に待機する係員に合図をする。飲み物を示すジェスチャーだった。


「アイン君は犯行現場を特定し。なんと凶器も見つけ出した」


周囲から再び感嘆がもれ、拍手があがった。


「彼がいなければ迷宮の封鎖も長引いたであろう」


そこに気泡混じりの葡萄酒が運ばれてくる。王弟がグラスを受け取るとテオとツウが続いて受け取る、群衆の中からも数名の手がグラスに伸びた。


「ふむ。もしまだ迷宮が封鎖中とあれば、このように酒を冷やすことにも苦労したかもしれん」


群衆から笑いがあふれた。


「では、ここは二人の活躍に乾杯しようか。献杯は組合長とリントが来てからでも遅くは無かろう」


王弟が周囲を見渡す。


「グラスがからの物はいないな……? では、アイン君」


「僕がですか?」


戸惑いを見せるテオに「王国に乾杯と言えばいいにゃ」とツウが耳打ちをした。


「それでは」


テオがグラスを目の高さに掲げる。


「王国に乾杯」


テオの力強い一言のあと、皆が「王国に」と唱和した。

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