第2話 24/29

「ネコさん、これでいいですか?」


鏡ごしにテオが話しかけた。


「ふむ、良いのではないか? それより時間は大丈夫か?」


「ええ! 良くないです!」慌てた様子でカブスボタンを付けている。


「やはり、新調に行くという決断は早々にすべきであったな」


ネコが散らかった部屋を見渡した。穴の空いたシャツの横にはシミがこびりついたシャツ、その下にはサイズの合わないであろうシャツなどが転がっていた。


「全くですね。招待状の王室の紋章を見た瞬間のテーラーのおやじさんの顔、ネコさんにも見てもらいたかった」


「ああ、今度ゆっくりとその時のやりとりを聞かせてくれ。にしても、偶々ポケットに招待状を入れておいてよかったのう」


「ほんとうですよ」鏡の中のテオはタイを結びはじめている「入れておいたというか出し忘れただけですが」


ネコが食卓の上に無造作に置かれた招待状を睨んだ。


「ああ、シワクチャにする前に気がついて」


「よかったですよ!ほんとう!」


タイを結び終えテオは掛けてあった上着の襟に指をかけ持ち上げると腕にかけるようにして持った。


「それでは!」テオが急ぎ入り口に翔ける「行ってきます!」


「おーい!招待状!」


「ほんとだ!」


引き返したテオが食卓に手を伸ばした。故人を偲ぶ会と書かれた招待状がポケットに吸い込まれた。


「ほほ。忘れると思ったわい」


バタンとドアの閉まる音がネコの耳に響いた。



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__

___


「まだ夜はひえるにゃ」


夜の恩寵公園は街灯も少なく暗い、川縁に作られた公園の為か風も強く人の姿は見られなかった。


「そろそろ時間だけど」とテオが言った次の瞬間


「ふむぅ」と、暗闇から声がした。


「にゃ!」とツウが驚いたためか尻尾をピンと張らせていた。


「王族に呼び出されたと言うのに」コツコツとこちらに足音が近づく「女連れとは度胸があるな。と、思うたが良く良く見ればカッツォ憲兵中尉か」


「はっ!」カツとヒールの踵を揃えたツウが敬礼した「非番でありましたが、夜の公園と聞き友人として護衛がてら帯同いたしました。では、私はこれで」


「よいよい、貴官がいかに手練れであろうともスカートの女性を1人、夜の公園を歩かせる訳にはいかん」


「はっ! 温情有り難く頂戴いたします」言い終えると気を付けの姿勢をとった。


「申し訳ありません、王弟殿下。てっきり剣士さんに呼び出されたもの捉え、中尉の申し出を断りきれませんでした」


「いや、かまわん。かまわんのだ、こちらも1人の冒険者として貴殿を呼び出したのは事実だ」


「では、この場は剣士さんとお呼びすればよろしいでしょうか?」


「好きに呼んでくれて構わない」


「ではひとまず剣士さんと」


「ああ」飾緒が揺れ月明かりを拾った「いきなりの呼び出しにも関わらず応じてくれた事、礼を言おう」


「いえ」


「なに、アイン君であれば、なにか私に聞きたい事があるんじゃないかと、そう思うてな」


「その為に…… 僕のような。いえ、わたくしめのような者のために時間をさいて頂いたと?」


「ああ」


「聞きたい事は…… と、言われますと」


テオが首の後ろに手を当て逡巡する。


「ありません」


「ふむ」


雲が月を隠し、あたりは一層くらくなった、遠く街明かりだけがテオの瞳に反射した。


「テオ」気を付けの姿勢のツウが言った、感情を押さえたような声だった。


「そうか」足労をかけたなと王弟が言いつつ背を向けようとしたその時。


わたくしは…… いえ、僕は。僕はただの、ただのアカデミーの研究員です。法や犯罪、心理学について研究している訳ではありません。普段は」


ポーと遠くで列車の汽笛が鳴った。


「ゆう…… 魔王を討伐した小隊を研究しています。ここしばらくは、友人のカッツォ中尉に頼まれて知恵を貸したに過ぎません」


「ふむ」王弟が傾きかけた上体をテオに向き直す。


「ですので、王弟殿下が今回起きた殺人事件について詳しくお聞きになりたいと仰るのであれば、近衛兵にお尋ねください。必要とあればアカデミーの犯罪捜査に詳しい者もお答えができるでしょう」


「何が言いたいのだ」


「王族に列する方が庶民に求める事があってはならない。万が一にもです」


「テオ!」ツウの語気が強まる。


「そうだな」雲が切れ月が王弟の瞳を照らした。


「とはいえですが…… 僕を迷宮で守ってくれた恩人が知恵を貸りたい、そう言うのであれば、全力でお答えいたします」力強く王弟を凝視した目の下には穏やかな微笑みがあった。


「ふふ、ふふふふふ」と笑う王弟は堪えきれなかったのか、はーっははっはっはと腹の底から笑いはじめた。


「ははは、はぁ。そうか。では、そうだな、はぁ。あの時の恩を返してもらおうか。それも全力でな」


「ええ、全力で」


「では、率直に聞こう。テルトスを殺したのは奴でよいのか?」


「奴というのは。組合長が捕まえて近衛に引き渡したという」


「ああ、そ奴だ」


「正直なところ、わかりません」


「ふむ」


「情報が足らないといいますか、僕がツウから…… カッツォ中尉から得た情報では判断が付きかねます。近衛から届いた資料というのが殆ど黒塗りで、名前と年齢とここ数日の足取りくらいしか情報がありませんでした」


「まあ、そうであろう。私でよければ話そう、しかしだ、この場限りの記憶としておいてくれ」


「もちろんです」


「カッツォ中尉もな」


「ハッ」


「では、なにから話せばよい?」


「そうですね、テルトス氏が殺害される前の王弟殿下の行動についてでしょうか」


「にゃっ!」


「王族の行動を詮索するのは犯罪だって言いたいんだろ?」


「そうにゃ。それが元で王族を害すようにゃ事があれば、実行犯でなくとも極刑だぞ? 解って聞いているのか?」


「うん、僕も全力でお応えすると言ったばかりだしね、覚悟の上だよ」


「覚悟の上か…… 」


「かまわんよ、この場限りで忘れてくれればよいのだ。この場限りでな」


「とは言えですね、僕も捕まりたくは無いので…… では、詳しい日付はぼかしましょう」


「よかろう」


「ありがとうございます。それでは、テルトス氏が殺害される数日前、王弟殿下はポロ迷宮にいらっしゃった」


「まさしく」


「6階層でしょうか?」


「ふむ」


「迷宮の階層主に挑んだ?」


「そうだ」


「その最中…… だと思いますが。他国からの刺客に襲われた」


「ふんっ」と王弟が鼻で笑うと同時「ほんとにゃ?」とテオが驚く。


「何をもってそう推測した?」王弟が眉をしかめた。


「そうですね…… 近衛から提示された資料には国籍に関する項目が黒塗りでした。憲兵からすれば政治犯が逃げ込んだか、王宮に不法侵入した族が捕まった。くらいの認識だったのでしょうが、それでは国籍まで黒塗りにする理由が僕にはピンときませんでした」


「そうだったか、国籍までか。侍従長の計らいであろうが…… 」王弟が顎髭に触れ思考をめぐらす様に片目を閉じた。


「僕にはここ最近の…… 国家情勢と言いますか、そのあたりが疎いものですからわかりませんが。近衛の捜査官なら、それに殿下が仰ったように侍従の方からすれば当然の配慮かもしれません…… 」


「にゃあああ、そうか」


「わかるか、ツウ」


「にゃあ。今回、憲兵が拘束した人物がいて。拘束されたが場所は迷宮で…… なんと言えばいいんだ? にゃあああ…… にゃ、そうにゃ、拘束された場所が王都の、たとえば王宮の周辺や関連施設であれば黒塗りに対してここまで疑問に思う事は無かっただろうにゃ」


「そうなんだよツウ。僕もその点が疑問だったんだ。でも、その近衛に拘束されたという人物が…… 」


「拘束される前後で、王族に接近していたら。非公式ととはいえ、王族が滞在した所の傍で拘束されたのであれば。という事にゃ」


「そういう事。そういう事であればあの黒塗りの書類も」


「にゃあ、当然の計らいにゃあね」


「そういうことです、殿下。ご納得いただけましたでしょうか」


「ああ。そうか、皆が私を守ろうとしたばかりに」


「ええ。ただ、近衛や侍従の方々はあくまでもマニュアルや慣例に従って行動したものと思いますが…… 」


「彼らを責めるようなことはせぬよ。アイン君、貴殿が特殊なのであろうて」


「ご配慮、痛み入ります。話を戻しましょう。殿下は6階層で階層主に挑んでいた」


「うむ」


「その最中で刺客に襲われた」


「うむ、正確には階層主を倒した後だがな。階層主を打ち倒した帰路、うかつにも皆油断していた、ここぞと言う所に現れる狡猾な奴だったわい」


「なるほど、帰路でしたか」


「ああ」


「油断していたのは皆、なのですね」


「うむ」


「皆というのは例えばテルトスさん?」


「そうだ、それにリント嬢と近衛が数名」


「以前の話しぶりからするに階層主には一人で挑まれた?」


「まさしく。単独での1分以内に撃破という目標をたてておってな」


「ええ」口角があがり穏やかな表情になった「次こそ達成なさって下さい」


「達成の折には晩餐会開くつもりだ、二人も招待しよう」


「ありがとうございます、楽しみしております。で、殿下一行は帰路に刺客に襲撃されました。が、撃退した、捕縛には至りませんしたが、幸いな事に死者はでなかった。おそらくですがテルトスさんが防具を破損したのはその時でしょうか」


「ああ、テルトスが私を庇った、飛んでくるナイフに気が付いたのはテルトスだけだったが幸い怪我で済んだよ。怪我はリント嬢が魔法で直したが防具はその際に破損した」


「それで5階層の鍛冶屋に依頼しに行ったと。リントさんが7階層で待機していた事を踏まえると6階層で解散したのでしょうか」


「うむ、おおまかな流れはそういう所だ。リント嬢は魔素酔いがつらいからと言ってな、ひとり7階層に向かった」


「やはりですか」とテオが言った横で尻尾を揺らしたツウが何かひらめいたように「にゃ」とこぼした。


「殿下は地上に、リントさんは7階層へ、テルトスさんは5階層で防具の修理依頼。先ほどのお話の通り殿下が襲われた際の刺客の得物は投げナイフでした」


「であるな」


「テルトスさんが怪我をされたという事は得物のナイフは刺客に回収されず殿下や護衛の近衛兵の手元に残った」


「うむ」


「そのナイフは今どちらに? 一度はそのナイフを組合長が見ているはずなのですが」


「地上に戻った私は管理組合の組合長室を訪ねた」


「殿下自らですか?」


「ああ、組合長も事務局長も旧知の中であるからな。刺客の捕縛に力を借りに行った。その際にナイフを組合長に提示しておる。今は近衛が証拠品として押収しているはずだ」


「なるほど。ちなみに憲兵や地元警察には相談されなかったのですね」


「うむ、出来れば内々でとおもってな。」


「やはり外交問題を危惧してでしょうか」


「ふむ、それもあるが。単純に迷宮に来づらくなる事を避けた」


「と、言いますと?」


「迷宮でのモンスター狩りは私の大切な趣味だからな。一度でもこのような暗殺未遂とでもいうべき事案があれば、私の行動が制限されかねん」


「それは。ごもっともですね」


「事務局長は何人か口の堅い冒険者を貸してくれた、組合長も急ぎの仕事を済ませたら迷宮に入ると約束してくれてな、近衛を数名こちらに残し、私は公務へと戻った」


「ところが、その頃、テルトス氏は何者かによって殺害されてしまった」


「うむ」


「組合長さんも焦ったでしょうね、冒険者のなかでもとびきりの実力者が殺されたんですから、刺客は相当の手練れと踏んだ。それで迷宮を閉鎖する必要があると判断し地元警察と憲兵に通報した。迷宮の閉鎖を宣言できるのは警察署長か憲兵隊の分隊長、およびその他の行政機関。残念ながら近衛はその他の機関からは外れますから」


「そのようであるな、こちらに残した近衛からの報告では組合長からの提案があったようだ。私の存在は隠しながらも捜査機関の介入が必要だとな」


「なるほど。閉鎖した階層を5,6,7階層に限定したのは組合長さんでしょうか?」


「その点についての報告は無かったが…… 私たちが刺客を撃退の後、近衛の人員を5階層の転移魔法陣に配置した、冒険者に扮装させてな。その者たちは刺客の顔を見た者たちだ」


「配置したですか。いわば見張りでしょうか」


「うむ」


「見張りを置いた…… なぜ5階層の魔法陣なのでしょう? 6階層の魔法陣ではなく」


「当時、6階層に同行した近衛は引き連れた者たちの一部でな。5階層にも何人か留守番させておったのだ、その者たちと合流することを優先した。さらに言えば刺客の撃退の際だが、奴には手傷を負わせておってな、テルトスもリントも傷を治すために5階層に潜伏の可能性が高いと言う。私も近衛もその可能性にかけた」


「なるほど、ツウは何か知らないか?」


「にゃあ。組合長と分隊長が相談の上で閉鎖を決めたとの事だったかにゃ。事件後、警察と憲兵に通報する前に、組合の方で5階層に見張りを立てた、犯人が迷宮にいるとすれば5,6,7階層の疑いが強いとにゃ。まさか、その見張りとやらが近衛とは私は気づかなかったがにゃ」


「という事は分隊長さんもある程度の事情は…… 」


「組合長から聞いておるかもしれんな。うむ、昨日の『たまには憲兵もお頼り下さい』という言葉はそういう事か……」


「そのセリフはそういう事でしょうね」ハハハとテオは王弟に微笑みかけた「その後、組合長さんが迷宮内にて刺客を捕縛、事前に申し合わせがあったのでしょうが逮捕された刺客は憲兵では無く近衛に引き渡されました」


「ああ」


「ところがです、その刺客はテルトス氏の殺害については否定。凶器も見つからず迷宮の閉鎖が続きました」


「そうなのだ…… 」


「おそらくですが、殿下の暗殺未遂については認めたのではありませんか?」


「ふむ、その通りだが何故わかった」


「それは……」「あそこまで資料が黒塗りであれば解りますにゃ、殿下」


「ふふ、そうだったな」


「ええ。話を続けましょう。殿下を襲った刺客は捕まりました、ところが迷宮を封鎖した理由であるテルトス氏の殺害に関しては否定した」


「うむ」


「こまった事になりました。犯人を逮捕せぬままで封鎖を解除するわけにもいかず、かと言って王弟殿下の暗殺未遂があった事も表沙汰にできないとなれば、テルトス氏殺害の最重要容疑者として刺客がすでに逮捕されている事も公表できません」


「にゃあ、我々はすでに捕まっていた犯人を捜しまわっていたわけか…… 」


「そういう事になるね。でも、それも無駄では無かった。刺客が自白をするのが先か、それとも何かしらの物的証拠が見つかるのが先か。そういう状況になった。そして凶器が発見されました」


「うむ、アイン君が見つけてくれたな」


「はい、僕が発見したナイフは量産品でこの国では比較的手に入れやすい物でした、犯人が殿下を襲撃の際に使用した物と同じモデルのナイフで…… 僕はあまりナイフには詳しくはありませんが、投げナイフという戦法を取る以上は数が必要になります、同じモデル、すなわち同じ重量ですとか同じグリップ、同じ重心である必要があったのでしょう。その点、量産品というのは揃えやすかったでしょうね。国境を超える際には必要以上の装備は持ち込めませんから、入国後に買い集めた物と推測されます」


「ああ、この街でも購入した記録が残っていると近衛から報告があった」


「そうでしょうね、そういう意味では物証としての信憑性は高いものと考えてもよいでしょう。おそらくはこれからどの街の、どの店で購入したものかの裏付け捜査が行われるのでしょうが…… そこは、続報に期待すると致しまして。ようやく凶器が見つかったというこのタイミングで殿下がポロの憲兵詰め所に視察に来られた」


「にゃ? ちがうぞテオ」


「ん? そうなのか?」


「殿下の視察はお前さんが凶器を発見する前から決まっていたぞ」


「ありゃ、ほんとだ」


「いや、なに。私みずから憲兵隊に説明しようと思うてな、コレコレこういう事情で迷宮の閉鎖は解除してもよいのではないかと、発端は私のわがままなのだからな。私がこの口で説明する必要があると思ったまでよ。それにけじめとしてだが、金輪際モンスター狩りの趣味は辞める事も考えておったのだ」


「なるほどです。それで最後にと5階層の鍛冶師に頼んでいた剣を受け取りにいったのでしょうか」


「ああ、頑固な事務局長といえど、私が無理を言えば流石に通してくれるからな。まさか貴殿の護衛をさせられるとは思わなかったわ、ハハハ。まあ、アイン君が凶器を見つけてくれたおかげで、憲兵への説明内容がすこし変わってな、私のメンツも立ったよ。礼を言おう」


「礼だなんてそんな、僕には過ぎるお言葉ですよ。これからも趣味のモンスター狩りをどうぞお楽しみください」


「ああ、存分に楽しむとしよう」


「で、本題の。殿下がお尋ねになった」


「にゃあ、テルトス氏殺害の犯人が……」


「本当に刺客かどうか。どうだアイン君」


「そうですね、正直なところわかりませんというのが本音です。しかしながら殿下からお話を聞く間に容疑者が一人増えました、もしかしたらとは思ってましたが…… 」


「ふむ、その名を聞いてもよいだろうか」

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