第2話 23/29

「あれ?」


「ん? どしたの先生?」


バスを降り数歩、テオがキョロキョロと周りを確認していた。


「ここ、憲兵の詰め所が近いね」


「そうだよー。公園は反対側だけどね」


チャーロが腕をテオの右ひじに絡めると「いこっ」と引っ張った。


「え、ええ」


「公園はこの先を曲がった先ぃ。覚えやすいでしょ」


「そうですね、もしかして恩寵公園というのは母后様が……」


「そそ。あ、行ったことあった?」


「ポロに来た初日にね」


「ふーん、なかなかマニアックな観光ルートだねぇ」


「マニアックですか?」


「ほら、地元の人しか来ないからさ。あと来るとしても、先王様の第2婦人のファンとか」


「そうなんですね、いい公園なのに」


「でしょ。あの公園、良い感じっしょ。でもゴメンね」


「何がですか?」


「無駄にバス代払わせちゃったね、公園の場所知ってたんだし」


「いえいえ、僕も恩寵公園があの公園だって解ってなかったし、ホテルからの道も知らなかったし、たすかりました」


「そ? 役にたった?」


「ええ、もちろん」


「じゃ、コーヒー奢ってよ」


「いいですよ、公園の屋台のでいい?」


「もちもち、てか公園に屋台あるの知ってんだね」


「来た時にね、でも前回はゆっくり味わえなかったので」


「えぇぇもったいないー 美味しいのにー」


「ええ、僕もちゃんと味わいたいなって思ってたのでちょうどよかったですよ。チャーロさんはよく来るんですか?」


「うん、よく来るよ~。迷宮に潜る前はねだいたい、ちょっとチャレンジしようかなぁって日は必ず」


「じゃあ相当のファンだ」


「まぁね」


「じゃあ今度、3階層まで行く時も?」


「来るとおもうよ!」


「じゃあ6階層に行く時もだ」


「もちもち~。ま、6階層だからさ、その時のコーヒーは相当先になるかもだけど」


「荷物持ちとは言え足手まといにはなれないってこと?」


「それもあるけどねー。ほら6階層って度々閉鎖するじゃん…… ってせんせは知らないかぁ」


「知らなかったですね。たびたび閉鎖、なんでだろう」


「なんかぁ、魔石のシュッカチューセーとかシゲンホゴだって聞いた事があるよ、最近は事件で5階層と7階層が閉鎖になるちょっと前からだったね」


「ああ、出荷調整と資源保護ね。6階層だけ?」


「うん! 最近は6階層がばっかし。で、剣士さんって聞いたらさあ、普段は王都にいるらしくてさ、こっちに来れる日が少ないから、その日と被んなきゃいいねーって話ししてたの」


「あー、ははは。大丈夫じゃないかな?」


「わっかんないよー。この前ごはんご馳走してくれた人はー、今日こそ6階層! って日に限って閉鎖!ってなるって言ってた」


「はは、可哀想に。ほら、剣士さんってさ、運もかなりよさそうだし」


「あー、たしかに。運よさそう!」


「だからさ、当分こないかもって思うより、次は6階層って言われたらアルかもくらいで考えてた方がいいんじゃないかな」


「ほんとだねー、つぎは6階層って言われたらちゃんと準備しなきゃだね」





「ふーん。で、私をほったらかしで麗しのチャーロ嬢とお茶して帰ってきたって訳にゃ」


テオはホテルに戻るとツウと昼食をとっていた。ツウが着るワンピースの袖口についたフリルが食卓に触れていた。


「麗しのってなんだよ、案内したお礼に御馳走しただけだよ」


食事も終盤に差し掛かっており、デザートが配膳されて久しい。


「にゃー、バカなやつめ。まずバス代は誰が払った?」


「僕」


「だにゃ。その上、公園を散歩といいながらコーヒーを奢らせたにゃ」


「奢ったのは案内の礼であって」


「にゃ! 恩寵公園だけじゃなく、どこに行くにもだがにゃ、ホテルのスタッフに聞けば行き方からバスの到着時間から所要時間まで、すべて! 丁寧に! 教えてくれるにゃ!」


「そりゃあそうだけどさ」


「お前は教えてくれたスタッフにコーヒーを馳走するのか?」


「いや…… でもほら、多少のチップは出すよね、だとしたらコーヒーの方が安い」


「ハッ! バス代は!?」


「すみません、計算に入れてませんでした」


「にゃっ! それにチャーロ嬢は次の用事はこっちの方が近いからと公園で別れたんにゃろ!?」


「そうだけど、あーでもほら、ホテルまでの帰り道解る? って聞いてくれたよ」


「にゃー! お前さんはそれに解るよと答えたんだったにゃ」


「そう、ほらもし僕がそこで解らないって答えたら」


「ここに一緒に帰って来たとでも言うのか?」


「…… 」


「すぐそこに憲兵の詰め所があるからそこで聞いたらいいよって言われるだけにゃ。お前さんはまんまとバス代を払わされたにゃ」


「いやー。善意だって」


「バーカ。おうて…… 例の剣士が謝礼と別に交通費を渡してない訳かなかろうに」


「そうだな」


「ふん、ほだされおって」


「ほだされ…… てるのか」


「やっと気づいたか、バカめ」


「ふん!」という声と共に隣の席を片づけるウェイターが食器がカチャンと鳴らした。

ギギギと椅子の音を響かせツウが席を立つ。立ち上がるとウェイターに「化粧室はどっちか?」と問い、案内させた。

ロビーを歩くツウの尻尾はフンフンと揺れていた。


デザートの皿が下げられ「お連れ様はコーヒーを所望されておりましたが、お客さまはいかがいたしましょう」というウェイターとのやりとりがあった。しばらくしてツウが戻った。


「スカートなんて珍しいな」


「なんだ急に、休みの日は…… そうか、テオと出かける時は休みの日とはいえいっつも現場だったにゃ」


「ん? ああ、そうだったな。幼年学校のときもスカートなんて履いてなかったし。持っていないんだと思っていたよ」


「はあ、本当の休みな日用にスカートくらい持っているにゃ」


「いいじゃないか、スカート。似合ってるよ」


「にゃ、急に。めずらしい事を言う。熱でもあるのか?」


「いたって健康だよ! 一昨日さ迷宮でさ。迷宮の5階層でさ、護衛してくれた冒険者に言われたんだ」


「にゃにを」


「好意はちゃんと口にしなさいって」


「にゃ、にゃ、にゃるほど。ふーん、好意ね。誰に好意を伝えたんにゃ」


「曹長さん」


「にゃに!」の声に驚いたらしいギャルソンがフォークを落とした。


「いやなに曹長さんが淹れてくれたお茶美味しかったですよって」


「なんにゃそりゃ」


「魔力酔いを緩和するとかいうお茶があってだな」


「それは知っているにゃ」


「曹長さんが淹れてくれたんだけど礼を言いそびれてて、いざ言おうと思ったら言葉が出てこなくってさ」


「にゃあ、お前さんらしいにゃ」


「らしいってなんだよ、らしいって。まあそこでリントさんがちゃんと伝えなさいってフォーロー入れてくれたんだけど」


「にゃるほどだにゃ。というか5階層の護衛ってリントさんだったんにゃ」


「おお、知っているのか?」


「にゃあ。もちろんにゃ、彼女がいなかったら5階層の捜索はもっと時間を要したはずにゃあ」


「時間を?」


「にゃあ、彼女が来るまではモンスターを各個撃破して行きながらの捜査だったんにゃが、彼女が来てからは組合長の提案でにゃ、いっそのこと殲滅してしまおうって、食堂のおばちゃん達もそれはそれは強かったがリントさんはもう桁違いだったにゃ」


「リントさんは強いです」コーヒーを注いでいたウェイターが口を開いた「現役最強の魔法使いですから」


「へー、そんなに強いんだ、そういえば組合長さんも現役最強って言ってたっけ」


「ええ、他の職種であれば議論の余地は残りますが、彼女だけは満場一致で最強と皆が言いすよ」


「にゃー。そんなにかにゃ」


「ええ、それはもちろん」


「彼女は良くこの店に?」


「ええ、迷宮にいらっしゃらない際は当ホテルを定宿にして頂いておりますから。では、お待たせいたしました。食後のコーヒーでございます、こちらで最後の一品。本日はご来店誠にありがとうございました」


深々と頭を下げたウェイターが利用料金の書かれたバインダーを卓に置き立ち去った。

ツウがバインダーを開き部屋番号とチップの金額を書き込みながら言う。


「また。コーヒーでよかったのか」


「ああ、コーヒーは好きだからな」


「ふん」


「まだ怒ってるのか、そもそもをいえば寝坊したツウが悪いんじゃないか」


「別にフロントに伝言じゃなく、部屋に直接起こしに来てくれてもよかったのにゃ」


「あー、部屋に?」


「そう」


「寝起きのツウはさぁ。その、なんだ…… 」


「なんにゃ? はっきり言えとリントさんに言われたんじゃなかったか?」


「目のやり場に、こまる。から」


「にゃ、よろしい。明日は罰として朝起こしに来るにゃ、約束にゃ」


「罰ってなんだよ、寝坊したのはツウだろう」


「お前さんが勝手に出歩いて、私はホテルに待ちぼうけ。本来ならお前さんが行ってみたいと言った賢者様が行きつけだったレストラン、私の実家の近くのそのレストランで食事の後、私は直ぐに実家に戻り父上と母上に会えたのだぞ」


「こっちで食事をと言ったのはツウじゃないか」


「にゃあ、移動をしてたら昼食が遅くなるからにゃあ。はぁあ、テオが中途半端な伝言を残すから父上と母上と会う時間が減ってしまったにゃ」


「わかりました。あした起こしに行きます」


「にゃあ、わかればよろしい」


「ちゃんとした服きて寝ろよな」


「着ては寝るがな、起きた時に着てるかはわからんにゃ」


「おまえなぁ」


「にゃ、冗談にゃ。テオはこれからどうするにゃ? 賢者様の生家に観光か?」


「ああ。そのつもりだ」


「そうか、では黒髪の勇者の御用商人、ブシェ・カッツォの商会会館に見学はしないのか?」


「そこはツウの実家だろ」


「歴史ある建物だぞ?」


「時間があれば行ったけれども、恩寵公園とは街の反対側だしな」


「来ないのか、そうか。父上も母上もお前に会いたがってたぞ?」


「2人とも月の半分は王都で、僕もよくそっちでよくお会いしてるが」


「にゃー。わかってない、わかってないにゃ。両親からすればこっちが実家にゃ、我が家にゃ。その我が家に娘の友人でもあり恩人ある人物を招く、我が母がそれをどれほど楽しみにしているか」


「だぁぁ、奥さんを出すな」テオが額に手を当てる。


「今からなら賢者様が嗜んだであろうアフタヌーンティー、我が父であれば行きそびれた例のレストラン、席も用意できるであろうにゃ」


「わかったよ! 行くよ!」


「にゃはっ、わかればよろしい」


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うぬよ、ほだされておるな」


「言わないでください」

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