第2話 22/29

「さてうぬよ」


「なんでしょうネコさん」


王弟からの招待状に記された日の前夜、テオは自室でシャツにアイロンをかけていた。


「緋色の研究を読み終えたのだが」


「感想戦ですか? また今度でもいいでしょうか」


「ふむ、忙しいか。あの剣士からの誘いとあれば仕方がないのう、この国でも要職なのであろう」


「要職でも在りますし、王族でも在りますね」


「ん? 王族であるということは要職であろう」


「王族に在るという事が要職だというのであればその通りですし、実際に王弟殿下は軍の最高指揮官という要職でもありますね」


「ふむ、変わったことを言う。王族というものはそもそも軍を束ねる者でもあろうに」


「まあ、慣例で言うとそうなのでしょうが。最近の我が国ではそうもいかないみたいですよ」


「そうか。我がしばらく離れている間に何かと変わったのであるな」


「そうですね、もう少し時間が有ればご説明差し上げるところなのですが」


「忙しいと言うのか」


「ええ」アイロンを終えたシャツの背面を台からはがし、袖をアイロン台に乗せた「すみませんが」


「あの晩、先にカウチで寝た落ちた猫娘をベッドに連れていくだけで何もしなかったお前がか」


「いや、見てたの!?」


「ああ、小僧の弟子を刺し殺した奴の素性が聞けるかとと思うてな、うぬにくっ付いておった。それよりだ、なぜ何もしなかった」


「何もって何をですかっ」


「決まっておろう子作りよ」


「いやいやいやいや、婚前交渉はご法度ですから」


「守ってる奴などほんの僅かではないか」


「確かにそうですけど」


「あの場面で行為をせぬほどに暇をしておる者に忙しいと言われるのは心外であるが」


「いやいや、ああいう行為は暇だからとか忙しいからとかでする事ではないでしょう」


「バカを言えぃ、子孫を残す、否、残すことが出来るという状況がどれほど大事な事か。うぬも…… 例えばだが、死期が近いと知っていれば行為に及んだのではないか?」


「ネコさんにそれ言われると弱いですし。それに死期が近いですか、考えた事が無かったですね。うん…… そうですね、それでも僕は段階を踏んでですね……」


「焦げておるぞ」


「やっちまった!」



_

__

___


昨晩に約束した時間にツウの姿は無かった。テオがホテルのロビーに用意されたソファーで待ち30分ほどたった頃だった。


「あ、ほんとにいたー」手を振りながら近づく女性がテオの視界に入った。


「チャーロさん?」


「せーんせっ、おっはよ」


「おはようございます、チャーロさん。迷宮ではお世話になりました」


「何言ってんの、あーしなんてただの荷物持ちだし」ストンとテオの横に座る。


「チャーロさんの案内が無ければ1階層でみんな迷ってましたよ」


「あ、そっか。そだったね、道案内役もしてたんだった」


「今日は迷宮に潜らないんですか?」


「うん! だってほら」


チャーロが指さした先にはテオが読み終えた新聞があった、一面には『迷宮の規制 全面的に解除か』と書かれていた。


「今日は魔石の買い取り価格もめっちゃ下がるだろうし。いいかなーって」


「なるほど」


「それにね!」


チャーロがピッと付きだした人差し指と中指の間には一枚のカードが挟まっていた。


「剣士さんからね、お使い頼まれたの~」


「僕に?」


「そそ、このホテルにいるだろうから~って、お小遣い付き」


「へえー」テオがカードを受け取った「いくらもらったんです」


「聞いちゃうねぇ」チャーロのカードが無くなった手から3本の指が突き出た。


「さん」立てられた指を見つめながらテオが言う。


「3日は迷宮に潜らなくて済むね」ブイと言い3本の指が2本に減った。


「剣士さん太っ腹」


「っしょ~! マジありがたいわぁ。で、なんて書いてんの?」


「聞きますねぇ」


「せんせも聞いたじゃん」


「たしかにー」カードは折り畳みになっており伝言は内側に書かれていた「『今宵8時、恩寵公園にて待つ』だって」


「お呼び出しだ」


「ですね。恩寵公園ってどこだろ」


「案内してあげよっか?」


「知ってるんですか?」


「もちもち、地元っ子をなめるんじゃありませーん」


「ああ、そうかチャーロさんはポロの生まれでしたっけ」


「そそそ。あ、でもダメだ、昼から用事あったんだった」


「そっか、他の人にでも聞きますよ。ありがとう」


「ううん。あ、せんせ今時間ある? こっからなら30分も掛からないからさ、行って帰ってきたらいいよ。お散歩しよ?」


「え、今から?」


「そそ」チャーロが立ち上がりざまにテオの腕を掴んだ。


「ほら行こう! めっちゃいい天気だし!」勢いにつられテオも立ち上がる。


「ちょちょちょ、行くから。フロントに伝言だけ、良い?」


「もち!」




大通りを行くバスは途中で恩寵公園の近くに止まるという。2人はそのバスで横並びに座っていた。


「チャーロさん、聞いてもいい?」


「どしたのー?」


「ここしばらく中層の5、6、7階層が閉鎖されて、低層に冒険者が集中したんですよね」


「そだよー。だから低評価クオリティの魔石の買い取り価格がめっちゃ下がっちゃってさ、まじ苦労したし」


「中層の規制が解除になったら今後、値段も元に戻るんでしょうか?」


「どだろね、規制解除したばっかだからさぁ、中層の並評価クオリティの魔石の値段がまだまだメッチャ高いんよ」


「うん、世間で使われるのは並評価が多いからね」


「だからさ、昨日まで深層で稼いでた冒険者がさ、軒並みそろって今日から中層で狩りしてるわけ」


「ああ、なるほど。中層を主戦場にしてた冒険者じゃあ」


「居場所がないって感じかな?」


「じゃあしばらくは低層階は人が溢れたままって事だ」


「そーいうこと。深層で狩りしてた奴らなんてさ、中層が閉鎖中に自分らが採ってきた魔石バンバン高値がつく訳でしょ」


「そうだったね、並の魔石を代替できるのは高評価だけだからね」


「だいたい?」


「並が無いから皆んな大枚はたいて高評価の魔石買ってたよねって」


「そそ!そーなの! あいつら高値がつくからってバンバン装備とか新調してさ、今度は中層で楽々ちんちんで稼ぎまくるんでしょ! やってらんないわー!って感じなのよ」


「冒険者も大変だね」


「そーなの! とくに駆け出しはね……! てか先生」


「ん?」


「あーしの事心配してくれてんっしょ、困ってたら仕事くれてやろーとか思ってんしょ?」


「え」


「残念でしたー! 先約があるんでしたー!」


「あ、そうなんだ、それはよかった。やっぱり剣士さんから?」


「そーなの! よくわかったねぇ。なんかさ、週明けから剣士さんまた迷宮もぐるらしくてぇ」


「また、荷物持ち?」


「そそそそ」


「また太っ腹なの?」


「報酬?」


「うん」


「もち!」


「やるじゃん」


「っしょー!まじ、楽しみ! ま、報酬自体はぜんぜん普通なんだけどね、ドロップアイテムは全部くれるって言うからさ!そのぶん破格なの!」


「ひゅー」


「まずは3階層くらいで様子見しようかって事なんだけど、それでもこの条件なの!」


「太っ腹だね」


「ねー! なんか6階層に倒したいモンスターがいるとかでぇ、そいつ倒したら特別報酬くれるんだって! マジわくわくしない?」


「ワクワクは…… 僕はしないけど、仕事があるっていうのは良い事だよ」


「そーなの! まあでも、急に6階層に行こうなんて言われても、それはそれで緊張するんだけどね」


「そうか。チャーロさん、普段は1階層しか行かないんだっけ?」


「うん、1人の時はね。この前の5階層なんてマジひさしぶりだったよ」


「3階層か。気を付けて行ってきてね」


「うん! あんがと。あ、次の停車場で降りるよー」

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