第2話 21/29

テオは仕事を終えたらしいツウに夕食を付き合えとホテルの内線で呼びつけられた。


「にゃ、ほんとに部屋着できたのか」


「ツウがそのままでいいからって言ったんだろう」


「まあ、座れ」と袖をめっくった手で椅子を指す。


テオは促されるまま、憲兵服の上着が無造作に背もたれにかけられた椅子の横の椅子に腰かけた。ツウも向かいに座った。


「お前さんも呑むか?」と葡萄酒の瓶を持つと言った。


「カラだよそれ」


「にゃんと、こっちだ。こっちの瓶だ」


瓶を持ち変えると有無を言わさずテオの正面に置かれたグラスに注ぎ始めた。


「呑むとは言って無いぞ」


「そう固い事を言うにゃあ。少しでもいいから付き合え」


「少しだけな。にしてもツウ、もう相当飲んだようだな。ほどほどにしなよ。てか、なんか食え」


並べられた食事とその進み具合から、ツウはほとんど酒しか口にしていない事が伺えた。ほんのりと顔も赤く、吐息には酒精が混じっていた。


「にゃあ、今日の魚は美味しく無いにゃ」


「そうか?」テオが食卓を見渡す「僕も今日は魚料理だったけど、美味しかったけどなぁ」


「鮮度が悪いにゃね、流通の問題か保存の問題かわわからんがにゃ」


「そうか? 食べないならいただくぞ」ひと口分だけ身がそがれた魚料理の皿を引き寄せた。


「ああ、そうしてくれると助かる。残すのも忍びないからにゃあ」


テオが料理にフォークとナイフを入れ身を割った、ソースの隙間から身を確認する。


「生焼けとかではないようだな」


「にゃあ、調理に問題はないにゃ。ただただ物が悪い」


テオがフォークに乗せた料理を口に運ぶ。その様子を眉を寄せながらツウが見ていた。


「そんなに悪くはないと思うぞ」ふぐふぐと口に含ませながらテオが言う。


「テオはバカ舌だからにゃあ、と言いたい所ではあるが。私が獣人族に生まれついた性と言うべきか、はたまた贅沢と言うべきか」


「そうだったな、ツウは昔から舌は肥えていたもんな」


「んー、舌が肥えているというのは心外ではあるがにゃあ。ま、この状況も魔石の流通が正常化すれば落ち着くだろう」


「お、という事は迷宮は規制解除が決まったか?」


「にゃ、正式には明日の発表だがにゃ。すでに魔石の販売価格が下落を始めているらしい」


「あらま、情報が洩れてるとか?」


「いや、そういう訳では無い。王弟殿下が憲兵隊詰め所の門前で憲兵のお偉いさんと和やかに握手。その後、文屋に囲まれた殿下が明日発表があると言えば気づく奴は多いにゃ」


「なるほど、一理ありだ。となると明日の発表とやらにツウも同席するのか?」


「なぜ私が?」


「いやぁ、王弟殿下との謁見の後、僕だけ先に退室しただろう。何か話があったんだろうなとは思っていたんだが」


「ああ、あの後か。分隊長が私がポロ出身なのを知っていてな、わざわざ王弟殿下の前で私に地元に戻りたいという気持ちは無いのか? と、聞いたんだ」


「へえ、優しい人じゃないか」


「優しいもくそもあるか、あのタヌキは使える手ごまを手元に置いときたいだけにゃ」


「タヌキ?」


「ああ、このあたりにいるとされる伝説上の生き物でな。まあ、食えないヤツぐらいの意味だにゃ」


「ああ、なるほど。確かに一癖ありそうな人だったな」


「だろう!? 一癖どころじゃすまんがにゃ」


「で、なんて答えたんだ?」


「聞いてくれるか、友よ」


「もちろん」


「地元で活躍できた事を心より誇りに思いますが、こちらに助勢で駆けつけて折、休みなしで任務にあたっております故、地元に帰って来たという実感が無く…… などと言ったあたりで『明日は休暇であったな』とタヌキが言ったにゃ」


「はは、そうイジメてやるなよ。ていうか昨日は休みだったろう? 僕のベッド占領してたじゃないか」


「にゃー、バカを言うなバカを。昨日は休暇では無く、夜勤開けの休息にゃ。それに夕方には登庁したにゃ、ソルタイスの取り調べで呼び出しがかかったからにゃ。さらに言えば帰り際に凶器発見の一報が届いた」


「じゃあまた徹夜したのか?」


「流石にその日は帰ったにゃ。部屋に戻って少しだけ寝て、朝一のバスでと思ったが寝過ごしてにゃ。朝、詰め所に戻った頃には凶器は鑑定所に行った後だったにゃ」


「そう言ってたな」


「にゃ、その後はお前さんを迷宮まで迎えにいって…… 迷宮と言えばだが、明日と明後日のホテル代は憲兵隊が支払うことになった。魔素酔いの治療というか緩和期間としてお前さんはホテルで療養中という事になっているにゃ」


「お、助かるよ。こっちに来てからゆっくり観光らしいことも出来てないからな」


「それににゃ、明後日の帰りの列車はにゃんと特等だぞ」


「うお、まじか憲兵隊にしては珍しいな」


「にゃあ、我々ではない。殿下の計らいにゃ」


「王弟殿下から?」


「ああ。そうにゃ思い出したにゃ、殿下との握手の時にゃ、なにを言われたんだ。えらく親しげに話していたが、初対面って雰囲気じゃなかったにゃ」


「あー、あれなあ…… なんと言われたかというと『解っていると思うが初対面という事で』だな」


「やっぱりか、深くは聞かないが以前に会っていたのか?」


「ああ、迷宮の往路の護衛を事務局長さんに頼んだのはツウだよな、ここまで言えばわかるか」


「んにゃ? いや、まさかとは思うが」


「そのまさかだよ。いや、今は護衛をしてくれた冒険者は王弟殿下と瓜二つだったと言っておこう」


「にゃー、嘘だと言ってくれにゃ」


「残念ながら嘘じゃないんだ。さらにその冒険者はこう言った『名は名乗れない、ただ剣士と呼んでくれればいい』とね」


「にゃ。終わった…… 」


「終わった?」


「終わりだにゃ、王都へ帰ったら次の日には僻地へ左遷だにゃ。いやすでに私のデスクは本部には無いにゃ…… 」言い終わると肩を落とした。


「ああ、そういうこと。なに、大丈夫じゃないか?」


「大丈夫じゃないだろう! 王弟殿下だぞ! 殿下を私が、尉官ごときの私が…… 」


「そう心配するなって。殿下も…… 剣士さんも用事があって迷宮に入りたがっていたんだよ。そこに事務局長さんが僕の護衛という事であればと、そういう流れらしいから」


「それでもだにゃあ、平民出身の私がだぞ…… 私が事務局長さんに護衛を頼まなければこういう事にはならなかったんにゃ…… にゃあああ!」


「まあ、落ち着けって。そっちの皿ももらうぞ」


海路で半月かかるとされる離島や直近まで紛争があった土地の名をブツブツつぶやくツウの斜め前の皿をテオは引き寄せる。

皿にくっ付いていた一枚の紙がはらりと剥がれた、ところどころに文字が並ぶ書類形式の物だった。


「これは?」


「にゃ、近衛から引き出した犯人の経歴にゃ」


「ふむ、見ていいか」


「構わんが、ご覧の通りほとんど黒塗りにゃ」


「だな、名前から察するに海外領土出身ってとこか?」


「にゃあ、それなら国籍の所を黒塗りにはしなだろう」


「たしかに、では王国民ではないと?」


「私はそう考えている」


「なんと」


「そう言ったら分隊長には笑われたがにゃ、考えすぎだと」


「ふん、でもだ。国籍を隠す理由はなんだ?」


「好戦的な貴族や一部の軍部に戦争のきっかけを与えないため。かと私は考えたんにゃが。実力者とはいえ、一介の冒険者を殺したくらいで戦争になってたら兵が足りんと分隊長には言われたにゃ」


「そうだな、分隊長の言う事ももっともだな」


「にゃあ、私も言い返す言葉が無かったにゃぁよ」


「取り調べはどこがするんだ? 近衛か」


「ああ、残念ながらにゃ…… 取り調べなんてこっちに任せればいいにゃ、こっちは年間何人の容疑者を取り調べてるとおもってるにゃ!」


「まあまあ、近衛も政治犯とか捕まえたりしてるんだし」


「にゃああ! 殺人事件はこっちの方が捕まえてるにゃ!」


「量の問題でもないでしょうに」


「まあにゃ、それでもにゃこの数日間はなんだったんにゃ! ってなるにゃ」


「まあ、その気持ちはわからないでも無いけど。あ、そうだ明日だけ特別に取り調べられるってなったらどうする?」


「あす? 明日だけか? にゃあー、明日は休む!」


「休むのかよ、はは」


「だってにゃあ! 王都での勤務を含めると30日間休み無しだぞ!? 明日は休む! 私が取り調べ無くとも近衛には優秀な捜査官がいるにゃ! そいつに任せるにゃ!」


「さっきと言っている事が違う気もするが。まあ、30日もご苦労さんでした」


「うむ、ありがとうだにゃ。というかだ、テオにも感謝にゃ」


「ん? 僕にか?」


「にゃあ、テオが居なかったらまだまだ連勤は続いていたにゃ」


「そうか? たまたまだぞ」


「ふふ、そう謙遜するにゃ。しすぎは嫌味に聞こえる奴もいるからにゃ」


ま、吞め呑めと空になりかけていたテオのグラスにトクトクと葡萄酒が注がれた。

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