第2話 16/29

「アインさん、気をつけなよ」


心配をする組合長の横でテオはがけ下を覗き込む。

月光を取り入れる水晶の位置からは死角になるようでテオの視界に入る光景はただただ暗闇だった。


「組合長さん、ここから飛び降りたりできます?」


「いやー。勘弁願いたいね」


「ですよね。昼間ならどうでしょう?」


「飛び降りるかって? よっぽどじゃないと飛び降りねぇなぁ」


「よっぽどというのはどういう時ですか?」


「そうさねぇ、高額の賞金モンスターが降りていったか、はたまた」


「はたまた?」


「いや、なんでもねえ。まあ、滅多な事では飛び降りねぇってこった」


「では質問を変えて。安全にかついま直ぐ降りる方法はありそうですか?」


「ねえな。少しでも安全を考えるとすればだ防具を脱いで先に落っことす、防具を着たままだと重いからな、衝撃を受け止められねえ。あればローブで括り付ければバラけなくて済むが…… お? テルトスの奴はここで胸当てを脱いで降りたってのかい?」


「いえ、降りて刺されたとは考えづらそうですね。それに胸当てにも被害者の切創に近い箇所に血痕がありましたから、組合長さんの方法で降りたなら、わざわざ防具をつけるのを待って攻撃されたことになります」


「なるほど、そんな間抜けにテルトスがやられるとは考えたくはねぇな」


「となると。やはり、このあたりで刺されて崖を突き落とされたと考えるのが自然なように思いますね」


「本当ですか!」と二人の背後から声が聞こえた。振り向くと曹長がひとりランタンを持って立っていた。


「曹長さん、早かったですね」


「ええ、急ぎ走ってきました」そういった曹長は若干息が上がっていた「アイン先生、犯行現場はこことお考えで?」


「ええ、そのように考えるのが自然なようです」


「本当ですか」ランタンを持たない方の手で口元を抑えた「森の中では無かったと…… 」


「はい、そのようです。ちょうどこの下が被害者の剣が見つかった場所です、この崖の上、すなわちここですが。捜査資料には記載が無かったように記憶してます」


「はい、私もそのように」


「という事はここは捜査がされていない?」


「逆説的に言うとそういう事に…… 」


曹長がはっとした顔をした。ポケットから地図を取り出す。


「お、どういう事だいアインさんよ」と組合長がテオに解説を求める。


「そうですね、もしこの場所が何かしらの捜査が行われたのなら資料に記載があるはずなんですよ。崖の上は異常無しとか、文言までは解りませんが」


「なるほど、確かに憲兵さん達がこの辺をうろうろしていた記憶は無いな」


「そうでしたか。何故でしょうね、普通なら現場に近いこの場所も捜査するはずなのですが、憲兵隊も慣れない迷宮の捜査という事で見逃してしまったのでしょうか」


「そうさなぁ、俺たち組合職員も冒険者の殺し合いは決まって危険地帯で起こる物と思ってる節があるからな。それが憲兵さん達にも影響したのかもしれん」


「なるほど、憲兵隊はよく組合長さんに迷宮の事を聞いてたようですから、そういう事もあるかもしれませんね。まあ、今からでも何かしらの痕跡を探しましょうか」


「今からかい? 3人で?」


「ええ。3人で、本格的な捜査は明日行われるでしょうが」白手袋を取り出す「今いる3人だけでもする価値はあると思いますよ」


テオは懐からライトを取り出した「曹長さん、手袋の予備は有りますか?」


地図をランタンで照らし確認していた曹長が肩をびくりと震わせ反応する。


「は、はい。こちらに」とポケットから取り出し組合長に手渡した。


「曹長さん、灯りをお願いできますか」テオが虚空を指さす。


「もちろんです」というと手を天にかざしアービスりと唱えた。光球が現れ周囲を照らす。


「では。僕と曹長さんは手元にも灯りがあるので、草むらや木立を。組合長さんはざっくりとで良いので血痕などが残っていないかを確認という事で」


ふたりがうなずく。


「では、お願いします」




捜索開始から5分ほど経過していた。


「そういえば組合長さん」草むらを掻き分けて探すアインが言う。


「どしたー」組合長は地面を凝視しながら少しずつ歩いていた。


「草むらからモンスター級の虫が出てきたりはしないですよね」


「虫か、地上では見られない大きさの虫が出たりはするがな」


「うぇ、でるんですか!?」


「はは、害はないから安心しろ。アインさんは虫が苦手かい?」


「最近、少し苦手になりました」テオの顔面に向かってグレープフルーツ大のバッタが飛んだ「うひゃあ」


「ははは、少しどころじゃなさそうだな。まあそのうち慣れるさ」


「そのうちってどれくらいですかーいやぁ!」


「ひと月かふた月か、そこいらだな」


「明日帰るんですけどーぎゃっ」


「ははっ。まあ、虫型モンスターに殺されかけた奴でさえ慣れれば虫を殺すんだ、今日中に頑張って慣れろ」


「あー無理無理無理。殺されかけたらもう絶対むり。慣れるなんて一生無理。尊敬しますね」


「ほう、尊敬する。そう言ったな」


「ええ、ヒッ。言いました、ビールくらいぃぃ奢りますよ」


「お! 聞いたぞー。宿に戻ったら丁稚の若い子に奢ってやんな! 喜ぶぞ!」


「え! あの彼ですか? 被害者を最後に見た」


「あぁ、この宿に来る前は商業組合で運び屋をしててな。不幸な事にある日、組合ギルドの雇った護衛が経歴詐称の新米でな、隊商キャラバンが壊滅、6階層で死にかけたんだ、その時おそってきた虫型モンスターってのが」


「やめて! 聞きたくない!」


「そうか? なら良いがな…… ちなみに」


「聞きたくないですってー!」


「虫の話じゃねぇよ。そん時に助けたのがテルトスとリントだったんだって話だよ」


「あ、そうだったんですね。早とちりで失礼しましタァァ! いや、通りでリントさんに懐いてるなって」


「懐いてるか、違いねぇな。保護者と言うと大げさだがな、あれ以来、あのふたりでいろいろ面倒を見てたんだよ」


「なるほど。でも、なんで、組合長さんに、初めに話したいって、事になったんでしょうリントさんでなく」


「どうだろうか、あいつを組合こっちで預かるってなった時に商業組合と揉めたんだ、そんときに色々と話をつけたのが俺だったからな。その辺じゃねぇか?」


「恩を感じてってことですか?」


「恩じゃあねぇな。リントも言ってたろ、いろいろ騙されてきたって」


「信じれる人が他にいなかった?」


「そういう事かもしれねぇな」


「あぁぁぁぁ」


「ははは、でかいのがでたか」


「ありましたぁぁぁぁ! 曹長さーん!」

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