第2話 15/29

「どうしても最初に組合長さんにお話したかったのです」


そのようにして語り終えたのは第一発見者が営む宿泊施設で下働きをする下男だった。


「そうかい」と組合長が言った横で「もう少し早くお伝えしてくれれば」と曹長がこぼした。


「ごめんなさいねぇ」とリントが下男の肩に手を置いた「この子、これまでさんざんと裏切られてきたから…… 」


「すんません、すんません」とうずくまった下男の頭をリントが優しく撫でる。


「とは言え、被害者の足取りが判明したのは収穫でした。ご協力感謝します」


曹長が下男の手を取り言った。下男は二人に促されるまま椅子に座らされた。


「改めて確認させて下さい」曹長が手帳とペンを取り出す。


「へぇ」と下男が返事をした。


「テルトス氏が出ていったのは午前3時前なんですね」


「へぇ、そうでんす。テルトスの旦那が出ていったのは時計がボンボンとなった後でんす。でも出ていってすぐにボンボンボンと時計が鳴ったのを覚えてんす」


曹長がペンを走らせる。


「確かにテルトスさんでしたか?」とテオが聞いた。


「へえ、テルトスの旦那はあっしなんぞに目をかけて下さってて。お出かけの前に声をかけてくれやした」


「なんて言ったのでしょう?」


「へえ、頑張ってるねみたいだね、とか。あと帰ってきたら1杯付き合ってくれとか、その様にお声がけいただきやした」


「1杯付き合ってっていうのはお酒をでしょうか」


「そうねぇ」と答えたのは下男ではなくリントだった「テルトスは眠る前にお酒を飲む癖があったわね、毎日ではなかったけれど」


「それに」とリントが下男を見て続けた「この宿にこの子を紹介したのが彼だったから、うれしかったのよ。たぶん」


「へえ。キツイ仕事とは聞いておりやしたが、半年続けられたら一緒に酒を飲もうと言って頂いておりやした。それが叶うかと、叶うかと思っていたのに…… 」


下男は俯いた、すぐに鼻をずるずると言わせ始めた。リントがまた頭を撫で始める

、宿の女主人がチリ紙を持ってきて下男に渡した。






「してだな、アインさん」腕を組んだ組合長がそう言ったのはテルトスが死の前夜、宿として借りた部屋でだった。


「テルトスの足取りが解ったとしてだ、なにか進展は?」


「そうですねぇ。何人かの容疑者だった人の容疑が確かに晴れた。といったところでしょうか」


「これといった進展とは言えねぇ。そんなところかい?」


「そう捉える人もいれば、確実に進展があったと捉える人もいます」


バタンと部屋の窓を開けたテオは顔を出し外を見た。月明かりを取り込んだ天井の水晶がボンヤリと迷宮内を照らしていた。

宿はこの階層の中でも高い所に位置しているらしく、さらにはテオが顔を出した窓は3階の部屋の物のため見晴らしがよかった。彼の眼下には月明かりを反射する土の地面と暗い危険地帯の森との境界線がくっきりと映し出されていた。


「組合長さん」


「おう、どしたい」


「あそこに」とテオが指さす「見える樹は」


組合長が窓から顔を出した。


「ああ、あのひとつ抜き出た樹はテルトスの死体が見つかったところのだな」


絵の具の黒を溶かした様な暗い暗い森の中に一つ頭を出した黒い突起のような大樹が見えた。


「あの時見えた屋根はここのか…… 」


「ん? なんて言った? 」


「いえ、森で歩いていた時に見えた屋根が」


「そうだなこの宿の物に違いねえな」


「となると剣が見つかったのは?」


「んと、そうだなぁ」組合長が顎を触った「あのへんじゃねえか?」と指さした。


テオが組合長の指さした先を見る、月明かりが反射する地面の白と森の漆黒の境界線、その折れ曲がるところ、そこは崖の突き出たところだった。


「行ってみましょう」


「今からかい!? モンスターが少ないとは言えこの時間に森に入るのは危険だぞ! 」


「森じゃないですよ。あの崖のところにです」言いながらテオは歩き出していた。


「まてまて、俺も行くよ」組合長もテオの後ろを追いかける。


テオは急ぎ足で宿を出た。下男の姓名や生年月日を確認する曹長に一声だけ声をかけた、下男の横ではリントが付き添っていた。外に出るとすぐに崖の上を目指した。

早歩きでいどうして、しばらくした時だった。


「急ぐねぇ、アインさん」


「ええ!」


「なんだってそんなに?」


「犯行現場かもしれません!」


「まてまて、犯行現場は森の中じゃなかったのかい?」


テオが立ち止まり組合長に振り向く、何かを言いかけたが再び歩き出した。速足のままテオが口を開く。


「我々は最初こう考えていました。森の中で犯人と剣を交えつつ、モンスターを警戒しながら彷徨い、末にあの場所で敵の刃がかろうじて届いたと」


「そうだ。皆、森の中で戦闘した挙句の犯行と考えていたな」


「組合長さんでも、誰かに追われながら、もしくは誰かを追いかけながら、それもモンスターを警戒して、夜の森の中を走り回って、自分の場所を把握できるでしょうか?」


「森の中で対人戦か…… 考えたくも無いがな。はっきり言って迷う自身しかないなが…… ふむ!?」


「気が付きましたか? 被害者は遺体が見つかった大樹までほぼ直線で移動していました、むしろ等高線にそった効率の良いルートでした。という事はテルトスさんは自分の場所を把握していたと考えるべきです」


「なんと」


「最初、僕はこう考えました。あの崖下で誰かと待ち合わせしたのか? と」


「あー、あれだ。アインさんが一つ一つの血痕の確認をやめたタイミングだ」


「ええ、まさしくです! 現場に急ぎました、剣が発見された現場に、そこに何か有るかもしれない、被害者と犯人が待ち合わせた目印となる物や、理由がそこに有るはずだと」


「しかし何も無かった」


「ええ! そうなんです、むしろ痕跡の一つみつからない。犯人と被害者は最初の考え、即ち冒険者同士のいがみ合い、妬みにやっかみが理由という事あれば、最初は言い合いだったはずです、それが掴み合いの喧嘩からなり、挙句、どちらかが剣を抜いた」


「そうだ、俺を始め皆がそう考えていたが…… 」


「そう、そういう事であれば少なくとも数合は打ち合ったはずです、森は危険地帯ですが狩場でもあります、ですので戦闘の跡は無数にあり紛れて見つけられなかった、そこまでは分かります。が、テルトスさんは魔法剣士でもあります。そんな彼が組合長さんも避けたい対人戦で魔法を使わないと思いますか?」


「いや、思わんな。格の違いをみせつけて相手に鉾を納めさせる絶好の手段だ」


「しかしテルトスさんは戦闘中に魔法を使わなかった」


「それはわからんだろう、危険地帯の森の中には無数に痕跡が残っている。そのうちのどれかかもしれない」


「いえ、使わなかったんですよ。胸当てに魔法を使用した痕跡がのこるはずです」


「ん? それは回復魔法をかける際に装備を外したからで」


「と、僕もそう思っていたんですが、資料をよく見ると。魔法使用の形跡は無しと書かれていました、回復魔法使用の形跡とは書いていなかったんです。そのほか剣や手甲などには回復魔法使用の痕跡と書かれているにも関わらずです」


「んーと、どういうこった?」


「剣の鞘や手甲にはそもそも魔法の使用形跡がありました、魔法使用の際に魔素が飛び散ったものですね、その上で回復魔法の使用形跡が上書きをされた」


「ああ」


「ところが胸当てには魔法の使用の形跡すらなかったのです」


「まてまて、テルトスの奴は魔法剣士だ。さんざん魔法を使って防具にも魔素はしみ込んでなきゃおかしいだろ」


「そうなんですが。被害者は5階層に来て」


「そうか鍛冶屋か!」


「そうです、鍛冶屋さんに修理に出した装備のついで、胸当てもメンテナンスなど頼んだのでしょう。その変わりに予備の胸当てを装備しました。ところが、この胸当てには回復魔法どころか他の魔法の使用痕跡が残らなかった。魔法剣士が対人戦のさなかにです。おかしいでしょう? 」


「そうだな。だが、たとえばだ魔法を使う必要の無い格下が相手だったってのは……」


「そんな人物にテルトスさんがやられますか?」


「いや。無いな…… じゃあ、モンスターと挟み撃ちに会ったって線は?」


「魔法を使わない選択を被害者が取ったとは思えません」


「なるほど、その通りだ」


「という事で僕は、被害者はあの崖下に呼び出された、そう考えるのが妥当のように先ほどまでは推理していたのですが……」


崖の先が見えてきた。二人は足をさらに速めた。


「ですが? なんなんだい? 」


「被害者がこの宿を出たのは午前3時前でした。今日の昼過ぎに私たちは被害者が剣を置いた場所を確認しましたが、そこから死体発見現場を経由してこの宿まではおよそ1時間と少しだったかと記憶してますがどうでしょう?」


「そうだな、それくらいだ」


「では被害者もまっすぐ崖下に向かえたとして、着くのは午前4時ごろという計算になります」


「そうだ」


「では、被害者が剣をおいた場所から死体発見現場まではどれくらいだったか覚えていますか?」


「30分ほどだったんじゃないか?」


「そうですね、僕もそれくらいだったと記憶してます。死体が宿の女主人に発見されたのは日の出前との事でしたから、1ヶ月ほど前ですと午前5時45分ごろとします。でー、組合長さん」


「どしたい」


「被害者が狼型のモンスターに蹂躙されてた時間はどれくらいとお考えになりますか?」


「どうだろうなぁ、遺体の損壊具合からみて10分か15分ってところか?」


「では、わかりやすく15分としましょう。となると被害者は遅くとも5時30分には大樹の下で生き絶えた事になりますね」


「いや、違うな。赤狼はああ見えて臆病だからな。獲物が死んでも直ぐには食いつかん。10分か20分はじっと死体の側で待ってるはずだ」


「そうなんですね。その情報は資料に無かったような」


「そうかい? 憲兵さんの誰かには話したような気がするがね」


「……ま、いいでしょう。話を戻しましょう。狼の習性も考えるとさらに遡って5時10分から20分の間、かりに5時15分に絶命したとします。我々が犯行現場と考えていた場所に被害者が着くのが早くとも午前4時でした」


「そうだったな、それで?」


「はい、午前4時に現場についてすぐ刺されたとします。遺体が見つかった大樹まで1時間と15分、昼間でモンスターが少ない、居ないという前提でスタスタ歩いた僕らで30分かかった道のりです。それを背中に傷をおった人間が、暗い森の中を、モンスターに警戒をしながら、この階層に慣れたベテランとはいえです」


「ふむ、1時間ちょっとで辿り着くのは無理がありそうだな…… 」


「そうなんです。それにです、宿から我々が現場としたところまで夜の森の中を躊躇なく向かったとして1時間で到着できますか? 」


「無理だね。モンスターのいない今でも無理だ…… あー。まってくれ、いままでさんざん犯行現場だと思っていたあの場所は」


「少なくとも呼び出された場所では無かったと考えるのが妥当でしょう」


「くそっ! 憲兵の奴ら騙しやがって……! あ、すまん。いまのは内緒にしておいてくれ」


「はは。いいですよ、僕も一部の連中には辟易してるんで。大丈夫です」

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