第2話 13/29
テオは曹長と共に先頭に森を進む。後ろを組合長が警戒し、さらにその後ろをリントが続いた。
テオは写真に納められた血痕と現状とを見比べる。かれこれ5カ所目の確認だった。
「曹長さん、次をお願いします」
「はっ。次の血痕はあのあたりですね」
テオは迷わず歩みを進めた。曹長が続き組合長たちも足をそろえた。
20分程の時間をかけてさらに数カ所ほどの血痕を確認した。
「次の血痕もこの方向ですか」とテオが遠くを見ていった。
「えっ」曹長が地図を確認する「はい、こちらの方向です」
「さらに行けば、被害者の剣が置いてあった場所でしょうか」
「はい、その通りです。が、少し曲がりますね」
曹長が地図を見ながら左手で曲がる方向を示した。
「とはいえ、かなり直線的ですね」言いながらテオはぱらぱらと写真をめくり確認する。
「はい」曹長も改めて地図を確認した「被害者も早く安全地帯に移動したかったのでは?」
「それはその通りなのでしょうが…… 」
「何か気になることでも?」
「いえ、行きましょう。血痕ひとつひとつに異常はなさそうですし」
「まっすぐ向かいますか? 被害者が剣を置いた場所に」
「ええ。お願いします」
というやり取りの後で二人は歩みを早めた。
テオは血痕の場所こそは確認したが、それまで行っていた写真と見比べる行為は省いた。
20分も歩くときり立った崖が見えた、地図を確認すると安全地帯との境界であることが解った。崖の上に森は無く遠くに建物の屋根だけが見えた。その屋根も5分ほど歩くと角度の関係からか見えなくなった。
曹長が「間もなくです」と言ってから「ここですね」と言うまでにさほどの時間は要しなかった。
「被害者の剣はこちらで発見されました」
崖下は日当たりが悪いらしく開けていた、おのずと二人は森を抜けるかたちとなった。そこには所々に雑草の生えた裸の地面が広がっていた。
テオが資料を確認する。写真には崖に立てかけるように置かれた剣が映っていた。現状と見比べたテオは見上る、崖の先まで4,5メートルほどの高さがあるものと目算した。
「またこちらのとおり」と曹長が写真を手渡す「被害者はここでかなりの出血をしております。そのことから致命傷となった刺し傷をこのあたりで受けたものと推定。その後、剣を外し安全地帯を目指し森に入ったものと考えられます」
被害者が剣を置いた崖下と森の際との間には今でこそ血痕は見られなかったが、写真に映るその血だまりはこれまでに確認してきたものより大きいものとみられた。
「剣の他、胸当てなど大き目の防具もここで外してるんですね」
「はい」曹長が別の写真を手渡す。写真に納まった被害者の胸当てにもまた血が付着していた。
「この防具の血液は被害者のものと」
「はい、特定済みです。また、被害者は手甲などから簡単な治癒魔法を使った形跡が見られたのですが、こちらの胸当てには魔法使用の痕跡はみられず。胸当てなどの装備をはずしてから魔法を行使したものと推測されます」
「剣はどうなんでしょう」
「剣からは…… 柄からは微量ながら魔法使用の痕跡が検出されておりますが」
「剣身から回復魔法使用の痕跡は検出されなかった。のではありませんか?」
「ええ、まさしく」
、
「おそらく鞘にも痕跡が、魔素が検出されたのでしょうが。鞘の一部から、もしくはベルトからは検出されなかった。そうではありませんか」
「はい」と曹長が言うと、合流していた組合長が「ほう」と言った。
「なぜわかるんだい?」
「組合長さん」とテオが軽く会釈する「剣の柄から検出されたという事は、被害者は剣を構えていなかったのではと思いまして」
「それだけ?」
「ええ…… そうか、これでは答えになっていないか」テオは考えを整理せんと虚空を見上げた「被害者は剣を構えていなかったのであれば、剣はどの状態だったのでしょう。地面に転がっていたか、鞘に収まっていたかのどちらかです」
「そうだわな」
「おそらく被害者は傷を確認するため、防具を外し、鞘を身体に固定するベルトの留め具を外しました。崖に立てかけて後に取りに戻れるようにするくらいですから、被害者はこの剣を大切にしていた」
「ああ」
「ならば剣を裸のまま地面に転がしてしまうとは考えづらいですね。この時に鞘に戻したのか、剣を鞘に納めてから鞘を身体から離したのか。もしくは……」
「もしくは?」
「いえ、なんでもありません。とにかく被害者は防具を外し、片方の手で剣が収まった鞘をつかんだ。傷は背中の右側にありますから」
「こう」テオが右腕を上げ、わき腹から後ろを覗き込むように首をひねった「腰をひねって確認したはずです。もちろん傷が痛んで動けなかったかもしれませんが、片方の手で、おそらくは左手で鞘を掴み、もう片方の手で、これは右手でしょうが、手を傷口に当てると回復魔法を唱えた」
「なるほど、それで鞘を掴んだ左手の所だけ反応が検出されなかった」
テオが言葉無くうなずき「さらに言えば」と続けた。
「被害者の防具に回復魔法を使用した際の魔素が検出されなかった事を考えると、防具を脱ぎ捨てて少し移動してから回復魔法を唱えたのだと考えるべきです。比較的大きな血だまりがあったのが」
「そのあたり」とテオが指し示す「そこで被害者は防具と鞘を外しました。防具が見つかったのは血だまりの近くですか?」
「はい」と曹長が答えた。「やはりですか」テオがひとり頷く。
「防具と鞘を外し、傷を確認する。おそらく被害者は先に剣を置いておく場所を探しました、それはすぐみつかった、あの崖下ですね。崖が庇のようにせり出していますから雨が降っても打たれる心配がない。ん? 雨って降るんですか?」
「降るわよ」といつの間にか合流していたリントが答えた。
「降るんですね…… なんでもアリだなこの迷宮。ま、いいや…… とにかく、剣をひとまず置いておく場所まで歩いた。歩く途中、詠唱を始めた、右手を腰に当て回復魔法を使用しました。被害者は剣をがけ下に置き、安全地帯にある町を目指して歩き始めた。残念ながら彼の回復魔法の効力では傷を完全に塞ぐことは叶わなかった、なにせ肝臓まで達する傷ですから、僕はあまり詳しくはありませんが。専門家でも難しい様に聞いたことがあります」
「そうね、内臓までやられると中堅の
「そうなんですね」とテオとリントの視線が合う「ひとまずの出血は治まったものの歩いているうちに傷が開いた。そうして森に入る直前、ポツリと1滴の血が落ち、森を進む彼の足取りを残すように森の中にも血痕を残していった」
組合長が腕を組み目を瞑った。
「そう考えるのが自然かなと。僕は思います」
テオのその言葉に曹長が数回ゆっくりと頷いた。
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