第2話 12/29
剣士やチャーロに見送られた一行は5階層の安全地帯と危険地帯の長い長い境目のとある地点に居た。
「あのあたりが」と曹長が指さす「死体発見現場ですね」
一行は森の手前に立っていた、森の木々の隙間からささやかな空間が伺えた。捜査員が行き来した名残か一部が獣道のように草が薄くなっていた。テオは手に持つ地図を見る。
「地図を見る限り危険地帯すなわち森なんですね」
「ああ、そうなんだ」腕を組んだ組合長が答える「モンスターも森を出てまで活動しない、賢い奴らだ」
テオが資料をめくる「第一発見者は日課のキノコ拾い…… キノコが採れるんですか?」
「あら? 知らなかったの」リントが三角帽子の位置を直した「あのお茶の材料になるのよ」
「お茶の…… あの魔素酔いの症状を和らげる?」
「ええ、そうよ。しばらく乾燥させて、粉末にして茶葉に混ぜるの」
「ああ、独特の風味はキノコ由来でしたか」
「そういう事、慣れたらあれがおいしく感じるのよ」
「慣れるまで時間がかかりそう…… 」
カチャと音を立て曹長がテオに振り向く。
「申し訳ありません、アイン先生。私がもうすこし上手くお茶を入れられれば…… 」言い終わる直前、曹長は深く頭を下げた。
「そんな、謝らないで下さい。おいしかった…… ですよ?」
「なぜ頭にはてなマークが付いてるのよ、アイン君」ウフフとリント笑う。
「えっ」とテオが頭を触る「ついてました? すみません」
「うふふ、言葉の綾よ。そういう時は言い切ってあげなさいな」
「はい」テオは曹長に向き直った「美味しかったです、あと頭痛も和らぎました、ありがとうございました」
再びウフフとリントが笑う、その横で組合長が剣を抜いた。
「それでは皆さん、覚悟はよろしいかな?」言いつつ組合長は皆ひとりひとりに目線を合わせる。テオが無言でうなずいた。
「打ち合わせ通り曹長さんがアインさんの直掩、その後ろに俺、さらに後ろがリント。アインさんは自分の行きたい方向に行ってくれて構わないがその都度俺に進行方向を伝えてくれ」
テオが「ハイ」と返事をした横で曹長も「はっ」と言い踵をそろえた。
「ま、モンスターも現れて1匹か2匹だから心配しないで。いってらっしゃい」とリントがテオの背中を強く押した。テオがバランスを崩すような形で森の入り口に足を踏み入れる。
「では、よろしくお願いしますっ」
そうテオが力強く言うと歩き始めた、すぐ後ろに曹長が付く。3歩ほど進むと組合長の足音がテオの耳に届いた。さらに数歩すすむと空間が開けた。
1本の大樹を中心に広がった樹冠の下が空間になっていた、向き出た樹の根っこがところどころ隆起しており、樹の幹に近い箇所は苔が覆っていた。さらにテオが歩みを進めると一際ふとい根っこのたもとに添えられた一凛の花が彼の視界に入った。
「ここですね」テオが写真を見比べる「はい」と曹長が答えた。
写真の中の男は樹の根に覆い被さるように倒れている、写真に納まった時点で両の足と左手の肘から先は失われていた。
テオは再び樹の根を見る、写真の中の男が倒れている箇所と根の苔が黒ずんで枯れている箇所が一致した。テオが周囲を見回す。
「苔が枯れているところがところどころありますね」
点々とまだら模様に黒くなった苔が数カ所テオの目に入った。
「はい、おそらく被害者の血液が苔を枯らしてしまったのかと」曹長が答える。
「赤狼は高い所で食事をしたがる」追い付いた組合長が言う「その上、頭をぶんぶん振り回しながら得物をかみちぎるからな。餌場が解り易いんだ」
「そこら中に体液が散らばってってことですか?」
「体液だけじゃねぇな、骨やらなんやらも散らかってる」
「なんやら、ですか…… 」
テオは周囲に散らばった装備品や所持品の写真やそれらと死体との位置関係を表した図を見た。
「一番遠くて」とテオが森の先を指さす「この先12メートル、これは革の小物入れ、ですね。8メートル、左手甲残骸。3メートル先には指輪、たしかにここを中心に、と言うと少し大げさですが。遺品が散らばってますね」
「そう」と言ったのは合流したリントだった「指輪は憲兵さんが持っていったの」
「はい、遺留品としてここに記載があります」テオが資料の1カ所を指した「素材は白金でくすみがあり年代物と推定、血痕が付着し変色、サイズから女性用と推定…… 女性用ですか」
「彼の母親の遺品よ」
「もうテルトスの遺品になっちまったな」カシャンと鎧の音を立てながら組合長が言った「そうか。本来なら今頃、あんたが貰ってたんじゃないか?」
「そうかもしれないわね」
「お。テルトスからプロポーズされたってのはリントだったのか」
「あら、知らなかった?」
「ああ。ちゃんとは聞いてねえな」
「そう、あの人らしいわね」
「で、受け入れるつもりだったのか? 」
「わからないわ。答えを出す前に亡くなったもの」
「もしかしてですが」テオが手を上げながら言う「テルトスさんが結婚を考えていた相手というのは」
「ええ。私よ」リントはにこりとほほ笑んだ「お互い、いい年齢だったでしょう? いまさら神様に誓ってなんてこと、私は考えて無かったのだけれどね、急にテルトスの方がね」
そういうとリントはうつむいた。そんな彼女を見て曹長から「リントさん」と心配そうな声が漏れ出た。
テオが樹の根を廻り込むように移動する。
「被害者はこの地面に座り込み樹の根を背もたれにし亡くなったんですね」
曹長が当時の写真を数枚テオに渡し補足する。
「写真のとおりここでかなりの出血があったようです。流出した血液の量などから推測すると被害者はここで息絶えた後、あちらで赤狼に蹂躙されたものと考えられます」
大きな血だまりからは楕円様の血痕に混じって点々と小さな新円に近い血痕が規則的に森へと続いている事が数枚の写真から見て取れた。
「この血痕は被害者が存命中の物ですね…… 」
テオが血痕をたどる。
「それでは…… 再び森に入ります」
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