第2話 11/29
「いいのかい!!」という組合長の驚きの声が飯屋にとどろいた。
「ああ、もらってくれると嬉しい」と剣士が言いながら宝石が付いた鞘とその鞘に収まった剣を差し出す。
「大事にしてたんだろう」組合長が恐る恐るといった様子で剣に手を伸ばす。
「大事にはしていたがな、それもここ4,5年の話よ」
「にしてもだ、貴族なり取り巻きなりに売って恩を着せてやった方がいいんじゃねぇか」
「貴族連中はな現代の名工が打った品よりもだ、誰が使ったか、なり誰を切ったかとかの歴史を重んじるものよ。それに取り巻きの者どにはなぁ…… 」
「そうか、あまり贔屓はできねぇって言ってたものな」組合長が剣を掴んだ。
「それにな、もともとはテルトスにやるつもりだったんだ、この前の礼にとな。渡す前に死んでしまった」
「そうか…… なら俺も今使ってる剣を次の組合長が決まったらそいつに引き継ぐよ」
「ああ、そうするといい。貰ってくれてありがとう」剣士が手を放した。
「こちらこそだ、ありがとう。大切に使うよ」
ふたりが固い握手を交わし抱擁を終えると組合長は飯屋を後にした。
そのようなやり取りを眺めていたテオにリントが声を掛けた。
「アイン君、同席よろしくて?」
「もちろんです。あ、すぐ片づけますね」
テーブルに広げていた資料をテオが慌ててまとめる。
「いいのよ、お茶だけだから」
リントは手に持ったコップを揺らした。
「あれ? 食事されるって言ってませんでした?」
「ええ、そうね。ああ言わないと、彼、納得しないのよ」
「彼…… あ、組合長さんですか?」
「ええ、あたしとテルトスはほら、長い付き合いだったから。なんか心配されちゃってねぇ」
「なるほど」
「彼が死んで、10日ほどはね、いつ食事したか思い出せないくらいだったけど」
「それは…… お辛かったのですね」
「つらかったのかな? そうね、たぶんつらかったの」リントが茶をすすった。
「テルトスさんとはどれくらいの付き合いだったんですか?」
「彼とはそうねぇ、前のパーティーが解散してからだから、ここ10年くらいかしら。ああ、でもね。私が駆けだしの頃に一度あってるらしかったの」
リントが被害者の素性がまとめられた資料を手にした、史料の隅の被害者の顔写真を見てつぶやく。
「それが彼との最後の会話…… 」
飯屋に憲兵の一団が入って来た。兵卒が三人と若い下士官が一人だった。
席に着いてしばらく、彼らの今日の作業を振り返りる声が飯屋に充満した。
「すみません、思い出させてしまって」
「いいのよ、相棒を亡くすのは2回目だから。慣れてるの。それにね、たまに思い出してあげるの、それが立ち直るコツよ。たまに思い出してあげて、また日常に戻って。ずっと忘れっぱなしじゃね、ほんとの偶に思い出した時に酷くつらいでしょう? だからね、普段から思い出すことでそれに慣れとくの。今回のは良いきっかけよ」
「そう言ってもらえると、救われます」
「ええ、アイン君は身近な人を亡くしたりは?」
「僕はあまり経験が無いです」
「じゃあ、ご両親も健在なのかしら」
「いえ、孤児院育ちでして」
「あら、これは失礼」
「いえいえ…… あ、でも。孤児院の前院長が死んだと知らせを貰った時は、とても悲しかったですね。厳しい人でしたが優しい人でもありました。そう、いま思えばあの厳しさも、僕たちの事を思ってのことだったんだなって。偶に…… 」
「ええ」
「それこそ偶に、思い返すことがあって」
「素敵なお人だったのかしらね」
「はい」テオがニコリと笑う「素敵な人でした」
「いつ亡くなったのかしら?」
「もう10年近くになりますね。院を出て、王立の幼年学校に入った頃でしたから」
「あら、幼年学校に…… 賢いのねぇ」
「いえ、賢いだなんて。生きていくのに必死だっただけですよ。それに士官学校には行かなかったので」
「ああ、そうね。アカデミーに飛び級だったわね」
「ええ、そうなんですよ。ツウから…… カッツォ中尉からお聞きですか」
「そうよ、猫の中尉さんから。あなたの事、楽しそうに話していたわ」
「楽しそうにってどういう…… ま、いいや。そういえばですがこの階層では戦闘が起きるか怪しいと言ってたと思うのですが」
「言ったわねぇ」
「どういう意味なのでしょう? 5階層は危険と聞いたのですが」
「ええ、危険だったわ。今日はもうモンスターを狩りつくしたから、安全そのものよ」
「狩りつくした? 」
「そう、狩りつくしたの。ポロ迷宮は1階層を除くどの階層も安全地帯と危険地帯に分かれるのは知っているわね?」
「はい、2階層以降では危険地帯には絶対近づくなと。そう言われました」
「そうね、2階層以降のモンスターは人を見たら襲って来るものもいるから、正しいわ。でも、危険地帯からモンスターを一掃しちゃったらどう?」
「危険とは呼べなくなりそうです。が、
「そうね、危険地帯ではどこからともなくモンスターが
「では安全とは言えないのでは?」
「そう、でも1日で現出するモンスターの数は限られているわ」
「なるほど、それで今日の分は狩りつくしたと」
「そういうこと。まあ、一日に
「またー、怖い事を仰る」
「うふふ、心配しなさんな。もし居たとしても私と彼と、曹長ちゃんであなたを守るわ、アイン君」
「ありがとう、頼りにしてます」
「ええ、おばさんに任せて」リントは茶をすすった「で、アイン君。あなたお茶は飲まないの」
「あっ」テオが慌てた様子で自らのカップを手に取ると傾け中身を確認した「史料に夢中で飲むの忘れてました」
「無理に飲まなくていいのよ。あなたその様子じゃ魔素にめっぽう強い体質ってとこね」
「ええ、そうみたいですね。ここに来る途中も散々と体調を気にしてもらいましたが、なんというか、平気というか」
「あらまあ、羨ましいかぎりだわぁ。あなたといい剣士さんといい」
「普通はどうなるんですか?」
「頭痛、吐き気、立ち眩みにめまい。ひどい人は意識を失うわね」
「うわ」
「後から、まあ2,3日後だけど。急に症状が出始める人も中にはいるから。お茶は飲んどいたほうがいいわよ」
「そうなんですか!?」テオは咄嗟にカップに口をつけた。
「ええ、年配の人で初めて迷宮に来た人なんかに多いわね。だからアイン君くらいの年齢の子は心配いらないんだけど」
テオの手がとまる。
「ま、飲んどいて損はないわよ」
「せっかく曹長さんが淹れてくれたので、最後までいただきます」テオが再び茶をすすった。
「ええ、そうしてあげて。でも、少しずつ少しずつ飲んだほうが効果が期待できるわ」リントも茶をすすった。
「へー、そうなんですね」
「ま、迷信って言う人も多いけどね。私は少しずつ飲んだ日の方が調子がいいの」
「バカにはできなさそうですね…… さっきのお話だとリントさんは10年以上は迷宮で活躍されていると思いますが」
「ええ、
「え、そんなにですか。失礼ですがおいくつですか?」
「45歳よ。遠い先祖にエルフがいるから、よく若く見えるって言われるわ。でもその分、急に老けるっていうじゃない。もう怖くて怖くて」
「ははは、羨ましいですよ。僕なんて幼年学校に入る前から成年に間違われてましたから」
「あら、たしかにアイン君は老け顔よね」
「やだなぁ」はははとふたりが笑う「そう。聞きたかったのは、長年迷宮に潜るような人でもお茶は飲むんですね」
「そうねぇ、飲まなくても動けた時期もあったどね。40を超えたあたりからかしら、他の階層へ少し移動するだけでね大変なのよ」
「いまも他の階層から移動してきたんですか」
「ええ、7階層まで憲兵さんたちの護衛をね」
リントが先ほど入ってきた憲兵たちを見る。
「ああ、なるほど。ご苦労様でした」
「うふふ、ありがとう。昔は迷宮に潜るときに症状が出たのだけれど、最近は地上に戻ろうとするとひどくなるのよ」
「賢者様といっしょですね」
「あら? そうなの? 」
「ええ、そうだったみたいですね。あまり知られていませんが」
「しらなかったわぁ」と言ったリントが茶をすすった時、飯屋のスイングドアがバタンと音を立てた。
装備を整えた曹長と組合長が入り口に立っていた。
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