第2話 10/29

チャーロ曰く自身は4階層の危険地帯に足を踏み入れたことは無かったそうだが、良い機会だからと承諾した。そんなやり取りがテーブルの端を座っていたテオの耳にも届いたようだった。


「なあ、アインさんからも言ってくれよ」


と、組合長が言ったのはテオが食事の最後の一口を飲み込んだ後だった。


「ん? 何をですか?」


テオは机を挟んで座る組合長にそう問かけた。


「冒険者がいかに健康的で、やりがいがあって、儲けられるかってことだよぉ」


組合長の横で茶をすすっている曹長はテオが食事の間しつこく口説かれていた。


「冒険者ほど生涯にわたるような怪我をする職業はありませんし、やりがいであれば今の職ほど感じられるものはございません、賃金についても人ひとり不足なく生きてゆける給料を賜っており、それ以上は望みません」


「これは分が悪そうですね」ははと笑うテオが続ける「僕は冒険者の事は詳しくないですから」言いながら手元の事件に関する資料に目を向けていた。


「アインさんは黒髪の魔法剣士なり賢者様なりを研究してるんでしょう? 詳しくないって事はないでしょう?」


「そうですね。でも、僕が研究しているのは魔王討伐小隊についてが主ですからね」パラリと資料のページをめくる「討伐後の活躍については勇者様に関してある程度は知ってるくらいで他の方は…… 」


テオにとっては8時間前に見たはずの資料だったが目が留まった。抜き身の剣が映った写真とその時の状況を記した資料だった。


「曹長さん。な、頼むよ。ひと月でいいんだ、軍属なら長期休暇があるだろ? そこで小遣いかせぎだと思ってさぁ」


「残念ながら憲兵は副業を禁じられております」


「あっちゃー! そうだった! お巡りさんと憲兵さんは辞めないとだもんな。あ、そーだ! 憲兵は辞めて普通科に戻って頂いてってのは…… ダメだよなぁ」


あきらめたのか「はぁ」と座りなおし組合長もまた茶をすすった。


「あの、組合長さん」


「どうしたんだいアインさん」


「被害者の剣を、長剣を発見した時に同行されてたとか」


「ああ、そうだったよ」


テオは写真が一番上に閉じられた資料の束を組合長に見せた。


「写真では抜剣されていますね、資料では鞘に入った状態で発見とありますが」


「ああ、鞘に入ったままだったな、なんならその写真の手は俺のだよ」


「その場を指揮していた憲兵が抜けと?」


「ああ、そうだったね。俺がもしかしたらテルトスのかもしれない。と言ったら確

認してくれと」


「なるほど、その際に剣を抜かれたと…… 剣そのものはどちらに?」


「今かい?」と組合長が問う「いえ、当時」テオが首を横に振った。


「崖下で、その崖に立てかけるようにだね」


「立て掛けるように…… 」


「後で…… えぇ、傷を治療した後で取りに戻るつもりだったんじゃないかな? もしくは誰かに取りに行かせて、見つけてもらいやすい様にとか」


「そうですか…… 」


「アイン君はこう言いたいんだろ? 追手に追われている最中に剣を鞘に戻して、崖に立てかける余裕があったのだろうか」


「まさしくその通りです」


「あの頃は赤狼が多かったからね。テルトスも、テルトスを殺した奴も狼に追われながらの戦いだったのかもしれない。テルトスを刺したはいいものの狼どもの狙いが急に犯人に定まって、止めをさせぬままその場を後にするしかなかった」


「そういう事はよくあることなのでしょうか?」


「よく…… は、無いけど。長年冒険者をしていると有るよ。ようやく倒したモンスターの魔石や毛皮、牙に角。換金できるアイテムを剥ぐ前に他のモンスターに襲われる。ようやっと倒したモンスターなんだ、へとへとで次の戦いは考えられない、泣く泣くあきらめてその場は撤退するなんてことがね」


「犯人も剣がテルトスさんに辛うじて届いたところで撤退するしかなかったと」


「そういう事。とくにあの頃はね、赤狼がほんと多くてね、犯人も計算違いだったんじゃないかな」


「計算違いですか…… 曹長さんも同じ考えですか?」


「はい、その可能性は十分あるかと…… 中尉もこの点は疑問に思われていたようですが、アイン先生もですか?」


「疑問と言いますか…… なにか腑に落ちないな、と」


「ええ、その様ですね。では、まずは遺体発見現場と剣の発見現場に向かいますか?」


「そうですね、現場を見てからにしましょう。話を聞くのは」


その時、飯屋のスイングドアが揺れ、ひとりの女が入ってきた。

別のテーブルに座っていた剣士が女を見つけたらしく声を掛けた。


「おお、リント嬢ではないか」


声を掛けられた女は「あら」とだけ言うと足を止め2,3度あたりを確認するように見渡す。


「この前は世話になったな」


「かまいませんことよ、剣士さん…… でいいのかしら? 今日はなぜこちらに?」


剣士が腰から剣を外しテーブルに2本とも並べた。


「ああ、新しい剣を取りに来られたの」


「おう」と言い口角が上がる「おぬしも何故ここに…… いや、なに、地上にいるものとばっかり思っておったが」


リントがささやかに微笑み目線を下げた。


「いや、そうか。おぬしが一番犯人を見つけたいものな」


「ま、それもありますが。ほら、地上にいると身体から魔素が抜けますでしょう?」


「そうか、お前さんも歳だからなぁ」


「ま、ひどい事をおっしゃいますこと」と言ったリントは組合長に用事があるらしい様子でこちらに歩き始めた。


「あなたの体質が羨ましいわぁ」と去り際に剣士に言った。


「羨ましいなら代わってやるぞー」そうリントに剣士が言うと「遠慮しましてよ」と返していた。そんな会話がテオたちに届いた。


「来たか」


そう言った組合長が立ち上がると「紹介するよ」と言い、テオと曹長が立ち上がった。


「この迷宮でもやり手の冒険者の一人だ、名はリント。今回の5階層での護衛をお願いしている」


「よろしく」とリントがテオと曹長に握手をした。


テオは「よろしくお願いします」と返し、曹長は「護衛感謝します」と返した。


「あなたがアイン君ね。お噂はかねがね」


「はは、組合長といい貴女といいどんな噂を聞いているのでしょうか?」


「噂ねぇ、だいたいは猫の憲兵ちゃんからね」


「あー、なら想像が付くので」テオは手のひらをリントに向け「大丈夫です」と遮った。


「とういう事でリント、これは管理組合からの正式な依頼となる」横で組合長が話し始める。


「ええ」


「依頼としては俺とペアでこの二人の護衛ってことだが、こちらの曹長さんはそれなりの実力者だ」


「存じてましてよ」


「お? そうだったか? 」


「一度、この階層の討伐戦でね。ね? 曹長ちゃん?」


「ええ。その節は、立ち回りについてのアドバイス、ありがとうございました」


「一度、ってるなら話がはえぇ。実質三人の簡易小隊で非戦闘員を一人お連れする任務だ、先に現場を見に行くらしい」


「そう」とリントが短く返事をした。


「俺は一度、装備を整えに戻るが。リントは飯か?」


「ええ」


「曹長さんも一度戻りますかい」


「はい。一度自室に」


「アインさんは…… 胸当ての一つでも用意しようか? 気休め程度だが…… 」


「お気遣いありがとうございます。僕はここで資料を確認しておきますから」


「そうかい。では、20分後でいいか?」一同がうなずく「ここに集合後、陣形の確認からだな」


「20分で食事なんて、せかせるのねぇ」とリントが言う「それに今の5階層の状況じゃ、戦闘が起きるかも怪しいわよ」


「念の為だよ」と組合長が返したところに剣士に同行していた魔導士服のメイドが来た。無言のまま深く礼をする。


「どうしたんだいメイドさん」と組合長が問いかけるが、メイドは無言のまま組合長に視線を向けた。


「あ、俺に用事かい?」と自らを指さす。メイドは深くうなずいた。


「ちょっとまってくれすぐ行くから」言うと組合長がテオ達に振り向く「30分後でいいか? リントも少しだがゆっくり飯をしてくれ」

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