第2話 9/29
「そちらがアインさんかい…… 」
「ああ、予定より1時間ほど早く着いたでな、お前さんを探しておった」
握手を終えた剣士がテオに振り返った。
「剣士さん。もしかしてですが」
「あぁ、アイン君。こちら王立迷宮の迷宮管理組合組合長、通称ギルドマスターだ」
「アインさん」ギルドマスターがテオに握手を求める「猫の中尉さんからは噂は聞いてるよ」
「どんな噂か気になるところですが」
とテオが握手を返す。するとギルドマスターが「よろしく」と言い、テオも「こちらこそです」と言った。
「にしてもあんさんが護衛つくとはどういう状況だぁ? それにメイドさんまで…… 」
「なに私は」剣士が組合長の背中の扉を指さす「こちらに要があってな。ついでよう」
「そういう事か。おやっさんが珍しく笑顔で槌をふるってると思ったら」
と、そこまで言った組合長が振り返り扉を開け「おやっさーん! 客だー! 」と叫んだ。
剣士が組合長ごしに店の中を覗く「連絡も無しにすまんなー! 例の物はできておるかー!? 」
店の中からガシャンと音がし「もちろんだ、待っておれ。持ってゆく」と野太い声が聞こえた。
「慌てて怪我すんじゃねぇぞ」
組合長が店の中に叫ぶ。こちらを向き直ると言葉を続ける。
「おやっさんの打つ剣が楽しみで待てなかったってのは解るが、よく護衛まで引き受けたな」
「事務局長に頼まれてな。人手が足らんのです、とな」
「なるほど、あんさんなら断れないと」
「断れないではない、断らないのだ」ふんと鼻息を鳴らす。
「へへっ、あんたともあろう人が良い様に使われちゃって」
「お前もテルトスを殺した奴が知りたいのではないのか?」
「もちろんさ、あいつは俺の後釜にするつもりだったんだ」
「そうだな、そう言っていたな」
剣士が組合長の肩に触れ「惜しい人材を亡くしたな」と言った。
「それに」組合長が肩の剣士の手に己の手を重ねた「最近は実力だけじゃなく、上に立つ者の器ってやつかな、それも付いてきたってとこだったんだ」
「ああ、そうだったな。そういえば結婚も考えていたらしいが、聞いてたか?」
「初耳だな。ははっ、組合長の俺を差し置いて…… まあ、あいつらしいか」
その時、カランという音と共に鍛冶屋の扉が開かれた、ヌッと小柄ながら筋肉質な男が現れ「ほれ」と剣士に1本の剣を手渡した。
「おお」と言いい剣を受け取たった剣士が一人、通りまで出た。鞘から剣を抜きヒュッ、ヒュッと十字に空を切る。
「うむ。申し分ない」
そう言うと剣士が鞘に剣を戻した。
「なにもかも注文通りのはずだ」
と、框にもたれかかる鍛冶師が答える。
「製作費は足りたか?」
「まだ勘定しちゃいねぇよ」
「足りなければ請求しろ」
「ばかやろう! まだ釣りの用意ができてねぇっつってんだよ! 」
「そうか!足りたか! よかったよかった」新しい剣を腰に付ける、鞘の上から剣に触れた「なに、今回ばかりは釣りはいらん。この前の騒動でここひと月ほど商売どころではないんだろう?」
「まったくでい!」鍛冶屋が組合長を睨む「早く規制をといてもらわなきゃなぁ、うちはまだいいが飯が食えねえところも出始めたぞ」
苦い顔をした組合長が口を開いた「そう怒んなよおやっさん!俺だって死に物狂いで要望書を上にあげてんだよ!」
「このままだとホントに死者が出かねんって言ってんだよ、早く規制を解いてくれってんだ!」
そう言うと返事を待たず鍛冶屋は店に戻って行く、去りゆきざま「釣りは迷惑料として貰っとくよ」と言い、言い終わったと同時にバタンと店の扉が閉められた。
剣士が手を口元に持っていくと「今日は新鮮な食材が市場に並ぶはずだから、ちゃんと買いに行くんだぞ」と叫んだ。
暫くして「オウ」という返事がドア越しに届いた。
「ゆきますか」と組合長が言うと「ああ」と剣士が答え二人は歩き始める。テオも後を付いて歩いた。
「アイン君、待たせて済まないな」
「いえ、組合長さんにも会えましたし。これからはどこへ?」
「飯屋ではないか? そうだな?」
「ああ、その通りだ。今は管理組合で借り受けてる。憲兵さん達の捜査の拠点にしてもらってるよ」
「そういう事でしたか。曹長さん…… 兎耳の憲兵さんが僕のちょっと前に着いたかと思いますが」
「ああ、いたなぁ、入れ違いで出てきたとこだよ。彼女、階級は曹長だったのか」
「ええ。たしか先月だったかな…… 曹長になったのは」
「兎耳の曹長さんにもこの階層のモンスター狩りを手伝ってもらたんだがな、なかなかいい動きをする。階級が低いんなら冒険者に引き抜こうとも思ったんだがな」
「親戚に冒険者が多いとは言ってましたが、彼女この仕事気に入ってるみたいなので難しいかもしれませんよ」
「そうかー、まぁ、まだ飯食ってる所だろうからな、一声かけてみるか…… 憲兵隊の下士官だろ、給料は……」と、組合長が指を折りながら独り言を始めた。
「剣士さんも食堂ですか?」
「ああ、チャーロと魔法陣の前で待ち合わせと言ったがな、荷物が食料という事であれば行き先も食堂だろう。食事をしながら帰路の打ち合わせでもと思ってな」
「剣士さんの腕前でしたら打ち合わせも不要のように思えますが」
「なに、行きで1時間も稼げたからな。帰りは少しより道をしても良いかと考えておる。となればチャーロの意見も聞かねばならん」
「なるほど」
「お、そうだアイン君。時間が稼げたのは君の頑張りのおかげでもある、昼食は私が出そう」
「いいんですか? 護衛をしてもらった上に御馳走になって」
「はは。かまわかまわん、よい運動の後だからな気分が良いのだ
「よい運動ですか、ははは…… 」
「大蝙蝠など久しく戦っておらんかったからなぁ」剣士がふと組合長を見た「おお、そういえばだがな、1階層に大蝙蝠がでたぞ」
指折り何かを数えていた組合長が驚いた顔をした。
「なんですって! 1階層で! 数は!?」
「多くは無かったな…… な! アイン君」
「えぇぇ! 十分多かったように思いますけど…… 二十か三十くらいですかね?」
「そうか、アインさんは迷宮に詳しく無いとみたね」ハハと組合長が笑った「大蝙蝠はふつう百か二百の群れを相手にするんだ、少ないにしても1階層で蝙蝠とは」
「ああ、私もメイドが気づかなければ不意を突かれるところだった。5階層のモンスターを狩りつくしたと聞いたがその影響か?」
「その影響は大きいでしょうね。4階層のモンスターがライバルのいなくなった5階層に来る、5階層の濃い魔素で活性化する、4階層に戻った個体が他のモンスターを蹴散らす。4階層で普段から割り食ってるモンスターが3階層に移動」
「ふむ、ざっとそんな所だろうてな。では、帰路はその強くなった4階層のモンスターを狩って帰るかな」
「そうして頂けると管理組合としても助かりますが、時間が許しますか?」
「なに、見つからなければ帰るまでよ」
「あの」とテオが手を上げると言う「ちゃんとチャーロさんの意見も聞いてあげて下さいね」
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